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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
4章 暁の銃声、心の旋律
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集うは三本の柱

「だけど、シューラさんがあなた達に宣戦布告をしたのは、あたし達が協力を持ちかける前でしたよね? だとすると……」


「ええ。今回の件、誰かが糸を引いていることは、ギルドから持ちかけられる前に予想していました」


 ギルドが気付けたならば、彼が気付けなかった道理はない。むしろ、彼はきっと誰よりも早く、この事態の本質を見抜いたのだ。


「黒幕の存在を察してから、僕は道化を演じることにしました。僕がこの状況を利用して、嫌いな獣人を排除しようとしている……そう見えるようにね」


 獣人嫌いの切れ者。その噂は敵方も利用しようとしたものだ。真創教を彼が受け入れたとして、違和感を持てる者がどれだけいるだろう。俺がそこに疑問を持てたのは、ギルドの活動の中で何度も話し合っていたからだ。それにレイルも、ギルドが来てからは真意を匂わせ始めたようだからな。


「もちろん、それで国が本当に崩壊しては意味がありません。暴動が一線を越えないよう、配下に街中の監視を行わせてはいました。もっとも、残念ながら完全には上手くいかなかったようですが」


 向こうで拘束されている人間の男たちが俯いた。操られていた以上、黙認した暴動などもあるのかもしれない。


「僕としても、元の策の欠陥は自覚していました。相手の規模も分からない。配下にも下手に内容は明かせない。芝居と言っても、東は本気で攻撃してくる。シューラさんは民間人を巻き込まないようにしてくれたでしょうが、犠牲は間違いなく出ていたでしょう」


「それが分かっていても、計画を続けたんですか……?」


「自分が切れる手札の中ではましなものでしたからね。犠牲が出ることは避けられない。ならばこそ、最終的な被害を抑えるために、僕としてやれる最善は尽くしたつもりですよ」


 感情を排すれば、理解はできる。どれだけ力を尽くしても、どうにもならないことはあるものだ。理想を語るだけならば簡単だがな。


「そして、想定通りにシューラさんから宣戦布告があり……最後の準備にとりかかっていた最中だったんです、ギルドからの協力申請があったのはね」


「だからあなたは、私たちの提案をすぐに受け入れた。だけど、ならばすぐに真意を明かしても良かったはず」


「申し訳ありませんが、いかに優れたギルドだと情報があっても、この目で見たわけではありませんでしたからね。見極めの時間は必要だったのです」


 妥当な判断だな。俺たちの実力不足だった場合はもちろん、俺たちが悪意を持たない保証もなければ、敵の回し者でない保証もなかっただろう。


「それに、何としてでも、敵を引き出さなければ駄目でしたから。仮にあなた達が、完璧に事態を未然に防いでみせたとして、敵がその影に潜んでしまっては、同じことの繰り返しですからね」


「だから、手札を抱えたままでいた……と」


「とは言え、こうなってしまっては続行はできそうもありません。シューラさんも、大層ご立腹のようですし」


「……当然だ……!」


 話が一段落つき、彼も思考が整理できたのだろう。シューラは、まさに食いちぎらんばかりの勢いでレイルに迫る。


「貴様と言う男は……そのような計画を勝手に推し進めるなど! ふざけているのか!?」


「やはり、犠牲が出るなど認められませんか? それとも、自分が利用されていた事に怒っていますか?」


「違う! 確かに利用されていたのに良い気分はせんし、犠牲を認めたくないのもあるが……俺が本当に気に食わないのは、そんな事じゃない!」


「む……?」


「手札ではましなもの? 最善を尽くしただと? それは、お前ひとりで全て片付けようとしたからだろう! 愚策であると自分で思ったなら、どうして誰かの協力を仰ごうとしなかった! どうして、俺やダリス殿に相談すらしなかった!?」


 その言葉が予想外だったのか、レイルは珍しく少し驚いた表情を浮かべた。


「傭兵時代の教訓を教えてやる、レイル。どんな強者だろうと、個人では限界がある! 逆に、個々では劣っても、正しく結束すれば達人にも勝る成果を上げることもあるのだ!」


 彼はかつて、大きな傭兵団を率いていたと聞く。力を合わせることの重要さを、彼はよく知っているはずだ。


「俺が貴様の言葉を信じないとでも思ったか? 計画をどこかで流してしまうのではとでも思ったのか!? 確かに俺は、貴様と比べたら知略には乏しいだろう! だが……そこまで見下されているとは、信頼されていないとは思わなかったぞ!」


 声を荒げて、シューラは思いの丈をレイルにぶつけていく。その感情は恐らく、怒りよりも……悔しさに見えた。


「……やはり、腹が立って仕方がない。俺を信頼していなかった貴様に! 貴様を信頼出来ていなかった、貴様の戦いに気付けなかった自分に!」


「……シューラさん」


「自分だけで嫌な役目を被ろうとするな! 一人で悪役になって、全てを解決出来れば貴様は満足だろうが……悪役を押し付ける役目など、願い下げだ馬鹿野郎が!!」


 結末がどうあれ、内乱を引き起こしたレイルの責任は免れなかっただろう。彼はきっと、それも計算に入れていた。自分自身すら、国のために必要な犠牲として勘定していたのだ。

 シューラの思いを受けたレイルは、小さく溜め息を吐いた。


「僕は、人の上に立つ者として、全てを自分で解決する力が必要だと考えています。誰かを頼り、裏切られてしまえば、それは最悪の事態となる。だから僕は、誰も信じてこなかった。仮に僕が、信頼したいと思っても」


「貴様……」


「僕は、自分の考えを変えるつもりはありませんよ。本当に信頼したいと思う相手に裏切られないと、誰が言えるでしょうか? 人の心の中は、誰にも覗けはしないのですから」


 信頼していた相手の裏切り……か。かつての俺が、みんなの信を集めていたとして、俺がそれを裏切ったことはどれだけの失望をもたらしたのだろう。


「……ですが。少し、興味は出てきました」


「え?」


「フフ。『人が一人でやれることなんて、限られているもんだ。助け合い、信じ合うことで、初めて立ち向かえることだってある』でしたかね、空さん?」


 レイルの言葉に、ウェアルドがぴくりと反応した。困惑したような顔で、空の方を見ている。


「おや、その反応からして、やはりウェアルドさんの受け売りでしたか?」


「くく、正解だ。せっかくだから、本物から有難い言葉でも聞いてみたらどうだ?」


「おい、空!? お前、何を話して……はあ。若いころの言葉を掘り返されるのは、こっぱずかしいものだな」


「心配しないでください、マスター。今のあなたも、さして変わりない言葉を量産していますから」


「大きなお世話だ! ……こほん。ですが、そうですね。そういうことならば、ひとつ言わせてもらいましょう」


 ウェアは咳払いしつつ、レイルに向き直った。


「俺も、人の上に立つ困難さはそれなりに理解しているつもりです。絶対の正解などどこにもなく、常に考え、責に向き合い続けなければならないのでしょう」


 ウェアは英雄の中でもリーダーに近い立場だったと聞く。人々の命を背負って重責は計り知れないものだっただろう。いや、もしかすると、それだけではなかったのかもしれないが……彼が時に見せる、どこか高貴さをもった振る舞いを思えば。


「ですが、忘れてはならないと思います。人を支え、導く立場であるからこそ……その者もまた、自らが導く人々に足元を支えられているのだと。本当に一人だけで何かを出来る者など、きっと存在しないのです。柱だけでは、骨組みは成り立たないように」


「…………」


「人は、支え合う生き物です。あなたも、信じるに値する相手の顔が浮かばないわけではないのでしょう? 裏切られない保証など、確かにどこにもない。それでも……信じなければ得られないものだってあるんです」


 失わないために信じないこと。手に入れるために信じること。どちらも、彼らが培ってきたもので決めた答えだ。個人としてどちらに賛同するか、はあっても、きっとどちらが正解などと言えはしない。


「あなたの言葉を理解はできますよ。そしてその上で、やはり僕とは見ているものが違うようです」


「では、やはり信じてはいただけない、と?」


「おや。言ったはずですよ? 興味は出てきました、と。本気でそう言えるあなた方を、信じてみればどうなるのか。いずれにせよ、この状況で信じないなどと言ったところで今さらです。ならば、時には気まぐれを起こしてみるのも悪くはない」


 その言葉の意味が、少しずつ全体に広がっていく。その様子を見て、レイルはまた不敵な笑みに戻った。


「そう言えば、僕から正式に言った事はありませんでしたね。では、西柱レイル・ヴァレンから、ギルドに依頼させてもらいます。この国を元に戻すため、力を貸して下さい」


「レイルさん、それじゃ……!」


 全て見通しているかのようなその笑みが、初めて頼もしいと思えた。シューラが、ふんと鼻を鳴らす。


「貴様は、どこまで素直でないのだ。ひねくれた言葉だけで、考えが伝わると思うなよ!」


「フフ、あなたにだけは言われたくありませんよ。ねえ、ダリスさん?」


「はは……全くです。本人の前では誉める事もできないですからね、シューラ君は」


「なっ、ダリス殿まで何を!?」


 憎まれ口もあっさりと返され、シューラはやや憤慨している。なるほど、これが彼らの本当の関係なのだろうな。

 ダリスも肩の力が抜けたような柔和な笑顔を見せつつ、レイルに向き直った。


「……レイル君。我々は柱です。三人で、国を支える三本柱なのですよ。一本だけで全てを担おうなどと思わず、我々にも一緒に重荷を背負わせてください」


「ええ。これから先にどうするかは別ですが……その言葉は、しっかりと胸に刻ませていただきますよ。もちろんシューラさんの言葉もね?」


「……まったく、貴様というやつは。まあいい。俺からも依頼だ、義兄貴。俺達の命を狙い、この国を陥れようとする愚か者たちを、血祭りに上げてやってくれ!」


 言い方はどうにも荒っぽいものであったが、シューラもまた、この国のために頭を下げる。空とウェアは、揃ってそれに答えた。


「ギルド〈大鷲〉マスター、神藤 空。その依頼、確かに受けさせてもらった」


「同じく、〈赤牙〉ギルドマスター、ウェアルド・アクティアス。俺達の全てを懸けて、その依頼を達成してみせましょう!」


 マスター達の宣言が、高らかに響く。ここに来て、ようやく全ての柱が一つになったのか。襲撃がこのような結果を招いた、と考えれば、何とも皮肉だが……しかし、悪くないな。

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