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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
4章 暁の銃声、心の旋律
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『信』じ、『頼』る事

「さて、明日の会議も何事もなく終わってくれると良いのですが」


 明日の準備を終えた辺りで、レイルはそんな独り言を漏らした。わざと私たちの反応を誘っているようだ。


「何事も無いかどうかは、あなた次第だと思いますがね。今日と同じような振る舞いをすれば、そろそろ会議が潰れるでしょう」


「おや、空さんは厳しいですね。もしかして、護衛に付き合わせて怒っていますか?」


「俺は怒ってなどいませんよ。シューラに対しては、これ以上ないほどの挑発になったでしょうが」


 空の態度は、決してレイルを敬ったものではない。彼は元々、言いたいことを隠すような人物でもないですからね。


「ご心配なく、今はシューラさんが我慢の限界を超えないように気を付けてはいますよ。付き合いも長いですからね」


 レイルは楽しげに笑ってまでいる。挑発になることを理解していたのは、隠すつもりもないようだ。


「僕はただ、空さんと話す機会を持ちたかっただけですよ。ギルドマスターであるあなたには、本当に感謝していますからね」


「ヴァレン西柱ほどの方にそう言ってもらえれば、光栄ですね?」


「そんな呼び方をしなくてもいいですよ。あなたには、素直に本音をぶちまけていただきたいのです。いつも通りの喋り方でね」


 空が溜め息をついた。話す機会が欲しかったと言うのは、本当なのだろうが。


「それとも、本音を話すには値しないほど、僕に対して不信感を持っていますかね?」


「……不満が全く無いと言えば、嘘になるがな」


 レイルの注文通り、空は本来の口調に戻る。もっとも、口調以外の態度は最初から同じですが。


「あんたはどうなんだ? 俺は、あんたの嫌いな獣人だぞ」


「ハハ、これは人が悪い。僕は能力のある人ならば種族問わずに好きなんです。接するのが嫌ならば、護衛に指名などしません」


「どうだかな。それが利益になるとすれば、殺したいほどに憎い相手に対しても笑顔を貼り付けられるだろう、あんたは?」


 その問い掛けに、レイルは笑って返すだけだった。実際、彼は笑顔のままに悟られることなく毒を盛れる男でしょう。


「まあいいさ。俺もあんたとは話してみたかった。何を思って、獣人側を煽っているのかについてな」


「煽るだなんて、とんでもない。獣人の方々が被っている被害については、僕も心苦しく感じているのですよ。ですが、現状はどうしようもなくてね……」


「それを煽っていると言うのではないですか? もっとも、自覚した上でわざとそうしているのでしょうが」


「いい加減に、そんなわざとらしい芝居は止めてもらおう。俺はもう、あんたの思惑には予想がついている」


「ほう?」


「そこのジンもだが、何人かは感付いているんじゃないか? シューラは単純な脳味噌の阿呆だから微妙だがな」


「どのように考えているかは知りませんが……思惑など、特にありませんよ?」


「まあ、しらばっくれるならそれもいいさ。俺は勝手に話を進めさせてもらうだけだからな」


 空はポケットからシガレットを取り出すと、それを口に加えた。ただの菓子なのに、喫煙の吹かすような動作が癖になっているのが少し滑稽だ。指摘したら不機嫌になるので言いませんがね。


「それにしても、()()()()()()()()()()()()()()()のは、少し荒療治がすぎると思うが?」


「……フフ。確かに、痛み止めを飲んでしまえば楽になりますが。それで、症状が回復するわけではないでしょう?」


「だが、患部を特定できたところで、治療の前に症状で死んでしまえば意味がない」


 レイルは空の言葉を否定しない。ただ、楽しそうに笑っているだけだ。


「あんた自身、元の計画のリスクが高いのは自覚していた。それ故、ギルドの申し出に素直に乗ったんだろう?」


「ギルドの協力があれば、手段が増えると思ったのは確かですね。事実、あなた達の能力は期待以上でした」


「だったら、そろそろ元の計画は捨ててもいいんじゃないか? はっきり言って、今のままそれを実行すれば、間違いなくあんたは貧乏くじを引くぞ」


 空はそう言い放ち、シガレットを一本噛み砕く。


「そもそも、だ。どうして最初から、ダリスとシューラに協力を仰がなかった?」


「あのお二人は、必ず反対するからですよ。僕たちの間で情報を握ろうと、民に大しては同じことです。優しいダリスさんと真っすぐなシューラさんが、それを良しとするはずがない」


 それは、空の考察が当たっていると認める回答でもあった。


「俺が気付いたんだ、ダリスも分かっているだろう。会議でのあんたのわざとらしい態度も、それを狙ってだろうしな」


「否定はしませんよ。もっとも、肯定もしません。僕が明言しない限り、それはただの都合の良い想像に過ぎませんがね」


 そこは彼の言うとおりで、人々に見えるのは行動と結果だけだ。どんな考えでやったかなど、いくらでも憶測を広げられる。それを理由に、何かを止めることはできはしない。


「ここまで来れば止められないから、もう隠し通す意味はない、というところか。どうせなら、そのまま計画を見直せば良いものを」


「他の手段が生まれれば、こだわるつもりはありませんがね。ギルドとて、明確な代案が浮かんでいるわけではないでしょう?」


「まあな。しかし、あんた自身が愚策だと感じているならば、もう少し周囲を頼るべきではないのか?」


「頼る、ですか。フフ、それができれば苦労はしませんが」


「おや。誰かの力添えを願うことが、そんなに難しいと? あなたは、他者の扱いを心得た方だと思っていましたが」


「扱うのと託すのは別物でしょう? 少し論点はずれるかもしれませんが……僕はね、他者を評価はしても、信頼はしてはいけないと思っているんですよ」


 レイルの笑みは、相変わらず感情を読ませない。しかしその言葉からは、初めて彼の考え方が見えた気がした。


「例えそれが、どれだけ素晴らしい能力を持ち、高潔な精神を持つ人でもです。人は、いくらでも周りを騙せる生き物ですからね。表でいかに善良でも、裏で策謀を巡らせていないとは限らない。僕が言うと説得力があるでしょう?」


「だから、自分以外を信頼する気はない、と?」


「ええ。嫌な考え方なのは自覚していますよ。ですが、人の上に立つ以上、この思考を曲げるべきではないと思っています。権力を持つと、色々とありますからね」


「理解はできるさ。俺だって、多少は裏切られた経験もあるからな」


 人を心から信じないこと。柱という重役を果たすために、彼はそれを徹底しているのでしょう。

 容易に他者に心を許せば、それが足元をすくわれる要因になりかねない。それは、私も知っている。


「しかし、だ。それでも俺は、そこまで他者に絶望するもんでもないと考えている」


 いつも通りのどこか気だるげな話し方で、しかしはっきりと空はそう続けた。


「……時間もあるし、軽い雑談だ。俺には昔、酷く荒れていた時期があってな。毎日のように、朝から晩まで暴れまわる日々を過ごしていた」


 そうして語りだしたのは、彼の若いころの話だ。私は以前に聞きましたが、印象的だったのではっきりと覚えている。


「強さを誇示することでしか自分を証明できずに、喧嘩の売り買いをして歩いていた。自分は弱い奴にはならないんだと、それだけを考えていた」


「それは、少し意外ですね。あなたは昔から落ち着いた方だったのだろうと思っていました」


「ガキだったからな。世の中への反発ってやつだけで動いていた。腕っぷしの強さだけを力と勘違いしていた、正真正銘の馬鹿野郎だったよ」


 空は名前通りにエルリアの出身だが、家庭の事情で小さい時に外国に移り住んだと聞く。私の知る限り、家庭環境は決して良くなかったらしい。


「喧嘩の勝ち負けだけが全てだった。群れるのも嫌いで、一匹狼を気取ってな。俺は一人で生きてやる、誰かに頼るような情けない奴にはならない。そう思っていた……少なくとも、当時はそれが本心だって思い込んでいた」


「その言い方ならば、本心では無かったと?」


「まあな。もし思い込んだままならば、今も全く違う生き方をしていただろう。だが、そうはならなかった。何故だと思う?」


 レイルも、さすがに答えなかった。少しだけ間を置いてから、空は喉の奥から小さく笑い声をこぼした。


「出逢っちまったのさ。誰よりも甘くて、人を助けることを本気で喜べるような、筋金入りのお人好しに。誰よりも強く、高潔で、皆を引っ張っていけるような奴に。……心の底から信じ、頼ることができると、そう思わせてくれるような男にな」


 我ながら随分と青臭い台詞だがな、と言いつつ、次のシガレットを咥える。それを恥ずかしげもなく言えるのは、彼の心からの言葉であるからに他ならない。


「俺だって、最初はあいつの甘ったるい考えに辟易したがな。だが、鬱陶しいからと喧嘩を売った結果が、完膚なきまでに返り討ちだ。呆然としたよ……自分で言うのも何だが、それまで負け知らずだったんでな」


「それほどに、その方は強かったのですね」


「当時の俺からすれば、別次元ってやつだったな。何度挑んでも、結果は一緒だった。最も嫌っていた甘い野郎に、唯一信じていた強さで叶わなかった。俺がしがみついていたプライドは、一瞬にして砕けちまった」


 プライドと言うのもおこがましい、陳腐な拠り所だったんだがな。と空は言う。それでも、当時の彼にとってはそれが大事だった。それを無くしたときの衝撃は、想像に難くない。


「一度折れてからは……少しだけ、素直に物が見れるようになってな。自然とそいつに興味が湧いて、共にいるようになった。少しでも追い付きたくて勝負を挑んだりもしてたが、そいつはいつでも付き合ってくれた。一緒に過ごすうちに、それが悪くないものに思えてきた。人を信じ、人のために行動できるそいつが羨ましくなった。自分もそいつのようになりたいと……気が付いたら、そう考えるようになっていった」


「………………」


「誰かと一緒にいる楽しさを知って、ようやく気付いた。全部、本心の裏っ返しだったのさ。誰も信じられない孤独感が嫌で、信頼できる奴を見付けたかった。だけどそれを認めるのは情けなくて、気付かない振りをしていたんだってな」


 自分自身にまで嘘をつき、反発していた若い自分。今の彼は、その過去を正しく糧としている。


「そんな俺も、惚れた女までできて、今じゃ人の子の親だ。ギルドマスターとして独立して、誰かの上に立つ存在にまでなった。当時を若気の至りって言葉だけで済ませるつもりもないが……今なら分かる。自分の弱さを認められない方が、誰かを信頼すらできない方が、よっぽど情けないってな」


「おや……皮肉ですか?」


「別に、あんたの考えを全て否定したいんじゃない。あんたほどの立場になればなおさらってのも分かっている」


 だが、と空は少し言葉を切った。また短くなったシガレットを噛み砕き、飲み込んでから次の一言を発する。


「人が一人でやれることなんて、限られているもんだ。助け合い、信じ合うことで、初めて立ち向かえることだってある。今回も、そうだと思っている」


「……フフ。あなたも、そういう甘い論を言うものなのですね」


「伝染したのさ、あいつからな。そういう奴だからこそ、俺はあいつを呼んだんだがな」


「では、やはり先ほどの相手とは、ウェアルドさんの事でしょうか?」


 肯定の意味も込めて、空は小さく笑う。


「俺もあいつも歳をくったし、お互いに昔ほど無鉄砲にはなれんがな。それでも、あいつの根っこはいつまでも変わらないお人好しのままだ。なあ、ジン?」


「ええ、本当に。ああ、一つだけ注意しておきますが、あの人のお人好しの感染力は凄まじいですよ?」


 本人が聞けば、また溜め息をつくのでしょうが、事実なので仕方がないことです。ずっと仕えている私が言うのですから、本人にも否定はさせません。


「甘すぎると思うほどに甘い奴ではあるが……俺はあいつを心から信じている。口先だけの甘さじゃない、それを貫き通せる強さを持っているからな」


 きっと最期の時まで、彼は誰かの為にその力を使い続けるのだろう。そして……私も、そんな彼にいつまでも仕えていたいと思う。甘さに浸り続けて、芯まで影響されてしまったのかもしれませんね。


「俺はあんたほど賢くはない。しかし、これでもあんたよりは長く生きている。だから、年長者として一つだけ提案だ。自分の主張を曲げろとまでは言わんが……今回だけでも、誰かを信じてみるつもりはないか?」


「僕は……」



 ――レイルの言葉を遮るように、外から騒音が聴こえた。


「……空」


「分かっている。どうやら、話は後回しにしたほうが良さそうだな」


 私と空は立ち上がると、扉の向こうに視線を向けた。レイルも即座に状況を判断したらしく、すぐに動ける体勢をとった。場慣れしていますね、彼も。

 さて、まさか正面から向かってくるとは。扉の向こうに護衛はいるはずですが、戦闘の音にしては一瞬だったので、簡単に鎮圧できたのか、それとも……。


「レイルウウゥッ!!」


 抵抗する間もなく倒されてしまったか。残念ながら、後者のようだ。


 扉を蹴破って現れたのは、三人の獣人。白い犬人に、緑の竜人と黒い馬人。全員が激しい怒りに血走った目で、武器をレイルに向けている。

 部屋の外には、二人の護衛が倒れている。彼らもそれなりの実力者であったはずだが、どうやら不意討ちで昏倒させられてしまったらしい。それよりも、この襲撃者たちは私にも見覚えがある。


「ようやくこの時が来たぜ……レイル!」


「あなた達は……」


 彼らは間違いなく、シューラの護衛だ。特に先頭の犬人は、シューラの側近のひとりだと聞いている。シューラの身内でもある空は、個人的な付き合いもあると話していた。

 外の二人があっさりと不意討ちを受けてしまったのは、相手が彼らだったからか。相手方とは言え、同じく護衛の任に就いている彼らならば、何かしらの報告を装って不意もつけたでしょう。

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