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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
4章 暁の銃声、心の旋律
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吹き荒れる烈風

「くそ、本当にあの男は……!」


 シューラの寝室で護衛を務める事になったオレ達。当のシューラ本人はと言えば、明日の会議のための資料を整理しながら、同じような愚痴を何回も呟いている。

 シューラが連れてきた護衛は、部屋の前で待機している。オレ達は最後の砦と言うことだ。空間転移で襲ってくる可能性もあるが、それでも耳鳴りという前兆はリンにも共有している。


「シューラ、いつまで繰り返すつもりさ? 誠司が困ってるよ」


「だが、腹立って仕方ないのだ! 全く……姉貴を護衛に、などと、どの口が……第一、現状を理解しているならば、獣人を護衛になどという発想が……」


 どうやら、溜まっている怒りは相当なものであるようだな。あの対応では無理もないだろうが。


「済まないね、誠司。どうにも昔から、こういう弟でさ」


「いや、ピステール東柱の心労も理解はしているつもりだからな」


「……護衛の手間については、申し訳ないと思っている。しかし、俺はやはり、あの男は……!」


 もしも誰かがそれを許すなら、レイルの寝室に殴り込みにでも行きそうな雰囲気だな。それだけ、彼がこの国を思い、レイルの行動に腹立っているからなのだろうが。


「あんたが我慢しないでどうすんのさ。国のトップが争ってるようじゃ、本当に相手の思うつぼだろう?」


「分かっている! そうでなければ、例えダリス殿に言われようが、我慢などするものか!」


 元々、西首都を攻める準備までしていたのだ。本人の言う通り、これでもかなり我慢しているのだろう。


「だが、俺だけがそう考えていたところで、どうしようもない! レイルが動かなければ、ただの一方通行で終わりだ! 俺がいくら民に争うなと語ろうが、向こうが攻撃してくるなら無理があるだろう!」


「ま、それは確かにそうだね。一方的にやられるだけになるんだったら、納得はできるはずもないさ」


「くそ。表面的な対策だけではどうにもならないことは、あいつとて分かっているはずなのに! ここまで来ると、本当に黒幕とやらと共謀しているのではないかとまで思えてくる……!」


 黒幕と共謀して、この国を陥れ、自分が支配しようとしている、か。その過程で、自らが嫌う獣人の勢力を潰す。確かに、そう考えても不思議ではない状況ではあるな。もっとも……。


「オレの考えでは、それは無いだろうと思います」


「なに?」


「もしもそうだとすれば、彼はそれを最後まで悟らせないような態度を取るでしょう。それは、オレよりもあなたの方が知っているのではないですか?」


「……それはそうだ。だが、事実として、奴の態度は……」


「ええ。適当な態度であると、オレ達にも見えました。そして、何らかの思惑があるということを、隠す素振りすらなかった」


 あのジンが評価するほどに、謀略に長けた男だ。それが、自分にマイナスになる要素をそう易々と匂わせるとは思えない。そう考えると、ひとつの仮設が立った。


「つまり、ヴァレン西柱は……多くの者に、()()()()()()()()()()()。そう考えられませんか?」


「……何だと?」


「そう思われれば、何が起きるか。もしもオレたちの介入がなければ、あなたが何をしようとしていたか。それが全て彼の望みだとして……ギルドとしても、その意味をずっと考えていたのです」


 国を弱らせて何らかの利を狙うという線も、最初は考えた。だが、違う。それならば、彼はもっと上手く工作していたという意見は、ジンや空とも一致した。

 彼の「この国のため」という発言が真実であるか否か……恐らく、彼は目的のために何でも言えるタイプである。それは承知の上で、オレたちは諸々の情報から、彼はこの国を守ることを望んでいる、と推測した。


「ヴァレン西柱は、オレたちのことも素早く正確に調べ上げ、交渉の材料にしたほどに情報に長けている。ならば、彼は……オレ達が協力を持ちかけるまでもなく、黒幕については気付いていた可能性がある」


「それはあたしも同感だね。あたし達が推測できたぐらいだ、レイルが気付いたっておかしくない。それが自分の噂を利用しているんだから、なおさらさ」


「……だが、ならば奴は何をしようとしている? 分かっているならば、その対策を取れば良かったはずだ」


「それは……」


 ……さて、どうするべきか。予想はあるものの、オレが口にするよりは、レイルが狙うタイミングに任せる方が良いかもしれない。しかし、彼の当初の思惑は、オレたちの介入で大きくずれているだろう。


 だが、言うべきかどうかという問題は、どうやら先送りになりそうだった。何故なら、ドアの向こうから、物々しい騒音が響いたからだ。


「……何だ?」


「ピステール東柱。念のため、少し後ろに下がっていてください。リン、警戒を」


「分かってるよ」


 シューラもリンも、すぐに状況を察して身構える。少しの間、奇妙な静寂が場を満たした。嵐の前の静けさと言うべきか。そして、次の瞬間――部屋のドアが乱暴に蹴破られた。

 続けて、三人の男たちがなだれ込んでくる。だが、そこで予想していなかった事実にオレたちは気付いた。


「お前たちは……!?」


 シューラが驚きを見せたのも、無理はない。

 今回の三柱会議では、シューラもレイルも、いつもより多めの護衛を自分の側近から引き連れていた。そして……この乱入者は、間違いなくレイルの護衛だった。全員、血走った目で武器を構えている。


「シューラ・ピステール。汚らわしい獣人のトップ……!」


 怒りや蔑み、ありとあらゆる負の感情がないまぜになったような低い声音で、連中の一人が言葉を発した。目的は、この状況で確認するまでもない。

 ドアの向こうに目を凝らすと、シューラの護衛のうち二人、あの時に彼の側に控えていた鳥人と猫人が倒れていた。どうやら不意討ちを受けたようだが、ただ昏倒しているだけのようだ。……部屋に入る時には五人いたはずだが、残りはどこだ? 今はそれよりも目の前が優先だが。


「何をする、貴様たち! レイルの差し金か!?」


「喋るな、畜生ごときが……!」


「獣人など、全て死ねば良い。そう、全て殺してしまえ!」


「……くっ! あいつどころか、貴様らまでぇっ!!」


 完全に種族そのものを見下した発言に、シューラも一瞬で沸点に突入したようだ。怒りの咆哮を上げ、自らも戦闘体勢に入ろうとしている。連中も、一気に突っ込んできた。


「馬鹿、シューラ!」


 このままでは、シューラも交えた乱戦になってしまいそうだ。さすがに、それでは護衛する上で辛くなってしまう。



 ――だが、オレも慣れているのでな。

 こういう時は、いったん吹き飛ばしてしまえばいい。


 遠慮なく、力を発動させる。吹き荒れた風が、襲撃者たちをまとめて飲み込んだ。


「うぉ!!」


「ぐぁっ!?」


「……な」


 相手はそのまま壁まで吹き飛ばされた。シューラも呆気にとられたような声を出して動きを止めた。


 オレは、一歩だけ前に出た。室内でこの力を使えば、荒れてしまうだろうが……後でダリス殿とシューラには個人的に詫びるとしよう。


「ピステール東柱。思うことはあるでしょうが、安全を優先して……ここは全て、オレにやらせてもらいます」


 元傭兵であったシューラの実力を疑うわけではない。しかし、万が一を起こすわけにもいかないのだ。オレは彼の護衛、その役目を全うするまで。


「リン、もしも討ち漏らした場合には、あなたが仕留めてくれ」


「了解。その心配もいらなさそうだけどね」


 リンは半ば強制的にシューラを後ろに下がらせると、その前で構えをとった。彼女とは、お互いの実力を事前に確かめあっている。彼女が控えている以上、もしもの事態すら起こすつもりはない。


「あ、姉貴に守らせるなど!」


「いや、護衛を何だと思ってるんだい。いいからあんたは我慢してなっての」


 吹き飛ばされ、壁に叩き付けられた連中は、よろよろとした動作で起き上がっていく。その間にオレは、懐から愛用のチャクラムを取り出し、さらに両腕に装着してある金属製のクローを展開する。

 このクローは、あの地獄と呼ぶに相応しい日々にオレを守り抜いてくれた相棒。オレの為に生み出された武器。与えられた銘は、(こがらし)

 消耗品としての側面が大きいチャクラムは、さすがに当時のものとは別だが。それでも、ウェアがわざわざ準備してくれている特注品だ。


「よくも……人間に逆らうのか、劣等種が!」


「劣等種、か。貴様たちの言い分など知らないが……他人の命を狙うような不届き者には、教育が必要だな」


「教育、だと……!? ケダモノ風情が、何をほざくか!!」


「粋がるなら、かかって来るがいいさ。だが、一応言っておくぞ。例え勢いに流されただけの若造でも、戦いの場に立つ者には、一切の容赦をするつもりはない」


 連中は、どう見てもまともな思考を欠いている。奇襲の方法にしても、計画的と言うよりはほぼ勢い任せのような印象だ。怒りが限度を超えたとも考えられるが……いずれにせよ、大人しくさせないことには始まらないか。


「命まで取るつもりはないが、覚悟はしておくんだな。生徒相手のように、優しくしてやるつもりはないぞ」


 オレは自らのPS〈疾風の猛牙ゲイルファング〉の出力を、さらに高めた。オレの周囲に、風が渦巻く。対人戦の加減は心得ているが、全く怪我を負わせないまで気配りをするほど、オレもお人好しではない。あの物言いに腹が立っていないと言えば、嘘になるしな。


 あの時、オレの力はマリクにあっさりと受け止められてしまった。確かに全盛期から衰えていた自覚はあったが、皮肉にもあの事件があったからこそ、オレは再び自らを鍛える必要性を知る事が出来た。

 もちろん、数ヵ月の修練程度では、若い頃の力までは取り戻せていない。だが、生半可な相手に遅れを取るつもりも無かった。


 ウェアには及ばないとは言え、オレも闇の門を体験し、そして戦ってきた。仲間と共に……そして、オレ自身の力と共に。自惚れるつもりはないが、自虐するつもりもない。


「さあ、来い。嫌と言うほどにじっくりと、オレが指導してやろう!」


 存分に、見せてやるとしよう。この場にいる全ての者に……英雄という呼称が飾りではないことを。そして、未だその力が錆び付いていないことをな!







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