忍び寄る脅威
「失礼するわね~」
「ああっ、駄目ですって先輩! はあ、もう……」
そんな会話と共に入ってきた、二人組の乱入者。そして、呆気にとられる俺たちに、カメラを向けた女性からフラッシュが浴びせられた。不意打ちで少し眩しい。
一人は、純白の羽毛に包まれた、鳥人の女性。うっすらと灰色がかった髪はショートでまとめられている。年齢は20代後半といったところか。俺たちの驚いた様子を見て、楽しげな笑顔を浮かべている。
もう一人、女性の後ろから顔を見せたのは、黒い犀人の男性だ。こちらは20代前半程度で、体毛と同じ色の髪には少しクセがあり跳ねている。体格は大柄だが、眼鏡をかけているせいか、困った表情で身を縮めているせいか、どこか押しが弱そうな印象を与える。
「あ、今のはただの記念撮影だから気にしないでね。いや~、驚いた顔ってのもなかなか味があるわよね!」
「あなた達は……?」
「……突然押し掛けてしまってすみません。レンスター新聞社の者です」
朗らかな、どこか悪戯っぽい笑顔を浮かべる鳥人の女性に代わって、後ろに控える男性が深々と頭を下げてくる。……思い出した。この二人は、三柱会議の取材に訪れていた新聞記者だ。
「相変わらずですね、アイシャさん。さっきは挨拶もできなくて、すみませんでした」
「ま、それはお互い様だしね。こっちも本社に色々送ったりで忙しかったし。イリアちゃんや飛鳥ちゃんも、元気してた?」
「は、はい。大変だったけど、今は何とか」
「知り合いなのか?」
「レンスター新聞社は、大鷲の近くにあって。ギルドとして、あたし達も取材を受けたことがあるんです」
「その縁で、うちから依頼を持ち込んだこともあるしね。ちなみに、今回も空さんのコネでこの取材を担当できたのよね。本当、おかげさんで助かってるわ!」
「……先輩、もし許可が無かったら、強引に乗り込むって言っていたので。本当に、色んな意味で助かりました」
胃の痛そうな顔をしている犀人の男は、その言葉に少しばかりの抗議の意思を込めているようだったが、張本人はどこ吹く風である。
「アポ無しで押し掛けちゃって御免なさいね。えっと、まずは自己紹介からかな。私はアイシャ・ハミルトン。レンスター社の記者で、今回の騒動について担当させてもらってるわ。ちなみに華の20代よ。よろしくね~」
「……華のって。もう29じゃないですか、先輩」
「まだ30いってないのは間違いないでしょ。それより、女性の歳を軽々しくバラすなんてちょっとデリカシーが足りないわよ、コリンズ君?」
「はいはい、失礼しました。えっと、コリンズ・ニューマンです。先輩同様、今回の件について各地で取材を行っていました。皆さん、よろしくお願いします」
出逢って間もないが、この短い間のやり取りだけでも、普段の関係性は容易に想像できた。何だろうか、コリンズには少し親近感を覚える……。
いずれにせよ、この二人は今の対立関係にあって話せる者たちなようだ。知り合いであるイリアは元より、他の人間に対しても敵意は全く感じないからな。俺たちも、順番に自己紹介をしていく。
「あら、あなた、変わった外見してるわね。そう言えば空さんがUDBの知り合いがいるって言ってたけど、それがあなた?」
「って、そんなことまで話されてるのかい? もう、空ったら……」
フィオもさすがに今はフードなどを下ろして楽な格好になっている。隠す意味もないと考えたのか、彼は素直に告白した。なお、ブラントゥールで本当のことを話してあるのは、三柱とその側近程度だ。
ある程度、噂にはなってしまっているようだがな。一応、珍しい種族ということでごまかせている。何も知らない人からすれば、UDBだという発想が出てこないだろう。
だが、空がその情報を漏らしたということは、それだけ信頼できる相手だと考えることもできるか。
「思ったより人と変わらないのね。本当の姿は違うんだっけ?」
「まあね。それにしても、事前に話を聞いてたにしても、随分とすんなり受け入れるんだね」
「どっちかって言えば、ずっと楽しみにしてたのよ? UDBと話なんて、滅多に出来るもんじゃないし! 良かったら、色々とインタビューさせてもらっていい? あ、今回の件が終わったら、だけどね~」
「僕も、先輩と一緒だと、色々ととんでもない目に遭いますからね……もう、並大抵の事では驚かなくなってきました」
「へえ? 」
二人の反応に、フィオもちょっと楽しそうだ。UDBであるという事実を隠して生きている彼からして、本当のことを受け入れられるのは有難い話だろう。
「おっと、本題を忘れちゃいけないわね。ここに来たのは、ちょっと情報交換がしたいな、って思ったの」
「情報交換?」
「ええ。言ったでしょ? 私たちは、この一件について各地で取材を行ってるの。でも、一介の新聞記者じゃ、どうしても調べられる範囲に限界があるのよね」
「その限界を無視しようとするくせに。この前だって、警察で……」
「コリンズ君、お小言は後にしてよね。それで、色々と深いところに突っ込んでそうなあなた達からも、じっくりと話を聞きたいって思ったの」
なるほどな。確かにギルドは、他の機関では手の届かないところに関わることも多い。現に、こうしてブラントゥールに入り込んで活動していたわけだからな。
「もちろん、タダでとは言わないわよ。こっちが調べたことも全部教えるわ。あなた達も煮詰まってそうだし、違う視点の情報も欲しいんじゃない?」
「確かに、そうですね。しかし……こちらの情報には、現時点では記事にされると問題となるような話も含まれます」
「ああ、心配しないで。それぐらいは弁えてるつもりだからさ。私の書いた記事で対立が悪化、なんて嫌だもの」
そう言って、アイシャは少しだけ真面目な顔になった。
「色んなとこで対立の取材してると、嫌な話ばかりでさ。この国に生きてる身としては、やっぱり解決に協力したいじゃない?」
「アイシャさん……」
「なんてね。あは、柄にもなくちょっと真面目なこと言っちゃった。でも、ネタを温めとけば、事件が解決した時に一気に目玉記事を書けるじゃない?」
すぐに冗談めかすような口調に戻ったアイシャだが、先ほど見せた真剣さは本物であるように俺は感じた。この国の住民としては、当然の思いか。
「先輩の意見はともかく、記事には編集長のチェックが入るので、その点は問題ないですよ。もちろん、無理を言うつもりはありませんが……難しいでしょうか?」
「僕は問題ないと思うけどね。君たちは信用できそうだ」
「その点は、あたしも保証するよ。アイシャさん達なら、約束はちゃんと守ってくれる」
「わたしもそう思います。今まで、お父さん達もすごくお世話になってきたし……」
「ふふ、ありがとね。さて、どうかしら? 一応、みんなが納得してくれないなら無理強いはしないけど」
周りを見渡してみると、特に反対意見はなさそうだった。付き合いがあるイリアと飛鳥の評価も大きいようだな。
「分かりました、話しましょう。くどいようですが、一連の事態が解決するまで、くれぐれも他言無用でお願いします」
最後にもう一度だけ確認を取ってから、俺たちはギルドとしての調査内容をアイシャ達に説明していった。
「成程ね。随分とややこしい状況になってる、ってことか」
「誰かの思惑で内乱が起こりそうだなんて……それが本当なら、大変ですよ」
俺たちがあらかた話し終えた時には、二人は考え込むような難しい表情を浮かべていた。いきなりこのような話を聞かされれば、そうなるのも仕方ないか。
「しかしまあ、これはジャーナリストとしては黙っておけない話ね。偽物の情報にみんなが踊らされてるなんて、あっちゃいけないことだわ」
アイシャが少し苛立ったような様子なのは、偽りが蔓延したこの状況が許せないからだろうか。そうでなくとも、自国が荒らされていい気分がするはずがない。
「うん、分かった。私たちも、それっぽい話を探らせてもらうわ。蛇の道は蛇って言うしね、色んなパイプを通して情報を集めてみるから」
「それは有り難いっす! ……あ、でも、相手が相手っすから危ないかも」
「ふふん、大丈夫。お姉さん、逃げ足には自信があるから。どうしても駄目な時はコリンズ君が助けてくれるだろうしね~」
「そこで他力本願にならないでくださいよ……」
溜め息をつくコリンズ。体つきなどを見る限り、どうやらそれなりには鍛えているようだがな。
「さて、それじゃ次はこっちの番ね。と言っても、あなた達の役に立つ情報があるかは分からないけど」
「構いません。どのような些細な話にヒントが隠れているか分かりませんからね」
「なら、何から話そうかしら……あ、そうだ。そう言えば、ちょっとおかしな話があるのよね」
「おかしな話?」
聞き返すと、アイシャは頷いた。
「ほら、今は暴動事件でかなりの数の人が逮捕されてるじゃない? それでこの前、牢屋まで突撃インタビューに行ってきたの」
「……よく許可が降りましたね?」
「今回と同じように、記事にはしない約束の元にね。あそこの所長さんはうちと繋がりがあるのよ」
後ろではコリンズが再び溜め息をついている。彼のリアクションを見るに、実際はそう簡単にいかなかったことは想像に難くない。
「で、肝心の内容ね。私たちは種族柄、獣人にしかインタビューしてないけど……暴動を起こしたような人達だし、血の気が多い人ばっかだろう、って考えてたの。実際、人間撲滅とかまだ叫んでる人もいたし」
「そうではない人も、いた?」
「ええ。そして、決まって同じようなことを言ったの。どうしてあんなことをしたのか分からないってね」
「え……?」
「他には『人間が憎いと思っていたけど、ここに来てから分からなくなった』とか、『巻き込んだ人に謝罪したい』とか、『友人だったのに傷付けてしまった。合わせる顔がない』とか……暴動を起こすような人たちがよ? 正直、面食らっちゃったわ」
確かに、それは意外な情報だな。
牢に入れられて頭が冷えたにしても、無関係の人に暴力を振るうほど相手方を憎んでいた者たちが、そう簡単に怒りを忘れられるものだろうか。自分は正しいことをした、と怒りを強くしても不思議ではないのだが。
「ま、これだけならみんな後先考えずにやっちゃったんだなー、って思えなくもないんだけどね」
「他にもまだ、何かあったんすか?」
「うーん、そこが少し難しい話でね。何か気になったから、そういう人たちの共通点がないか探したら、ひとつだけあったの。ただ、それが……同じアクセサリーを身に付けてたってことなの」
「……アクセサリー?」
「ええ。あなた達も知らないかしら? 流行ってるのよ、青い石のアクセサリーが」
青い石……確かに、街中でもよく見かけた。サファイアのような色をした美しい石だったな。本物の宝石ではないのか安価で流通しており、首飾りや指輪など様々なものに加工されている、との話だった。
「けど、それと何の関係が? 流行りのアクセサリーなら、若い奴らとかがみんな着けててもおかしくねえだろ?」
「そう考えるわよね、普通。私も最初は流そうとしたわ。けど、所長さんとかに詳しく聞いてみたら、やっぱり妙だったのよ」
「妙?」
「その人たちも、最初は暴れてたんですって。でも……危険物を持ち込んでいないか、検査のために着替えさせた辺りから、みんな大人しくなっちゃったらしいのよ」
「それは……」
「当然、アクセサリーも身体から外すでしょ? だから、もしかしたら何か関係があるんじゃないかって思ったのよ。何かって何だって言われたら困るけどね」
共通点なのは確かだが、その関連性は何とも言えないということか。アクセサリーが共通点など無関係にしか思えないが、アイシャが気になるのも分かるな。複数人が同じような反応を示しているとなると、何か――。
――待て。
石が近くにあると、通常と異なる行動を、した?
「でもまるで、その石が人を操ってるみたいじゃない? あはは、自分で言っといてなんだけど、流石にそれはないわね」
アイシャは笑いながらそう締めくくった。だが、俺は……その言葉に、背筋が凍るようだった。
石で人を操る? 石で、操る。
普通に考えれば、そんなことはあり得ない。しかし……俺たちは、見たことがある。小さな石ころが、他の生物を思うがままに操る風景を。
「な、なあ、お前ら? 俺、すごく嫌な予感がするんだが……」
「……奇遇だな、俺様もだよ。あの時、アインの野郎が持ってたアレ……UDBを操る原理なんて分からねえが」
「理由は分からなくても、UDBだから操れる……そう思ってた。けど……」
そう、俺たちは奴らがUDBを操る所しか見てはいない。だが、それ以上ができないとは――UDBを操る手段、操魔石の技術が、人に応用できないとは――誰も言っていない。
「仮に、だ。完全に操るまではいかなくとも、何らかの催眠を……例えば、特定の感情を増幅させるような真似が出来たとすれば?」
「怒りとか反感を強めてあげれば、普通はやらない行きすぎた行動をさせられるでしょうね……」
「そして、石から引き剥がされた後は効果が薄れて、どうしてそこまで感情に流されたのか、分からなくなってる……ってことか?」
「ここまで急速に暴動が広まったのも、そのせいだと考えたら……辻褄が合っちゃうね」
嫌な想像だと思いたかった。しかし、そう考えると、様々な線が繋がっていく。
むしろ、考えれば考えるほどに、そうだとしか思えなくなってきた。並みの相手ならばいざ知らず、今回の敵はあの得体の知れない連中だ。
「私は、青い石が流行りだしたのはここ数ヵ月だと聞きました。ある程度の流通を待ってから動き出したと考えれば、時期は合います」
「もしかして、この国を標的にした目的って、その石の実験のつもり!?」
「奴らならば、十分にあり得る話だ……くそ、迂闊だった! この数ヵ月で起こった変化には、もっと注意深くなっておく必要があった!」
奴らの非常識さを、もっと計算に入れなければいけなかったのだ。気付けた可能性があったとすれば、操魔石の存在を知る俺たちだけだった。ここで悔やんでいても仕方ない話ではあるが。
「ちょっと、みんな。何の話をしてるのよ?」
「……アイシャさん。貴女から頂いた情報は、思った以上に核心に触れていたようです」
もちろん、まだ仮説だ。そもそもが、奴らの仕業だという確証すら取れていない。しかし、そうだとすれば……全て説明がつく。ならば、事が起きる前に……。
そんな時だった。
「……あ!」
「どうしたの、コウ?」
「し、シューラの護衛の人が……青い石の首飾りをしてたんだ!!」
「え!?」
浩輝の叫んだ言葉は、俺たちの背筋を再び凍らせるには十分だった。
「レイルの護衛にも、いた」
「な! 本当か、コウ、 フィーネ!」
「言われてみりゃ確かにしてたような気も……けど、それって相当ヤバくねえか!?」
海翔の言う通りだ。もしも、それが確かだとするならば……今から、何が起こる?
その石の効果を、誰かが制御していたとする。仮に今、負の感情を増幅させれば、すぐ近くにその最大の標的になる人物が……相手側の柱がいる。もしもお互いの護衛が、相手側の柱を襲撃でもすれば。
種族間の関係には、決定的な亀裂が入る。殺害が成功でもすれば、それこそ修繕など不可能なほどに!
答えが出た瞬間、俺は反射的に立ち上がった。我ながら……どこまで迂闊なんだ!
「みんな、急いでウェア達に連絡……いや、合流するぞ! 今ならまだ、未然に防げるかもしれない!」
「う、うん! みんな、ひとつ上の階だったよね!?」
取り越し苦労ならば、別に構わない。だが、もしも俺達の考えが当たっていたとすれば……いつ動いたとしてもおかしくない!
俺の言葉に、他のみんなも立ち上がる。イリア達も俺達の話で危険な状況にあるのは理解したようだ。
「何だか良く分からないけど、私たちも行くわよ、コリンズ君!」
「はい……!」
「止めはしないけど、前には出ないでよ、二人とも!」
時刻は深夜、動くとすれば絶好のタイミングだ。会議で土台がようやく作り直されている今、それを崩されてしまえば、本当に取り返しがつかなくなるかもしれない。
間に合うか? それとも、既に動いているのか? くそ、ウェア達。何とか阻止しておいてくれよ……!