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明日から

 職員室に着くと、目当ての人物はすぐに見つかった。


「……綾瀬先生、少し良いですか?」


「どうした、瑠奈」


 さすがに学校ではお父さんと呼びづらいので、一応はこう呼んでる。まあ、向こうは見ての通りにいつも通りなんだけど。デスクワークをしながら聞き返してきたけど……何を聞きに来たか分かってるのは間違いないので、ちょっと腹が立つ。


「どうしたもこうしたもありません。ガルフレア先生のことです」


 横にある(昨日までの空白に無理矢理割り込んでる)机に座っていた銀狼は、びくっと肩をすくめた。


「ああ、そのことか。なに、ちょうど闘技の担当を増やすべきだと話していた所だったし、ガルの仕事も出来る。一石二鳥だろう?」


「……本気で言ってるんですか、先生?」


「ああ、もちろん」


 さも当たり前のように返してくるお父さん。ちょっと声のトーンを落としながら、私は質問を続ける。


「ねえ、綾瀬先生。教師になるにはどうしたらいいか、知ってます?」


「知らなければ教師にはなっていないな」


「なら質問です。経歴不明で免許もない人は、教師になれます?」


「普通はなれないな」


「……じゃあもう一つ。それなら何でガルが教師になれるの?」


 次第に私の口調は素に戻っていく。お父さんはというと、考えているようなポーズをしばらくとった後(たぶん何も考えてない)、こう答えた。


「大人には、いろんな手段があるんだ」


「………………」


 朝からの一連の出来事でパンク寸前の頭に、その言葉がトドメをさした。私は睨みをきかせると、お父さんの机に思いっ切り手を叩きつける。凄くいい音が辺りに響いた。


「ねえ、真面目に答えて。いろんな手段ってどういうこと?」


「瑠……瑠奈?」


 私の様子にガルはうろたえている。けど、肝心のお父さんは全くこたえてない。……うん、ごめんねガル、あなたは悪くないよ。でも、黙ってはいられない。


「何を怒っている。別に違法な事はしてないから、安心しろ」


「常識的に考えたらアウトな手段しか思い付かないんだけど!?」


「瑠奈。常識にとらわれていては見えないものもあるぞ」


「何でちょっとかっこよく決めようとしてるの!? むしろお父さんはもっと常識にとらわれて!」


「あー、クロスフィール先生。六限の全校集会でのことでお話があるので、こちらに……」


「……分かりました」


 私達のやりとりを可哀想なぐらい小さくなって見てたガルに、その様子を不憫に思ったのか、上村先生が助け舟を出してる。よし、この方が遠慮しなくていい。


「一万歩くらい譲っても、研修生とかからのスタートでしょ!? どんなショートカットをしたら、いきなり『今日の授業から入りまーす』なんて話になるの!」


「研修生だと金にならんからな」


「いや、確かにそうだし、ガルにはお金が必要なのもわかるけど! それなら、何で教師にするなんて無茶をするの!?」


「そのほうが面白……俺が近くにいたほうがいいだろう?」


「ねえ、今チラっと本音出たよね!? 遊びで違法行為はひどすぎない!?」


「失敬な。違法ではないと言っているだろう」


「それなら、それをちゃんと説明しろって言ってるの!」


「答えているだろう。大人にはいろんな手段があると」


「答えになってない!」


 そんないつまで続くか分からない不毛な争い。横槍が入ったのは、その時だ。


「おい、何やってんだよ、瑠奈に父さ……綾瀬先生」


 振り返ると、そこには怪訝な表情の黒狼が立っていた。よし、これは味方だね!


「暁斗、ちょうど良かった、手伝って!」


「暁斗、瑠奈を連れていってくれないか? 小遣い上げてやるぞ」


「あっ、ズルい!」


 高校生にとって、小遣いアップの魅力は大きい。暁斗はちょっとだけその誘惑に負けそうになったみたいだけど、首を振って欲望を鎮めてる。


「ちょっと待てよ! いきなり何のことだ?」


「私だって何がなんだか分からないんだよ……」


「はあ?」


「一つだけ言えるのは、全ての元凶はこの人ってこと!」


 私は机に座って面倒そうにしている父を指差す。


「元凶とは人聞きが悪い。彼の扱いがそんなに不満か?」


「いや、不満って言うか……何度も言うけど、常識的にありえないでしょ!?」


「人を巻き込んどいて二人だけで話を進めるなよ! 分かりやすく説明しろ!」


 何で学校で家族喧嘩が起こりかけてるんだろう……とは思いつつも、私も全然考えが整理できなくて、どうにも不毛な感じの話になりつつあった、そんな時。


「……すまない。俺のせいなんだ」


 安全圏に避難していたけど、自分のことから逃げる訳にはいかないと思ったのか、ガルが戻ってきた。……律儀だね、ほんとに。


「ガル? 何で学校にいるんだよ?」


 暁斗は本格的に何がなんだかって顔をしてる。どうやら彼は、まだ何も聞いてないみたいだね。ガルが学校にいること自体が意味分からないはずだ。


「ガルは悪くないよ。て言うか、一番の被害者じゃないの」


「しかし、慎吾は俺のために……」


「違うわ。絶対違う。100%ありえない。この人はただ楽しんでるだけ」


「お前は父親を何だと思っているんだ、瑠奈」


「それは日頃の行いのせい……と言うか、結局何があったんだよ? また何かしたのかよ、父さん? ガルを連れて?」


「そうだな。暁斗には前もって紹介しておこう」


 カミングアウトを前に、ガルの表情は強張り、お父さんは明らかに面白がってる。


「彼、ガルフレア・クロスフィールは、本日をもって我らが天海高校の闘技を担当する教師となった」


「ああ、なるほど。つまりガルが俺達の先生にな…………何だとおおおおおぉッ!?」


「……うん、それが普通のリアクションだよね。私達の反応が正しいんだよね」


 自分の常識に自信を失いかけていた私にとって、仲間を得られたことはメンタルの立て直しにすごく役立った。逆に、暁斗の冷静さは世界の果てまで吹き飛んでいる。


「な、何で、どうして、どうやって!?」


「……特例、らしい」


「特例って何だよ! 第一、教員免許とかは!?」


「……近日中に発行される、そうだ」


「何でだよ!? 偽造か、偽造なのか!?」


「ああ、それなら心配するな。俺が然るべき手段で本物を発行させるようにしてやった」


「然るべき手段ってなに!?」


「合法じゃねえだろ絶対! 嫌だぞ、身内から犯罪者が出るのは!」


「安心しろ、警察にもコネはある」


『安心できるかあぁッ!!』


 私と暁斗のツッコミが見事に重なった。


「最後のは冗談だ。先ほどから言うように、違法なことはしていない。法の隙間を突くことなど、楽勝だからな」


「……ねえ、お父さん。お願いだから、捕まる時は周りを巻き込まないでね」


「左に同じ……」


 そういえば、他の先生も事情は知ってるんだっけ。学校ぐるみの犯罪? ……いや、まさかね。


「まあ、遊ぶのはこのぐらいにしておくか」


 お父さんは満足げにそんなことを言っている……我が親ながら、人としてどうなんだろう、この人。


「誤解してもらっても困るが、いくら俺でも遊び心だけで人を教師に仕立てようとは思わない。面倒だからな」


「色々と突っ込みたい所があるんだけど」


「瑠奈、お前なら分かるはずだ。ガルには教師としての適性があるだろう?」


「……そう言われると、そう思うけどさ」


 戦闘技術にしても凄い腕だったし、学力にも問題はなさそうだった。授業も分かりやすくて、生徒への気配りもよくしてたし。もし事情を知らなかったら、すんなり良い先生だって感じてたと思う。

 一方、暁斗は「全く想像できねえ」と呟いてる。それも当然だと思うけど。


「そもそも、記憶も無いのに人に教えられるものなのか? ……あ。わ、悪い!」


「気にするな。当然の疑問だ」


 うっかり口にしてしまった失言は、ガルは本気で気にしてないようだけど、だからこそ暁斗は居心地悪そうにしてる。でも、考えてみれば確かに疑問だね。


「俺には確かに記憶は無い。だが、知識はほとんど消えていないんだ」


「どういうこと?」


「そうだな……例えば俺が雪について忘れていたとしよう。その場合、俺の中には『雪は白く冷たい氷の粒』という知識はある。しかし、実際に触れ合った記憶が残されていないから、あくまでも雪について知っているだけなんだ」


「……本とかテレビで見たことある、ってのと同じような感覚か?」


「そう思ってもらえればいい。映像が入らない分、本のほうが近いだろうな」


「つまり、頭の良さは、記憶を失う前そのままってこと?」


「記憶を失う前の自分がどの程度だったか分からない以上、憶測の域は出ないがな。そういうことなのだと考えている」


 なるほどね。そう考えると、教師をやれるくらいに頭が良くてもおかしくはないってことかな。……あれ? 何か気付いたらどんどん丸め込まれてない?


「疑問が解決したならば、そろそろ時間だぞ。まったく、臨時集会の準備があまり進まなかったではないか」


「聞きに来ることまで折り込み済みのくせに、よく言うよね……。と言うか、今日の集会って、まさか」


「ああ、彼の紹介だ。お前のクラスに行かせたのは遊び……もとい、研修のようなものだ。誠司ならば上手くフォローしてくれると思ってな」


「……今更だけど、あんたよくクビにならないな」


 まだ言いたいことだらけだったけど、お父さんの言う通りに昼休みはもうほとんど残ってない。どうしよう、チャンスはここしか無かったはずなんだけど。

 ……でも、よくよく考えたら、私はガルにどうなってほしいんだろう? 無理やり教師なんてあり得ない、ガルが大変だから止めなきゃ、って思ってたけど、何かちゃんとこなしてるし……ガル自身はどう思ってるのかな?


「さて、俺達もそろそろ時間だ。行くぞ、ガル」


「……分かった」


 お父さんに従って、ガルもてきぱきと支度を始める。あ、お父さんについていくってことは。


「って、次はうちのクラスが闘技じゃねえか……!」


 実は、暁斗の担任はお父さんだ。そして、元々はお父さんが闘技の担当をしてた。状況を理解したガルは、肩をすくめる。


「遅れるなよ、暁斗。ガルにはお前の相手になってもらうつもりだからな?」


 それだけ言い残して、お父さんはさっさと行ってしまった。ものすごく楽しそうと言うか、生き生きした表情で。ガルは一言だけ「……すまない」と残して、そんなお父さんを追いかけていく。


 ……あ、何だろう。この果てしない脱力感は……。


「……ねえ、暁斗。状況飲み込めた?」


「……悪い。俺にはちょっと展開が早すぎる」


「教師って、一日でなれるものなのかな……?」


「駄目だ、考えるな。あの人を常識で考えるのは、無理だ」


「常識って……何なんだろうね?」


「自分を見失うな、瑠奈。俺達のほうが正しい。そう信じろ……」



 今日は何だか、お父さんに振り回されまくった気がする……。










「……ふう」


 晩ご飯を食べ終わった後、私の部屋には暁斗とガルが集まってた。


「だいぶ疲れてるみたいだな」


「だろうね。集会の後とか、みんなに囲まれてたし」


 予想はしてたけど、特に女生徒からの反応は凄まじくて、質問攻めに遭ったガルは、見ての通りに疲れ果てている。――疑われる前に披露しておけってことなのか、記憶のこととかはある程度お知らせされた。さすがに空間を飛び越えてきたとかそんな話はしてないけど。


「騒がしいのは……嫌いではないが、苦手だ」


 ガルはそう言って、もう一つ溜め息。


「すまなかったな、お前達。こんな事になってしまって、迷惑だっただろう」


「あ、いや、ガルが謝る事ないって。むしろ大変なのはガルのほうでしょ?」


 お父さんの遊び心のせいで、教師なんて仕事をさせられる事になったんだから。


「それに、さっきは騒いだけど、別にガルが先生になったから困るって訳じゃないんだよ? ただ、私達はガルの事情を知ってるから、いろいろと心配なだけでさ」


「……そうか」


 もちろん、家に帰ってきたお父さんには更にいろいろ問い詰めてみたけど、「大人にはいろいろな手段が(以下略)」でひたすらに逃げられた。とりあえず、本人の言葉通り、法には触れてないのを祈るしかないみたい。


「どっちにしても、こうなったら、しばらくは教師としてやってくしかないだろ? だったら、いっそ割り切ってやったほうが良いぜ。お前には今日のリベンジもしなきゃいけねえしな」


「あ、そう言えば、暁斗も戦ったんだよね」


「ああ。ま、ボロ負けだったけどさ」


「瑠奈も暁斗も、まだ伸ばせる場所はいくらでもある。俺で良いのならば、いつでも付き合おう」


 暁斗の強さは知ってるけど、彼でも負けたんだ。さすがと言うしかないだろうね。


「けど、意外だよね。さっきも少し話したけど、ガルがあんなに教師ってポジションにハマるってのがさ」


「だよな。案外、天職なんじゃないか?」


「……そうだな。少なくとも、俺自身はそれなりにやりがいを感じていた。記憶が戻っても、ここで働き続けるのも良いかもしれないな」


「ふふ。私は、そうなってくれたら嬉しいかな」


「俺も。目標があったほうが張り合いがあるしな」


「……真剣に考えておくよ」


 ガルは静かにそう言った。出逢ってすぐの時にあった固さは、だいぶ取れてきた気がする。


「そうだ、瑠奈、暁斗。お前達には、ちゃんと礼を言っていなかったな」


「礼?」


「そうだ。見ず知らずの俺に、手を差し伸べてくれた礼だ」


「ああ、そんな事? 気にしなくていいよ。実際にいろいろやったのはお父さんなんだし」


 私がそう言うと、ガルは少しだけ目を伏せた。


「そんなこと、か。この国ではそうかもしれない。だが……俺が生きてきた世界では、そうではなかったんだ」


 ……確か、ガルは孤児だったって言ってたっけ。


「俺に残る微かな記憶のほとんどは、地獄の思い出だ。まだはっきりと思い出せないが、それだけでも、いっそこの記憶も捨て去ってしまいたいと感じる」


「ガル……」


「自分一人で生き延びなければならない世界……もっとも、途中で孤児院に拾われたようだから、俺はまだ幸せなんだろうが、な」


 ひとりきりで、誰かに手を差し伸べられるのが当たり前なんかじゃない世界。私だって、そういう場所があることまで知らないわけじゃない。ガルはそうやって生きてきて……だから、それをすごく真面目に受け止めてくれた。


「つまり、だ。お前達が俺を受け入れてくれたことが、俺には凄く嬉しかったんだ。例え、お前達には当たり前の行動だったとしても。だから、言わせてくれ。ありがとう、とな」


 深々と頭を下げるガル。その一言に込められた気持ちは、とても重い。


「そして……改めて、これからよろしく頼む、瑠奈、暁斗」


 彼はまた少しだけ笑みを浮かべた。彼と出逢ってから、一番柔らかくて、とても優しい笑み。優しさとは無縁な世界で生きてきたらしい彼。それでも、そんな彼はとても優しい。私と暁斗も、少しだけ間を置いてから、笑う。


「うん。明日からもよろしく、ガルフレア!」


「思ってた以上に深い付き合いになりそうだな。よろしくな、ガル」


 私達は、この時、本当の意味で打ち解けられた気がした。



 ――この日、私達の話し声はとても遅くまで続いた。

 不思議な出逢いから始まった、明日からの新しい日常への期待を抱いて――




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