三柱会議
それから一週間は、あっという間に過ぎ去っていった。
三柱の護衛、情報収集、そして街中の警備。立ち止まっている時間などはほとんど存在しなかった。自身の入れない首都を除き、各地を右往左往する毎日。それでも瑠奈たちも泣き言など言わず、自分たちにやれることをこなしていた。
護衛については、何の問題も起こらなかった。予想に反して、相手からの動きが見られなかったからだ。襲撃はおろか、不気味な程に何も起こらなかった。
そのために、黒幕の存在を疑問視する声まで挙がったが、俺の意見としては、何者かの存在は確定的だ。ならばこれを、何も起こらずに良かったと思うべきか……嵐の前の静けさと取るべきか。
一方の街中では、俺たちが対処しただけでも、かなりの数の小競り合いが起こっていた。この一週間だけでも、激化の兆しが分かる。三柱会議の開催で少しは鎮静化してくれればと思ったが……それ以上に、事態の進行が早い。これでもし、会議が失敗すれば、窮地に陥るのはほぼ確実だろう。
それにしても、ここまでの早さで対立が深まるとは。ジン辺りは、何かを見落としている事を危惧しているようだったが。事態を加速度的に悪化させるファクター……暴動の工作以外にも、何かがあるのか?
そして、結局のところ何の手がかりも見付からず、不安要素を幾つも抱えたまま……三柱会議が始まった。
「ならば貴様は、なおもあの宗教を取り締まらないと言うのか!?」
響き渡るのは、シューラの怒号。俺たちは護衛と言う名目で全員が同席しているが、さすがに発言力は無い。事態を眺めるしかできないままだった。
「宗教を取り締まるのは、かなり難しい問題です。それがどれだけ馬鹿げたものであろうと、信じる者にとっては心の拠り所ですからね。それを抑制すれば、新たな問題に繋がりかねないでしょう?」
「拠り所……俺たちを排斥するような宗教が、か。笑わせるな! それに、新たな問題だと!? 足元さえ見ずに何を言うか! この国は、いま! 危機にさらされているのだ!!」
「誤解はしないで下さい、シューラさん。僕だって、あの手この手で鎮めようとはしてきたんですよ? ただ、残念ですがその策が今のところ実を結んでいないだけでして……」
「まだ減らず口を叩くか、貴様ッ!!」
「止めなさい、シューラ君!!」
力任せに机を叩き付け、今にも飛び掛からんとするシューラを、ダリスが一喝して制す。一方のレイルは、この状況にあってなお、涼しげな態度を崩さなかった。
「多くの人々が協力してくれたおかげで、この場はあるのです! 短気を起こしてしまえば、彼らの助力を踏みにじるだけではなく、それこそ事態を最悪の方向へ導くと心得なさい!」
「ッ……しかし、ダリス殿!」
「あなたの言い分も分かってはいます。……レイル君。申し訳ないですが、あなたの言葉は建前にすら聞こえません」
「ほう?」
「引き続きあの宗教を放置する……それを改めない限り、沈静化など望みようもない。それが分からないあなたではないでしょう?」
ダリスの口調は静かでありながら、その言葉には重みがある。ただ穏やかなだけで柱など務まらない……この厳格さを併せ持つからこそ、彼は優れた指導者なのだろう。
「宗教の問題は慎重に取り扱う必要がある。それは事実です。ですが、真創教は未だ、あなたが語るような拠り所にはなり得ていない」
「ほう、何故ですか?」
「ひと月では、人々の心を完全に染めてしまうには短すぎます。そもそも、あのような教義を心から信じる者がそうそういるとは思えない。鬱憤をぶつける格好の題目であった、以上の意味はまだ無い、私はそう考えています」
獣人への怒り。それが獣人を排斥する教義と結び付き、同調した。どこまで染まったかには個人差があるだろうが……大半の者は、まだ便乗している程度だろう。
「早期に対応していれば、広まることもなかった。そして、あなたの確固たる対応があれば、獣人側にもここまでの反感は広まらなかった。あなたならば、出来たはずですよ」
「フフ。買いかぶりすぎですよ、ダリスさん。現に僕は、事態をどうにも出来ていません」
「俺たちが聞いているのは、御託などではない! 何故、貴様が敢えて事態を抑えなかったか、だ!」
シューラとダリス、この二人はレイルの能力を認めていると言っていた。どうやら二人共が、レイルに何かしらの思惑があるとほぼ確信しているようだ。
「例えば……僕がこの国を牛耳るため。そう言えば、お二人は納得してくれますか?」
「ふざけるな!!」
「少し戯れ言が過ぎましたね、忘れて下さい。僕は、自分が思う最善の策を取っているにすぎませんよ」
「対立を止めず激化させた事が、最善だと?」
「その結果を否定はしません。もっとも……少しだけ、状況は変わってしまいましたが、ね」
そう語りつつ、レイルは自分の周り……俺たちを見た。その微笑みの奥にあるものは、やはり計りがたい。
「ギルドの協力は、僕にとっても計算外の事でした。フフ、これでどう転ぶかは、僕にもまだ分かりませんが」
「貴様、何を?」
「……僕が望むのは、この国のため。それは間違いありませんよ」
その言葉を最後に、レイルは口を閉じた。少しだけ沈黙が続き、望む返答がいつまでも得られないシューラがしびれを切らしそうになった辺りで、すかさずダリスがそれを制する。
「どうやら、これ以上問いただしたところで、答えてはくれないようですね。ならば、今はここまでにしておきましょう」
「ダリス殿! それで良いのですか?」
「今回の会議は、三日間を予定しています。彼の今までを問うよりも、今後の取り決めを行う方を優先しましょう」
シューラが唸る。彼のレイルに対する怒りは、ほとんど衰えていないようだ。この場にダリスがいなければ、すぐさま殴りかかっていたのではないだろうかと思える。
「レイル君。私は、先のあなたの言葉を……あなたを信じたい。話さない事にも理由があるのだと、そう考えています。ですが、私個人の意見で、不安要素を残す訳にもいかない。会議が終わるまでには、話して下さい」
「何も無い、と言っているのですが。しかし、そうですね……お二人の懸念、それを晴らせることを僕も望んでいますよ」
まるで他人事のような語り口。シューラが歯を噛みしめているのが分かった。
……彼が切れ者なのは、実際に目の当たりにした今、大体は分かる。本当に何かを隠すならば、それをおくびにも出さないのだろう。だが今は、何も無いと口では語りながら、その一方では、何かを匂わせるような態度を意図的にとっているように見える。
本人が語らない以上、決め付けることは出来ない。しかし……レイル・ヴァレン西柱。やはり、彼の意図は。
初日の会議は難航しつつも、それ以上のトラブルは起きなかった。何度かシューラが怒りを露にしつつも、すんでのところでこらえていた。
今日決められたのは、シューラの武力行使宣言の正式な取り消し……それに対して、レイルも暴動の加担者には厳格に対処を行い、これ以上は事態を悪化させないように善処すると約束した。なお、内容はすでに国中に報道されている。
だが、真創教を禁止するとのレイルからの言葉は、最後まで出てこなかった。それにシューラが不満を感じていないとは思えない。今のままの状況が続くならば、いずれは彼が今回の取り決めすら振り切って西首都を攻める未来も、十分に考えられる。
そうならないためにも、この会議中に全てを終わらせなければならない。しかし……果たして、このままで上手くいくのだろうか?
そして、三柱会議の護衛初日を終え、日付が変わった頃。俺たちは、ブラントゥールの一室で今の状況について話し合いを行っていた。
「空さん、大丈夫なのかな……?」
「直接のご指名だ、しょうがねえだろ。ま、あの空が簡単にどうこうなりゃしねえさ。どっちかってと、俺様はシューラのキレっぷりの方が気になるぜ」
「……叔父さん、お母さんだけは絶対にレイルさんに近付けたくないみたい。あいつがしっかりとすればあんなことは、って何回も言ってたから」
会議中、三柱はこのブラントゥールに泊まる。その護衛に、彼らの側近と共に俺たちが就くことになったのだが……レイルが、自分の護衛として空とリンを指名したのだ。アトラ達が語っているのは、その時のひと悶着についてである。
最終的に、レイルには空とジン、シューラには誠司とリン、ダリスにはウェアが護衛として回された。無論、俺たちも何かがあればすぐに動けるように待機している。
ウェア達は徹夜での護衛になるが、その分は先ほどまで仮眠を取ることで埋め合わせをしている。
「だけどさ……上手くいく、のかな? この会議」
「どうかしら……今日は何もなかったけど、レイルさんは相変わらず読めない人だったわ。あの人がはっきりとしなければ、シューラさんだって納得しないでしょうし……」
「上手くいくよ。いかなきゃいけない……上手くいかないって言うなら、あたしが何とかしてみせる」
その力強いイリアの言葉に、飛鳥も頷く。この二人の思いは、特に強くて当然だな。
「だけど実際、どうするの? 黒幕とやらの手がかりは、この一週間でも全く掴めなかったのよ」
「ここまで動きが見えないのは、気になる。私たちを警戒している可能性もある。大きな仕込みをしているとも考えられる」
「仕込み……それが合ってるなら、動くとすればやっぱりこの会議中だよな」
蓮の言う通り、今は三柱を一網打尽にする絶好の機会だ。そのぶん護衛が強力になっているのは確かだが、連中の力もまた未知数だ。かつての俺ならば何か知っていたようだが……こういう時、記憶さえあればと思うともどかしい。
「レイルの考えも、まだ本人がはっきりさせないから、シューラ辺りは全然納得してなかったしね。ふう、本当にややこしいよ、全く」
「レイルの考え、か」
状況の悪化を見過ごし、それを国の最善を考えた結果だと語る……一見すると、矛盾しているように見える彼の行動、しかし……予想ならば、できないこともない。この言い種だと、フィオも多少は感付いているかもしれないな。
その時、ノックの音が聞こえたかと思えば、俺たちの誰かが返事するのを待つでもなく、勢いよくドアが開かれた。