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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
4章 暁の銃声、心の旋律
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抱え込んだ思い

 少年たちとの会話の後、複雑な気分を抱えたまま部屋に戻ると、ウェアが一人で何かの資料を整理していた。彼は、眼鏡のためいつもより穏やかに見える顔で、俺の方を向く。


「どうだった?」


「俺の出る幕は無かったよ。やはり、友人とは大切なものだな。誠司と空は?」


「二人はジンと一緒に、それぞれの柱から受け取った資料を元に話し合いをしているよ。俺も、これの整理が終わったら合流する」


「その資料は?」


「ここ数ヵ月の、()()()()()についての調査結果だ。この国への出発前に、追加で受け取った分もある」


「……黒幕と思われるあいつらのことか?」


「ああ。もっとも、連中が同一であるという確証は、まだ取れていない。だからこそ、まだ話さなかったんだがな」


 だが、その可能性は高い。少なくともウェア自身はそう思っているのだろう。


「今まで話さなくて悪かった。だが、情報は慎重に扱わねばならない。慎吾が口癖のように言っていたことだが……俺自身も色々と見てきたからな。間違った情報が状況を悪化させ、最悪の事態を招いたこともあった」


「闇の門での話か?」


「それもあるし、それ以外でもだ。それなりに長く生きていると、経験だけは無駄に積んでしまうんだ。自分で言うのも何だが、波乱万丈な人生だったからな」


 ウェアの人生……か。恐らくみんな、ウェアの過去については何も知らない。本人が、それについては決して語ろうとしないからだ。生まれも、育ちも、血縁関係も……普段の立ち振舞いから、育ちの良さは何となく想像できるくらいだ。確かなのは、英雄であったことだけか。

 英雄として共に戦っていたメンバーや、空やジンのように古くからギルドにいた者、それからランド辺りは別だろうがな。彼らも、本人が喋らない部分には絶対に触れようとしない。


 ……ひとつだけ、()()()()()()()()()もある。

 だが、これはさすがに空論が過ぎるだろう。だから、俺も聞いていない。


「あまり秘密主義でも、状況を好転させるチャンスを逃す事もあるのは分かっている。本当に、難しいものだな」


「確かにな。……だが、俺はウェアの判断を信頼しているよ。ウェアは俺たちのマスターだからな。だから、自分の信じるようにやればいい」


「……そうか。ありがとう、ガル」


 ランドにもいつか言われた。俺はウェアを信じて、彼の力になれば良いのだと。俺も、彼ほど信頼に足る人物などそうそういないと思っている。


「ガル。分かっていると思うが、今回の一件、恐らくお前のかつての仲間も関わってくるだろう」


「ああ……。連中の抑止力であり、協力者。敵の正体がマリク達だとすれば、彼らもまた動いているはずだ。そして、俺たちに気付いてもいるだろう」


 俺の動きは、彼らに把握されている。ギルド総出で動いた以上、気付かれていないとは思えない。それが敵にまで伝わっているかは定かではないが。


「彼らは今回、どちらに付くと思う?」


「今までの彼らは、民間への被害を好んでいないように見えた。彼らが今回の作戦に賛同しているとは思えない。恐らくは、抑止力としての活動を優先するだろう。……だが」


「だが?」


「もしも俺たちが、相手の企みを阻止して、そいつらと争うことになったとすれば……抑止力となる必要がなくなれば。彼らも、俺たちの敵として動くかもしれない」


 形だけでも同盟の立場。目の前でそれが争っていれば、放置はできないはずだ。ならば……彼らと戦闘になる確率も、決して低くない。それに、これほどの規模の活動なら、動いているのは恐らく幹部級……六牙と呼ばれる存在。


 俺も六牙の一人だったようだが、どうでもよい存在だったならば監視などされていないはずだ。記憶が戻っていないため断言はできないが、今まで見てきたものを合わせると、かなり上の立場を表す称号なのは確かだろう。

 ……六牙であると明言されたのは俺とシグ。状況から考えると、フェル……そしてルッカも。六牙の名の通り、その数が六人だとすれば、残りはあと二人。俺の穴埋めがされていれば三人か。

 はたして、誰が来ている。いずれにせよ、実力者であることは確かだ。PSの弱体化した俺で、どこまで戦えるか……。


 ……それでも、彼らの相手は俺がやらなければならない。みんなを巻き込むわけにはいかないんだ。それは、俺の責任なのだから。


「ガル。お前は今、何を考えている?」


「なに?」


「自分がやらなければいけない。そう考えていたんじゃないか」


「…………!」


 はっきりと言い当てられ、言葉に詰まる。ウェアは「分かりやすいな」と呟くと、資料を置いて俺の側に近付いてきた。


「この間、アトラの一件でジンが言った。あいつは自分のことになると思考を停止させてしまう、と」


「ウェア……?」


「だが、それはあいつに限らない。多くの者が同じような傾向を抱えている。ガルフレア、お前もだ」


 眼鏡の奥の視線は険しく、俺は目を逸らすことも反論することもできなかった。


「お前は、自分の過去が絡むと、途端に周りを頼ることを忘れてしまう。全てを自分がやらねばならないと考えてしまう。……それだけならばまだ良い。だが、お前はこうも思っているだろう? ()()()()()()()()()()()()()()、と」


「…………。俺、は」


 何も言い返せない。全て、図星だったからだ。


「特にアトラの一件があってから、お前はどこか陰りのある表情を見せることが多くなった。自覚があるかは知らないがな」


「………………」


 ウェアの視線から逃れられず、俺は溜め息をつく。同時に、見透かされたせいかもしれないが、いつも抱え込んでいた感情が沸き上がってくるのを感じていた。


「俺はバストールに行く時、誓った。何があろうと、この手でみんなを護り抜くと。そして、そのために自分自身も生き抜くと。護るためには自分自身も生きねばならない……そう慎吾に言われていたから」


 気が付くと、俺は自分の心を吐露し始めてしまっていた。一度話を始めると、止めることもできなくなった。


「今でも、その誓いが消えたわけではない。だが……俺はどこかで、そんな自分を甘いと思っているんだ。犠牲が出ない戦いなどあり得ない、と」


 記憶を失ってからの時間が生み出した俺。そして、残された記憶が作り出すかつての俺。その意見は、様々な場所で食い違う。


「戦いは、命のやり取りでもある。その場に立つ限り、死は必ず付きまとう。もしもこれから、俺の周りで起こる戦いが激化していけば……彼らもまた、その現実から逃れられなくなるだろう」


 みんなは強くなった。エルリアを出た時と比較しても、格段に。しかし、どれだけの強者であろうと、死は平等で、一瞬だ。


「彼らの決意が足りないなどと言うつもりはないが、彼らは若い。命を奪う覚悟も、奪われる覚悟も、突き付けるにはまだ早すぎる」


 彼らが子供であっても、戦場に立つ限りは関係ない。自分が生き残るために敵は倒す。戦いとはそういうものだ。敵も、容赦などしてくれない。


「これから先、全員が生き残ることが困難な状況は、きっと訪れる。その時、もしも犠牲を出すとしたら……」


「その犠牲は自分で良い、と?」


「ああ。……慎吾との約束は破ってしまう。だが、理想を追い、自分も生き残ることに固執したせいで、目の前で誰かが死ねば……俺は、自分を許せそうにない」


 絶対に約束を守る、理想を追い続ける。そう断言できない俺は、弱いのだろうな。だが、俺は……理想とは、破れることの方が多いと、そう思ってしまう。


「……俺は、怖いんだ。彼ら自身が選んだ戦いだとしても、それを選ぶきっかけになったのは俺だ。そして、俺の存在は、様々な敵を呼び寄せる」


 それは、俺の本音。自問自答で抑え込むには大きくなりすぎた感情。


「俺が招いた事態が、みんなを、仲間を死に追いやってしまう時がやってくるのではないかと。その瞬間を考えると、怖い。怖くて、たまらないんだ。あの時、彼らの動向を許した自分を、恨みたくなるほどに……」


 身体が震えている。それに情けなさを覚えながらも、沸き上がってくる恐怖を抑えようもなかった。

 いっそ自分が消えてしまえば。何度そう考えたか分からない。それでも、自分の過去も思い出さぬままに消えてしまっていいのかと、そう思い踏みとどまる。……消えたくないという言い訳でしかないのかもしれないが。


 皆が大切になればなるほど、板挟みになる。分からなくなってきたんだ。俺は、どうすれば良いのか。


「護り抜くためには、自分も生きねばならない。慎吾の言葉は、俺も正しいと思う」


 やがて、ウェアが静かに口を開く。


「しかし、それを理解した上でも……命を賭ける覚悟が必要となる瞬間もあるのだろう。だから俺は、お前の考え全てを否定はしない。だが、一つだけ言わせて欲しい」


「…………?」


「俺も、お前のそういうところが、怖いんだ」


 その言葉に、俺は思わず視線を上げた。ウェアルドは、どことなく寂しげな表情を浮かべている。


「過去について話しているとき……自分がどのような顔をしていると思う? お前はまるで、どこか遠くに行ってしまいそうな表情をしているんだ。いつも、いつもな……」


「…………」


「だから、たまに怖くなる。目が覚めたら、お前が消えてしまっているのではないかと。お前は、自分の犠牲で全てを終わらせられるなら、誰にも言わずに行ってしまうような……そういう男だから」


 否定は、できなかった。俺は確かに、そう思っていたから。


「お前は、昔の俺によく似ている。だから俺は、あの時に父から言われた言葉を、引き継いでお前に贈ろう」


 息をひとつ吐いてから、ウェアは真っすぐに俺を見た。


「――お前が仲間の死を恐れるように、お前の死を恐れる者がいる。お前が死ねば、それを悲しむ者がいることを忘れるな」


「俺の、死を……?」


「そうだ。少なくとも、俺は怖い。俺の大切な家族が消えてしまうことが、な」


 俺が、いま抱えた思いと同じような思いを、みんなが俺に。そんなこと、意識していなかった。


「なあ、ガル。お前はきっと、過酷な人生を歩んできたんだろう。だが、お前だって、俺から見たら若者だ。お前にはまだまだ先があるんだよ」


「先……」


「ああ。だから、死に急ぐな。もっと自分自身を大切にしろ。そうしないと、お前を慕う者、お前を支える者の大切さを忘れてしまうぞ。自分自身を侮るんじゃない。お前自身でも、俺の家族であるお前を無下に扱うことは、絶対に許さん」


 自分自身を侮るな……か。


「……お前の言う通り、戦う以上はいつ死んでもおかしくない。だが、死を覚悟するならば、残された者の辛さを甘く見るんじゃないぞ。それにお前は、いくら何でも一人で抱え込みすぎだ」


 ウェアはそのまま、俺を抱擁した。暖かく、逞しい……まるで父のような包容力をもって。


「抱え込んだ物の重さに耐えきれなくなったら……誰でもいい、一緒に持ってもらいな。お前の周りには、お前を助けてくれる仲間がいるだろう。もちろん、俺もな」


 そんな優しい言葉を投げかけながら、彼は俺の背を掌で軽く数回、まるで子供をあやす時のように叩いた。不思議と、恥ずかしさは特に感じない。

 少し経つと、震えは止まっていた。ウェアはゆっくりと、俺の背に回していた腕を引く。


「もう大丈夫か?」


「……ああ」


「ふふ……悪いが少し、安心したよ。お前はなかなか不安を口にしてくれないからな」


「……すまない。少し、取り乱してしまったようだな」


「謝ってどうする。たまにはそういうことがあってもいいだろう? お前は溜め込むタイプだからな、適度に吐き出せ」


 他人に不安を思い切り吐露したのは、久しぶりな気がする。最近は、自分の中だけで消化しようとしていたが……もしかしたら、逆効果だったのかもしれないな。


「悩むな、とは言わないさ。だが、悩みすぎても問題だぞ。また辛くなったら、いつでも俺の所に来な。迷惑かも、などと思うなよ? 相談してくれるのは、むしろ嬉しいことだ」


 そう言って笑うと、ウェアは時計を見て、苦笑する。


「思ったより話し込んでしまったな。数分で行くと言っておいたんだが……ジンに小言でも言われそうだ」


 そう言いながらも満足げに見えたのは、俺の願望だろうか。


「話し合いと言っていたな。俺は行かなくても大丈夫か?」


「ああ。正直なところ、今日の段階では新たな情報は出てこないだろう。お前はゆっくり休んでおけ」


「分かった。なら、今日は存分に眠らせてもらうとしよう。……ウェアルド」


「うん?」


「ありがとう」


 不安が無くなったとまでは言えない。それでも、強まる一方だった恐怖は、今は鎮まっている。今回の任務は、頑張れそうだった。


「明日からも頼りにしているぞ、ガルフレア」


「ああ。任せておけ」


 お互いに笑いあってから、ウェアは外に出ていく。俺はその大きな……本当に大きな背中に、深々と頭を下げていた。





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