違う、ということ
「すっげえな、フッカフカだぜこのベッド! いくらぐらいするんだろうな?」
「あんまはしゃぐんじゃねえよ……って言いたいとこだけど、マジで豪華な部屋だよな。ダリスさんはあんまり高いもん好きって感じじゃなかったけど」
「客室って言ってたから、色々と気を使っているんだろうな。けど、おれは少し気が引けるかな……」
「正直言えば、私もちょっと。あまり高い部屋なんて慣れてないし」
明日からの段取りとかを話し合って、お風呂に入ってから(すごく立派な大浴場だった)、私たちはそれぞれの寝室を割り当てられた。
私は見ての通り、コウ、カイ、レンのいつものメンバーと同じ部屋。私にとっては、一番気楽な組み合わせだ。
部屋にはいかにも高級そうな家具とか、コウ曰くフッカフカなベッドが人数分揃えてある。レンの言う通りに、私たちには別世界って感じだよね。
「そういやカイ、今日は調べもんしなくて良いのか?」
「いや……さすがに『また夜更かしした場合、尻尾の長さが半分になるかもしれんな』とか脅されたら……な?」
「相変わらず、カイも上村先生には弱いよね」
「散々お仕置きをされてきたからな。それはコウも一緒だけど……帰ったらプリント何枚だったっけ?」
「う。嫌な事思い出させんじゃねえっつーの!」
尻尾を丸めたコウの姿に、みんなで笑う。こうしていると、学校に通ってた時と何も変わらない。
実際、私たちの関係そのものは変わってない。どこにいても、私たちは友達だ。……でも、環境はすっかり変わってしまったのも間違いない。
「けど、さっきの二人の演奏は凄かったな。アトラなんか、コウが吹いてた時は目を思いっきり見開いてたぞ」
「ま、似合わねえのは自覚してるけどな。けど、オレは飛鳥と比べりゃ大したことねえって」
「俺らに謙遜する必要はねえだろ。空さんも言ってたろ? コルカートは個人の持ち味が出やすいって。どっちにしろ、お前の笛もみんな喜んでくれてたってのは間違いねえぞ」
「そうだよ。ブラントゥールの人たちだって、あんなに拍手してくれたじゃない」
「……そうかな。ありがとよ。けど、カイが素直に誉めてくれるって、珍しいな」
「ま、俺もあの曲は好きだったし……久し振りに、いいもん聴けたからな。ってか、俺だって誉める時は誉めてんだろうが。人聞きの悪い言い方すんなアホ猫」
あの曲……月の雫、か。私も、コウが演奏してくれるあれが大好きだった。だからさっきは、懐かしくて、嬉しくて……不安だった。
だけど、飛鳥の演奏が良かったからかな。コウもカイも、さっきは純粋に懐かしんでいたみたい。……いけない、私が後ろ向きに引っ張られちゃだめだ。気持ちを、切り替えないと。
そう考えてると、急にコウがちょっと真面目な顔になった。
「ところでさ、ルナ。いきなりだけど、大丈夫か?」
「え?」
「さっきからあんま元気がねえだろ、お前。西首都で、何かあったのかと思ってさ」
コウの指摘に、私は言葉に詰まる。
「あー、何つーか、言いたくねえなら話さなくてもいいけどよ。お前が元気ねえのって、割と気になんだよ。さっきだって、ガルが心配そうにしてたぜ?」
「ガルが……?」
「あんだけテンパってたくせに、意外と周りは見てやがったんだな」
「うるせえっつーの。……オレらになら、ちょっとは話しやすいだろ? 言っちまったほうが楽なこともあるぜ」
コウの言葉に、カイとレンも頷いた。私、そんなに表面に出やすいのかな。
……みんなが気遣ってくれるのは嬉しい。けど……。少しだけ、躊躇った。だってこれは、みんなのことを。
本当は誰にも話さずに、みんなと一緒にいる中で消化していこうって思ってた。だけど……みんなの優しさに、気が付くと口を開いてた。
「……一つ、聞きたいんだ。人間と獣人って、何が違うの?」
「え?」
みんなが目を丸くした。唐突な質問だって事は、私にも分かってる。
「今、この国は……人間か獣人か、で割れてるよね? じゃあ、その二つって、何が違うの? ……人間と獣人は、違う生き物なの?」
「……そう言われたのかよ? 西柱に」
こういう時、コウは妙に鋭い。私は、無言で頷いた。
「……難しい話だな。生物としちゃ、確かに違いはあるんだけどよ」
「何が違うのか……具体的に聞かれると、な。そんなこと、いつもは意識しないからな」
「うん……だから、私もそう聞かれて、分からなくなった。違いなんてない……そう思っていたけど、それならどうしてこんな状況になっているんだろう、って……」
レイルさんから言われたあの言葉。共存は出来ても、違いがあることは覆らない……それに、私は反論できなかった。あれからずっと考えてたけど、まだ答えが思いつかない。
「みんながどう思うか、だけでいいから……もし良かったら、聞かせてくれるかな……?」
「………………」
その質問に、三人は考え込むように黙ってしまった。やっぱり……聞かないほうが良かったかな。私だって、立場が逆だったらたぶん答えられなかったと思うから。
その空気にいたたまれなくなってきて、私が質問を取り消そうとした時、コウがゆっくりと口を開いた。
「オレは……違う生き物かって言われたら、そうなんじゃねえかな、とは思ってる」
「! ……そう、なのかな。やっぱり……」
「けどさ。この国を見ててオレも思ってたんだけど……それって、そんなに大事かよ?」
「…………?」
三人の視線がコウに集まった。彼は、右手で髪を掻き回しつつ、どこか困ったような顔をしている。
「えっと……種族の違いってのは間違いなくあるだろ。ルナにはオレみたいな尻尾や毛皮、牙はねえ。獣人の中でも、オレにはカイみたいな鱗も翼もなけりゃ、レンみたいな鬣もねえし……けどさ。違うのって、当たり前じゃねえのか?」
「当たり前……?」
「ああ。今は違う種族の話だったけど、考えてみろよ。オレは虎人で、種族が同じ奴は世間に山ほどいる。だけど、その中をいくら探したって、絶対にオレと同じ奴はいねえ」
「!」
同じ人は……絶対にいない。コウは、ここにいるコウだけ……。
「見た目とか、考え方とか、何が得意とか、苦手とか……似てる奴はいるかもしれねえけど、全く同じ奴がいるってのは有り得ねえ。同じ種族だろうと、一人ひとり違うだろ?」
カイとレンも、黙ってコウの話に耳を傾けている。コウ自身は、こういう状況に慣れてないせいか、視線が泳いでるけど。
「けどさ……違うのって悪いのか? 何か違ったらそいつは敵なのか? 違う奴とは、友達になれねえのか? そうじゃねえだろ?」
「……コウ」
「先生が言ってた。種族の違いで線引き出来るのが問題かもしれねえって。種族って分かりやすいもんな。でもさ、みんなそれに気をとられ過ぎてる気がすんだよ」
そこまで語って、少しだけ間を置いてから、コウは苦笑を浮かべた。
「……あー、上手くまとまんなくなってきちまった。とにかく、オレからすりゃ、みんなゴチャゴチャと考えすぎなんだよ。違いがあるのが当たり前で、それでも仲良くできる。だけどケンカすることだってある。そんだけの話だろ?」
「違いがあって、当然……」
「オレ達、ずっと一緒だったろ。その時に、種族なんて関係あったか? オレは、人間じゃなくて、綾瀬 瑠奈って一人のダチなんだからな」
コウの言葉の一つひとつが、心に突き刺さってくるような気分だった。そんな私に、彼はいつも通り明るく笑ってる。
「種族が違ったって、オレ達はずっと親友だし……暁兄はずっとお前の兄貴だ。だろ? あの人と違う生き物だったとしても、何か変わるのか? 変わらねえよ。それだけは、自信持って言える」
「! ……どうして、暁斗のこと」
「オレが何年、お前の親友やってきたと思ってんだっつーの。お前がどこを一番悩んでるかぐらい、少し見りゃ分かるっての」
レイルさんの言葉で、私がずっと悩んでいたのを、コウはあっさり見付けてしまった。そして……本当に簡単に、私に答えを教えてくれる。
「大体、暁兄とお前はホントの兄妹だ。種族の前に、ちゃんと繋がってんだろ? 異種族で血が繋がってる兄弟って、別にお前らだけじゃねえんだぜ。外見が違うってだけで、それを違う生き物だなんて言っちゃいけねえだろ」
「…………」
「暁兄が、その外見の違いで悩んでたってのは知ってるよ。お前にはずっと隠してたみたいだけど……あの人にとっちゃ、大変な悩みなのも分かってる。だけど、その上で言うぜ。悩むのそこじゃねえだろ、ってな」
コウの口調は軽くて、だけど真剣だ。そしてそれは、彼だから言える話でもあるのを私は知ってる。
「もっと言えば、血が繋がってなくても兄弟にはなれるんだぜ。な、レン?」
「……ふふ。ああ、その通りだな。重要なのは、一緒に過ごしてきた時間だ。その繋がりを、偽物なんて言わせないさ」
「あ……」
ルッカ君のこと……レンの彼に対する決意は、私も知ってる。
……私はいったい、何を考えてたんだろう。
この国を見て、レイルさんの言葉に反論できなくて、それを否定するための言葉をずっと探してた。みんなと、暁斗と私が違う生き物だなんて、認めたくなくて。
だけど……コウの言う通り、それは大事じゃなかった。私はみんなの種族と一緒に過ごしてきたわけじゃなかったのに。お兄ちゃんとの繋がりに……種族なんて、違いなんて関係なかったのに。私は、それを忘れてしまってた。
私、一緒だ。差別を当たり前と考えてしまってる、そんな人たちと。この国の争いをどうにかする、なんて言える立場じゃなかった。どうしようもなく、馬鹿だった。
「お前って、本当に何にでも単純だよな」
「うるせえ。悪かったな、バカで!」
「誉めてんだよ。単純に、馬鹿になれるってのは、すげえ事だと思うぜ? 難しく考えたもんが、賢い答えになるとは限らねえってこった」
「……うん、そうだね。本当に、そうだよ」
「やっぱ微妙に煽られてる気がすんだけど……」
申し訳なさと恥ずかしさで一杯だ。みんなの顔を、真っ直ぐに見れないくらいに。そして、それと同時に……。
「……コウ。カイとレンも」
「ん?」
「ごめんなさい……それから、ありがとう」
色々な感情、その全てを一緒にして、私は頭を下げる。
……みんながいてくれて、本当に良かった。みんなと友達だったから、私は頑張れているんだって、そんな当たり前のことを改めて思い出した。
三人は、頭を上げた私に向かって、なにも言わずにいつも通りの笑顔を見せてくれた。そんな彼らなりの気遣いに、私も心からの感謝を込めた笑顔を返す。
「この国のみんなだって、忘れてるだけだ。違いがあっても分かりあえるってな。なら、オレ達が思い出させてやりゃいい。そうだろ、みんな?」
「ああ、そうだな。おれ達が証明みたいなものだ。種族の違いは、乗り越えられるって」
「明日から全力で頑張ろうぜ。そんな当たり前を滅茶苦茶にする、無粋な連中をぶっ飛ばしてやるためにもな」
「うん。……私たちが揃ったら怖いものなんてない、だよね? コウ」
「へへっ、その通り。それに、今はオレ達だけじゃねえ、ガルも先生も、ギルドのみんなもいる。上手くいかないわけがねえぜ!」
さっきまで感じていた不安が、嘘みたいに消えていた。みんな一緒なら何でもやれる、やってみせると、そう思える。
そして、全部が終わった時、できるならレイルさんともう一度話がしたくなった。分かってもらえなかったとしても、私の考えを伝えておきたいから。
「ま、お前はせいぜい頑張って、飛鳥に格好いいとこでもアピールしとけよ」
「ふ、ふぇ!? ま、まま待てよ! ど、どうしてそこで飛鳥が……」
「……ふう。いくらなんでも分かりやすすぎんだろ」
「あはは。そう照れなくても良いじゃない、コウ。私は応援してるよ?」
「お、応援って……う、ううぅ~! しょうがねえだろ! 本気でタイプだったんだから!」
さすがに自分の分かりやすさは自覚してるみたいだ。尻尾をそわそわさせながら恥ずかしがるコウは、本人には失礼なんだろうけど可愛らしい。
「てか、人のこと言う前に、自分の方はどうなんだよ、お前ら!」
「俺か? 俺はまあ、じっくりと落としていくつもりだからよ。毎日一緒だし、時間ならいくらでもあるしな」
「毎日一緒、って事は、やっぱり相手は美久なの?」
「おう。何だ、気付いてたのかよ」
私の質問に、コウとは対照的に泰然と答えるカイ。側ではレンが驚いた様子を見せている。
「意外だな……おれは全く気付かなかったよ」
「まだコウにしか話してなかったからな」
「くそ、ちょっとは焦れっつーの。てか、何でルナは知ってたんだ? 美久から何か聞いてたのかよ?」
「ううん、何も? ただ、私ってこう見えて、そういうのに気付くの得意なんだよね」
『…………………………』
私の言葉に、三人の動きが揃って止まった。全員が何とも言えない微妙な表情を私に向けてくる……あれ?
「……どう思う?」
「……自分が絡まないこと限定、なんだろうよ」
「他人事なら敏感、か……ある意味困った能力だな……」
「自分のことは……進展具合を聞くだけ無駄なんだろうな」
「ちょっと、みんな? 何の話?」
「……何でもねえよ」
呆れたような声でそう言いつつ、カイが立ち上がった。そのまま、部屋の入り口に向かって歩いていく。
「あれ、どっか行くのか? ネット使ったら、今度はマジで尻尾が半分になるぜ?」
「分かってるっての。便所だよ」
「あ、それならおれも」
レンも立ち上がり、カイを追いかける。カイは扉を開けた後、外を見て一瞬だけ目を細めて……その後、何事もなかったかのように、レンを待ってから扉を閉めた。何か変な反応だったけど、外に誰かいたのかな?
「コウはいいの?」
「オレはさっき行ってきたし。さ、そろそろ寝る準備しようぜ。明日も朝は早いんだ」
「うん。……ねえ、コウ」
「何だ?」
「本当に、ありがとう。あなたのおかげで……私、明日も頑張れそう」
「ばっか……改まるんじゃねえっつーの、照れるだろ。助け合ってこその友達、だろ?」
「……うん」
私と一番長く友達として付き合ってくれているのは、コウだ。これからも、彼とはずっと親友でいたい。私は、強くそう願った。




