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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
4章 暁の銃声、心の旋律
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響く笛の音

 その日の夜。

 他の首都のメンバーが到着したため、ブラントゥールで合流することになった。


 今は夕食を取りつつ、情報の整理と今後の話し合いを行っている。本格的な活動を行うのは明日からだ。時間はあまり残されてはいないが、焦っても解決の糸口など見えないだろう。


「そうか。東も西も、色々とあったようだな」


「ああ、本当に色々と焦ったぜ。よりによってどっかのバカが指名されちまうし、その後もどっかのバカが先走って突撃するし」


「おいコラ表に出やがれクソトカゲ」


 うなり声を上げる浩輝の左隣には、狐人の少女が座っている。


「でも……浩輝くんが助けに来てくれて、わたしは嬉しかったから……」


「……そ、そうか?」


「にやけている所を悪いが、先走った事は反省しろよ」


「なっ!? な、何を言ってんすか先生! オレは別ににやけてなんか……あ、違うっす! 違うんすからね空さん!」


「ほう……何がだ?」


 あたふたとする姿は、何と言うべきか……非常に分かりやすいな。彼女は空の娘と言う話だが、空は少し面白そうにその様子を眺めている。


「とにかく、飛鳥にはこれから、お前たちと一緒に活動してもらう。同年代が多いのもある、仲良くしてやってくれ」


「は、はい、こちらからもよろしくっす!」


「コウ、声が裏返ってるぞ……」


「ったく、ガキだねえ。けど飛鳥ちゃん、ホント可愛くなったな~。これからしばらく、よろしく頼むぜっ!」


「ああ、言い忘れていたが、アトラは半径5メートル以内に近寄るな」


「うぉい!?」


「もう、お父さん……。あ、その……皆さん、これからお世話になります。わたしに出来ることがあれば、何でもやらせてください」


 かなり控え目で大人しい子のようだな。空とはだいぶ印象が違う……と言えば失礼だろうが。


「で、西は……やはり、レイルは曲者だったか」


「ええ、思った以上に。全く、どこからうちのギルドの情報まで仕入れたやら」


 ジンでも簡単に行かなかったとなれば、レイルの真意を探るのは、かなり骨が折れる調査になりそうか。


「大丈夫だったか、瑠奈?」


「うん……私は特に何もしてないしね。話を聞いてて……ちょっと疲れはしたけど」


 ……先ほどから、彼女には少し元気が無い。コニィとイリアも疲れたような顔をしている。何かがあったのか……だが、本人たちが語らない以上、聞かないほうが良いと思う。

 落ち込んでいる彼女に何も出来ない事は……少しばかり、歯がゆいがな。何とか、気分転換させられないだろうか。


「あ、そう言えばさ。いきなりだけど、飛鳥って今でもあれを持ち歩いてるの?」


「あれ?」


「うん。昔、よく笛を吹いてたでしょ? あれだよ」


「あ……」


 フィオの質問に、飛鳥は合点がいったように、自身の荷物を探し始める。少し待つと、少女はそこから何かを取り出した。

 それは、フィオの言っていた通り、美しい白銀色の笛だった。長さは40センチ程で、見た目はフルートの系統に近い。


「そう、それだよ。えっと……何て言う名前だっけ。コンポート、みたいな」


「コルカート、だよ。アガルトの伝統楽器なの」


 コルカート……以前、本で見た事がある。実物を見るのは初めてだな。


「飛鳥、せっかくだしちょっと吹いてもらったりできない?」


「え? ……えっと。ここで、大丈夫かな……?」


 周りには、ブラントゥールに務める他の人もいる。それを気にしてか、彼女は周囲にせわしなく目線を泳がせている。


「ダリスは好きに使って良いと言っていたからな。その程度で咎められはせんさ」


「私も、久しぶりに聴いてみたいわ」


「あ、俺も聴きたい!」


「……じゃあ……少しだけ」


 父や周りの言葉に、飛鳥は少し躊躇いがちに、笛をゆっくりと構えた。

 一度だけ、大きく深呼吸をする少女。そして……彼女の表情が、真剣なものに変わった。


 その音色が流れ始めると、皆が……俺達だけでなく、食堂にいた誰もが、他の動きの一切を中断した。

 誰かに強制された訳でもない。ただ単に……全員が聞き入っているのだ。


 これは……透き通るような、美しい音色だな。


 澄みきった音を奏でる笛の上を、少女の指が舞う。まるで笛と一体になっているかのような錯覚を覚えるほど、その指使いは正確だ。

 彼女の紡ぐ曲を、一言で現すと……優しい。穏やかで、包み込んでくれるような……だけど、どこか寂しさも含んでいるような、そんな静かなメロディー。


 陳腐な表現かもしれないが……心に、直接響いてくるようだ。自分の感情までもが、曲と一体になって揺れ動いている気分にすらなる。


 俺はその演奏が終わるまで目を閉じて、ただ流れてくる音色にだけ、全ての感覚を委ねることにした。





 演奏は一分ほどだっただろうか。彼女が笛をテーブルの上に置くと、周囲で演奏を聴いていたブラントゥールの人たちからも、一斉に拍手が巻き起こった。自分が注目を集めていたせいか、飛鳥は少し身を縮める。


「す……すみません。うるさくしちゃって」


「謝る必要は無いでしょ。飛鳥の演奏、みんな喜んでくれてるわよ?」


「そうだね。本当に良い曲だったよ。そうじゃなかったら、みんなあんなに真剣に聴かないって」


 美久とフィオの言う通りだろう。今の演奏は、みんなを満足させるには十分だろう。

 瑠奈の表情も、先ほどより少し明るく見える。さすがに完全に、とはいかないが……気は紛れたようだな。


「ところで飛鳥、今の曲って……」


「えっと……元は『月の雫』って歌なの。わたしが昔から好きな曲なんだけど……」


「……音で心が動くというのは、不思議な体験」


「それが良い音楽と言うものですよ、フィーネ」


「その楽器、コルカートだったかしら? それも良い楽器みたいね」


「うん……」


 コニィに笛を誉められると、飛鳥は嬉しそうに微笑んだ。それだけあれを大切にしているのだろう。


「けど、羨ましいわよね。私もそういう楽器とか使えるようになってみたいわ」


「何言ってやがんだ。ガサツなお前には全く似合わねえだろ」


「何ですってえ!?」


「ケ、ケンカは止めてください……」


「お前たち、ここはギルドじゃないんだぞ。少し大人しくしないか」


「懐かしいね、こういうやり取りも。相変わらず仲が良いんだね、二人とも」


「良くない!」「良くねえよ!」


「……息ピッタリじゃないか」


「あはは。何だか、あたしも戻って来たんだな、って気分かな。いや、みんながこっちに来てるんだけどさ」


 そんな会話の中、ふと気が付くと、フィーネの視線がコルカートに釘付けになったままだった。飛鳥もそれに気付いたらしい。


「良かったら、少し吹いてみますか?」


「……良いの?」


「はい、もちろん。興味を持ってもらえるのは嬉しいですから」


 フィーネの目が少し輝いた……気がする。飛鳥は吹き口の部分だけを軽く布で拭うと、フィーネに手渡す。心なしか彼女も嬉しそうに見える。

 フィーネはゆっくりと笛を口のところに持っていく。そして……。


「…………?」


 数秒の沈黙。フィーネは笛を持ったまま首を傾げている。その様子を見る限り、どうやら、音が鳴らないようだ。


「笛を吹くには、少しコツがいるんです。特にコルカートはちょっとクセがあるから……」


「どうすればいい?」


「自分の口で、音が出るように吹き口を作ってあげればいいんです。こうして……」


 飛鳥がフィーネにレクチャーを行っていき、フィーネはそれに倣って試行錯誤をしていく。……少し待つと、小さな音が聴こえ始めた……本当に小さい、掠れたような音だが。

 種族が違うとまず口の形が違うから、というのもあるだろうが、笛の類いは難易度が高いものも多いからな。


「……難しい」


「音は鳴っていますから、少し練習すればつかめると思います。もし興味があるなら、わたしの出来る範囲で教えていきますけど」


「それならば、空いている時間にでも……お願いしたい」


 フィーネは頷きつつ、飛鳥にコルカートを返す。音楽に強く惹かれているのを見ると、彼女もやはり女性だな。

 飛鳥も、音楽の話になってから、少し元気になっているようだ。それだけ音楽が好きなのだろうな。


 と、その時。少し遠慮がちに、一人の少年が立ち上がった。


「良かったら、オレにも吹かせてくれねえか」


「浩輝くん?」


 飛鳥は吹き口を拭き取りながら、少し意外そうな表情を見せている。意外だと思ったのは、俺も同じだが。


「あ、お前、間接キスでも狙ってやがるんだろ! このマセガキ!」


「……アトラじゃあるまいし」


「万年発情しているあなたと周りを一緒にしないで下さい」


「もしもお前が同じ事を言っていたら、その頭を撃ち抜いていたがな」


「ホント、発想が下品よね」


「仕方ねえだろ美久。だってアトラだし」


「そうだね、アトラだからね」


「テメェら、俺様を何だと思ってやがんだ!?」


 アトラが入れたヤジは、完全に本人に跳ね返ることになった。自業自得というやつだがな。

 一方、浩輝は特に動じることもなく、表情は割と真剣だ。


「ダメかな?」


「ううん、良いよ。はい」


 笛を受け取ると、浩輝はどこか神妙な面持ちでそれを眺めてから、ゆっくりと自分の口に近付けていった。アトラはまだ、色々とわめき散らしていたが。



 浩輝の持つ笛が奏でた軽快な音色に、他の雑音は止まった。



「…………え?」


「…………。なるほど、こうすりゃこうで、それならこっちは……よし。これなら、いけそうだ」


 余程予想外だったのか、呆けた声を出すアトラ。驚いているのは、瑠奈たちと誠司以外のみんなだが。

 浩輝は何度か試すように音を鳴らしてから、何かを心得たように小さく頷いた。そして、コルカートが本格的に一つの曲を奏で始めた。


「ほう……?」


「この曲……」


 それが何かに気付いた者が、順に声を上げていく。1、2分前のことだ、間違えようもない。『月の雫』だ。

 だが、同じメロディーのはずなのに、どこか印象が違う。静かで物寂しい曲なのは確かだが、その中に前向きで明るい雰囲気があるように感じられた。音の一つ一つが、力強い。


 浩輝の指は、まるで使いなれた楽器を使っているように、滑らかに動いている。先ほどの飛鳥と寸分違わず……その様は、普段の彼の印象を覆してしまいそうなほど、見事なものだった。


 俺は気が付くと、その演奏に再び聞き入っていた。曲そのものの美しさを堪能すると共に、飛鳥との違いを感じるべく耳を澄ませる……そうしていると、演奏はあっという間に感じられるほど早く終わってしまった。




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