白き塔の影で
それからしばらく待つと、東西の首都から、三柱会議参加を柱に約束させた、と連絡が入った。
「第一プランは成功、と言ったとこだな」
「ああ。失敗した時の動きも考えてはいたが……これで気兼ねなく、次に向けて動けそうだ」
最低でも一週間の猶予が出来た。もちろん、暴動がいつ起こっても不思議ではないのに変わりはないが。
「で、俺様たちはこれから何をすりゃいいんだ?」
「これまで大鷲がやってきたこととほぼ変わらんな。黒幕についての調査、街中のパトロール……会議が始まる前に、大規模な暴動でも起こってしまえばたまらんからな」
「実際、その兆候は少なからずあります。何とか、感情が爆発する前に対処をしなければなりませんが」
ダリスの悔しさは、想像できた。彼の国に対する思い、しっかりと守らねばならないな。
「それと並行して、俺たちも三柱の護衛に参加する」
「護衛?」
「ああ。三柱会議が開かれることは、報道される予定だ。暴動を抑制する意味でもな」
「会議で三柱がまとまることができれば、完全な解決とまではいかなくとも、沈静化の足掛かりにはなるだろう。故に、この会議は俺たちにとって、絶対に成功させねばならないものであり……」
「……敵にとっては、絶対に失敗させなくてはいけないもの、か」
ウェアに続けて俺がそう言うと、二人のマスターが頷いた。
「だとすれば、連中は妨害を狙ってくるはずだ。それには、柱を狙うのが手っ取り早い」
「だろうね。移動中を襲い掛かったり、暗殺なんかも十分に考えられるかな」
「その襲撃者が異種族だったりすれば、まさに最悪だな。対立は修復不能な状態に陥るだろう」
それを防ぐためにも、三柱の守りは万全にしておく必要がある、か。これは重要な任務だな。
「安心しな、爺さん。あんたの護衛には、ウェアルドが就く。こいつがいれば、一国の軍隊だろうがあんたに傷は付けられないだろうさ」
「おい、あまり誇張するなよ。全力で守らせてはもらうがな」
「僕は全く誇張だと思わないけどね?」
「だな。マスターの相手する軍隊のが気の毒だぜ」
「お前たちなあ。軍隊相手など、体力が尽きるに決まっているだろう。その上、もう全盛期より力は落ちているんだ」
「その落ちた力に、手も足も出せずに負けてしまったんだがな?」
「ガルまで持ち上げるなよ……全く」
ウェアは軽く咳払いをすると、ダリスに向き直った。
「そういう話で、俺が微力ながらあなたの護衛をさせていただきます。ギルドの威信にかけても、あなたを護り抜くと誓いましょう」
「はい。お手を煩わせてはしまいますが……どうか、よろしくお願いします」
そう言って、深々と頭を下げるダリス。彼は本当に、権力者としては腰が低い。だからこそ、親しみやすい人柄とも言える。
「空君には前もって言ってありましたが、これから一週間、皆さんにはこのブラントゥールの客室をお貸しします。拠点として、ご自由にお使い下さい」
「……って、この塔に寝泊まりするってことかよ?」
「緊急時にもすぐ動けるし、連携も取りやすいだろう? しかも宿泊費はタダで、設備は好きに使っていいって破格の待遇だぞ」
「そこまでしてもらって大丈夫なのかい?」
「これだけ協力していただいているのです。この程度のバックアップは当然ですよ」
「……寝てる時に地震とか来ねえよな……?」
この建物の高さ故か、アトラは若干気が引けているようだ。とは言え、これは確かに有難い。
「ふふ、耐震性などは万全ですので心配しなくても大丈夫ですよ。もちろん、不自由がありましたら、お気軽に申し出ていただいて構いません」
穏やかな口調でそう語ってから、ダリスは少しだけ視線を落とした。
「……あなた方には、大きな負担をかけてしまう事になるでしょう。私の力では、徐々に人々の感情を抑えられなくなってきましたから。特に……人間の方、には」
「…………」
ダリスは獣人だ。それだけで反発するには十分な者もいるのだろう。
「私も、持てる力を全て尽くすつもりです。皆さん、改めてあなた方ギルドに依頼をさせて頂きます。どうか……アガルトを守るため、力を貸して下さい」
昨日、空に頼まれた時と同じだ。その答えを、話し合う必要などなかった。俺も……無駄な争いを起こさない為にも、自分のできる全力を尽くそう。
「………………」
ガルフレア達がブラントゥールに入っていった後、その塔を見上げる二つの人影があった。
「まさか、この件にあの人たちが絡んでくるとはね。本当に、縁とは不思議なものです」
「どうするのですか? 彼らを」
「接触する必要は無いでしょう、今のところは。彼らに動いてもらった方が、僕たちもやりやすいですからね」
「やはりあなたも、連中の行動には反対ですか」
「当然でしょう? 民間に犠牲を出すのは、一番避けたいことです。だからこうして、最悪の事態が起こらぬように監視しているわけです」
「……名目上の任務は、彼らの支援ですがね」
「だから実験の邪魔は一応していませんし、工作には手を貸してあげているんですよ。それ以上は、知りません」
二人組のうち、小柄な方の人物が、そう言って溜め息をつく。もう一人の男は、険しい表情で塔を見上げたままだった。
「それに、反対しているのは僕たちだけではないと思いますよ? アルガードさんも乗り気ではないはずです」
「彼も組織の指示である以上、逆らえないのでしょう。反発する事は……裏切りと見なされかねないですから」
「そうですね。そうなると、彼の周りの存在も危うくなります」
そう答えてから、小柄な人物は、もう一人の青年を見やった。
「そんなに許せませんか? あの人の裏切りが」
「……あなたは許せるのですか? 金剛様」
「許す許さないと言うより、理解はしているつもりです。あの人は優しくて犠牲を望まない、そういう人ですから。誰にも言わず、共に離反する者を集わなかったのも、発覚を危惧したのではなく、部下の一人すら巻き込みたくなかったのでしょう」
「……巻き込みたくなかった、か」
青年は、小柄な犬人の言葉を反芻している。その表情は、未だ険しいままだ。
「納得する必要はありません。彼が反逆者なのは事実です。ただ、今はまだ、彼に手を出す時期じゃないというだけですよ」
「はい……分かっています」
「……それと。何度も言っていることですが、もう様付けは止めて下さい。あと、今は普通に街中ですから、名前で呼んでください。その呼び名はさすがに不自然ですよ?」
「あ……も、申し訳ありません。ルッカ……さん。まだ、以前の癖が抜けていなくて」
「敬語もいらないんですけどね……僕のが年下ですし。今のあなたは、僕と対等な立場なんですよ?」
「いえ、俺は新参ですから。普通に話すなどと、その……恐れ多いです」
少し縮まってしまった同僚の姿に、ルッカは苦笑する。少年も周りに敬語を使ってはいるが、彼の場合はその口調が癖のようなものなので仕方がない。
「それに、俺は所詮、あの人の穴埋めに選ばれただけの存在です。今の地位は、俺には過ぎたものだと自覚していますから」
「あなたは少し自分を過小評価しすぎな面もあると思いますがね。穴埋めと言っても、それに相応しくないのならば選ばれませんよ。そういうところは、ガルフレアさんに似たんですかね?」
「………………」
「……すみません、失言でしたね。でも、無理にあの人と比較する必要は無いと思いますよ。ガルフレアさんに劣っていたら駄目だと言うなら、僕も危ういですし。あなたがあまり後ろ向きだと、下に不安が広がるってことも忘れないで下さい。それはあなたもよく知っているでしょう?」
「……はい。すみません、ルッカさん」
ルッカもまた、目の前にそびえる建物に視線を移す。その中にいる、かつて自分が憧れていた存在について考えながら。
「ところで、あなたの配下から、新たな報告はありますか?」
「いえ……昨日のギルドについての報告からは、これといった情報は入っていません」
「そうですか。アルガードさんはともかく、他が僕たちを出し抜かないとも限りません。引き続き、勝手な行動を取らせないように気を付けておきましょう」
「ギルドの介入で、どのような影響が出るか。警戒を強める必要がありそうですね」
「ええ。では、そろそろ行きましょうか。ガルフレアさんやその仲間と鉢合わせする訳にもいきませんからね」
「はい」
会話を終え、二人はブラントゥールに背を向けて歩き始める。その途中、ルッカは一瞬だけ立ち止まると、少しだけ思考を巡らせた。
(綾瀬さん達も……そして当然、君も来ているんだろうね、蓮。出来れば……僕たちが顔を合わせるような事態にならないことを祈っているよ)
最後にもう一つだけ溜め息を漏らし、少年は青年と共に人混みの中に消えていった。