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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
4章 暁の銃声、心の旋律
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太陽を見失った月

「質問はこの辺りでしょう。そろそろ、本題に入らせてもらいます。あなたには、少なくとも二つ頼まねばならないことがありますからね」


「頼み、ですか。一つは、このひと月に起こった事件の資料提供、辺りですかね?」


「ええ。人間と獣人の対立についても、それ以外についても。可能な限りの開示をお願いします」


「フフ、構いませんよ。今朝方に纏めておきましたから、帰り際にお渡ししましょう」


 私たちが来る前から準備していたみたいだね、手際が良い。


「あと一つは、シューラさんとの話し合いのテーブルにつけ、と言ったところでしょうか?」


「ええ、その通りです。私たちの立ち合いで、三柱会議を開こうとしています」


「ほう、三柱会議を! いやあ、ダリスさんから召集が来た時は、暴動の対処や東首都とのいざこざで、誘いに応じられなかったので……貴重なチャンスを逃したと思っていたんです」


「その様子ですと、受け入れてくれると考えていいのでしょうか?」


「ええ、もちろん。ギルドのサポートがあるならば、シューラさんともまともな会話が出来そうですからね」


 トントン拍子で話が進んでいく。でも、何なんだろう。この、あらかじめ用意されていた会話を聞くみたいな感覚は。


「日程などは、前もって決めさせていただきました。もしも東首都のシューラ東柱が受け入れてくれなければ、白紙に戻ってしまう話ではありますが」


「フフ、それは大丈夫だと思いますよ? シューラさんは意外と素直な人ですからね」


「そうですか。では、細かい話になりますが……」


 ジンさんが、マスター達から預かっていた資料をレイルさんに渡す。本題があっさりと決まっちゃったから、段取りの話に入っていく。

 私は微妙な違和感を拭いきれないまま、他の三人の様子を伺う。


「あの人はいったい、何を考えているんだろう」


「あたしにも、良く分からない。自分の国が狙われてるのに……何だか、真剣味が無い気がするよ」


「私も、イリアさんと同じように感じます。もう被害が出ているのに、まるで分かっていて放置しているようです」


「……だけど、あの人は何かを見ている気がする」


「見ている?」


「ええ。でも、私には内容までは分からない。兄さんは何かに感づいたみたいだけど」


 小さな声で、そんな事を話し合ってみる。みんな同じような印象だったらしく、今の私たちには彼の行動はよく分からない。フィーネが言ったことは、ちょっと気になるけど。

 ただ、ずっと後ろで話しているのも失礼だろうし、本人に聞こえるのも良くないだろう。ある程度の意見をまとめた後は、ジンさんが話し終わるのを待つことにした。


 しばらく経ってから、レイルさんが小さく頷き、二人が離れる。終わったみたいだね。


「では、打ち合わせもこの辺りで良さそうですね。他には何か?」


「いえ、今回はこれで終わりで良いでしょう。レイルさん、お時間を割いていただき、ありがとうございました」


「フフ、いえいえ。非常に有意義な時間でしたよ。おかげで、ギルドのことがもっと好きになれそうです」


 レイルさんは笑顔を浮かべているけど……やっぱり、この人の笑顔は、少し怖い。


「ですが、そうですね。せっかくですので、少し僕からもお話をさせてもらいましょう」


「え?」


 小さく笑いつつ、レイルさんは私たちを一度見渡す。


「皆さんは先程、僕が獣人を嫌いだと言った時、不快感を露わにしましたね?」


「! ……いえ、そんなことは」


「責めているわけではありませんよ。皆さん、ギルドはもちろん、それ以外にも獣人の知り合いがいるでしょう。その人たちを悪く言われれば、腹が立つのは当然です。……ですが」


 一度言葉を切ってから、レイルさんは続ける。


「その一方で、獣人と人間……その違いだけで、今回のように争いも起きる」


「…………!」


「面白い話だと思いませんか? この国でも、つい先日まではどの種族も良き隣人だった。あなた達と同じく、誰しも異種族の友人がいたはずです。それが今や、互いを敵としか認識していない者も多い」


 レイルさんは、笑顔を絶やさぬままに、そんな事を語ってくる。


「これは果たして、黒幕の工作だけが原因なのでしょうか? それとも……誰もが内心では、元からそういう考えを持っていたのでしょうか?」


「……何が、言いたいんですか」


「もしかしたら……遅かれ早かれ、今回のような事態が起こるのは必然だったのかもしれない。そう思う、という話ですよ」


 必然……? 互いが互いを認められないこの状況が?


「あなたはこの事態が、起こるべくして起こったって言うんですか?」


「僕個人の考えとしては、結局のところ、人間と獣人は違う生き物です。共存することができたとしてもね」


「…………!!」


「人間か、獣人か、種族でしか他者を見れない。対等な存在として扱いながら、心の奥底では違うものとして見ている。その現実が、今の有り様ではないですか?」


 人間と獣人は……違う生き物。




(人間だったなら、もう少し楽だったんだろうな。俺は鏡を見るたびに、自分は人間じゃないんだって、違う生き物なんだって……そう実感するしかなかった。自分の血の繋がりが中途半端なんだって……意識しないといけなかった!)




 暁斗の言葉が、頭の中に浮かんでくる。あの日、初めて向き合うことになった、兄の心の暗い部分。


 お兄ちゃんと私が……違う生き物。そんなの、認めたくない。でもそのことが、彼をずっと苦しめてきた。そして、レイルさんの言ったように、ここでもそのせいで争いが起こっている。


「フフ。少し意地悪を言い過ぎましたか。ですが、そういう側面があるかもしれない、という事は考えておくべきです。争いの原因は()()()()()()()()()()()、同じことが起こるでしょうからね」


 私は、頭を上げることもできなかった。違う生き物って言葉が、頭から離れない。みんな、本当はそう思っているんだとしたら。私の中にも、そういう部分があるんだとしたら。私は……。


「意地悪のお詫びに、助言もしておきます。灯台下暗し、物事の答えは、意外と身近なところに転がっているものです。当事者では近すぎて気付かないような場所に、ね」


「…………」


「外から来たあなた達には、僕たちには見えない何かを見つけられるかもしれない。この国を治める者として、期待していますよ、皆さん」



















 レイルさんとの話し合いを終え、西柱宮を出た私たち。外に出るなり、数人の溜め息が重なった。


「目的は果たした。けれど、分からないことは多い」


「むしろ、余計に分からなくなったかもしれないわね……」


「……あの人はいったい、何を考えているんだろう。あたしには、良く分からない」


 何と言うか、精神的にかなり疲れた。私は話を聞いていただけかもしれないけど……特に最後の話は、私の中に何か重たいものとして残ってる。


「人間と獣人は、違う生き物……」


「大丈夫、瑠奈ちゃん?」


「あ……うん、心配しないで。ありがとう、イリアさん」


「……あまり深く考えないほうがいいよ。少なくともあたしは、そんなことないって思いたい。……そうじゃないと、あたしも」


「……イリアさん?」


「ともかく、これで私たちの第一目標はクリアです。後は他チームの成功を祈るばかりですね」


 場の空気の重さを振り払うように、ジンさんがいつものように飄々とした声でそう言った。


「兄さんは、あの人の考えていることを理解したの?」


「分かってはいませんよ。私は人の心を読めるわけではありませんからね。ただ、いくつかの仮説は立ったというだけです」


「仮説……?」


「今はまだ、説明はしません。仮説は仮説ですからね」


 説明されると先入観が生まれる……と、ジンさんは続けた。確かに、自分より賢い相手から説明されたら、それが正解だって結論が先に来ちゃうことはある気がする。


「もちろん、秘密主義で対処が遅れては本末転倒ですから、ほぼ確実となれば話しますよ。それまでの間は、各々が感じたままに考えるべきでしょう」


「……はい」


「では、この街で待機しているギルドの方々と合流しましょう。レイル氏から受け取った資料から、情報の整理をしなければいけませんからね」


 歩き始めたジンさんについて、街中を改めて見ながら進んでいく。みんなの口数が少ないのは、きっと気のせいじゃないと思う。


「青い石のアクセサリーを身に着けた人が、大勢いるみたい」


「どうやらここ最近、若者を中心に流行っているらしいですよ。何でも、身に着けていると運気を呼び込むと言われているそうです」


「ええ。あたしも色々な街を視察していますが、ここだけじゃなく、他の場所でもかなり広まっています。売られ始めたのは2ヶ月ほど前で、流行りだしたのはひと月前程……今の状況が状況だし、運勢が気になる人も多いんでしょうね」


「便乗している、と考えれば複雑ですけど……商売のやり方としては上手いのかもしれませんね」


 みんなのそんな会話を聞きながらも、私にはあまりそれを考える余裕がなかった。それよりも、自分の中で強くなっていく思いが、溢れそうで。



 みんなに、逢いたい。



 コウに、カイに、レン。昔からの友達。種族の違いなんか気にしたこともなかったみんな。

 ウェアさんやアトラ、美久にフィオ君。ギルドに入ってから、本当によくしてくれているみんな。私たちをずっと指導してくれている上村先生。

 ガルフレア。私をずっと支えてくれて、いつも助けてくれて……いつでも隣にいてくれる人。


 みんなと早く会って、この気持ちを忘れてしまいたい。

 私とみんなは、違う存在? 人間か獣人か、その違いはそんなに大きいの? いつも一緒にいても……血が繋がっていても?



「……暁斗……」


 誰にも聞かれはしなかったみたいだけど、思わず口に出てしまった。

 昨日、ガルに話して、ちょっとは落ち着いたはずだった。だけど、今は昨日よりもっと……。


 生まれてからずっと、私の側にいてくれた人。私たちを待ってくれるはずだった人。……ある日突然、行方知れずになってしまった人。

 どうしてお兄ちゃんは、いなくなってしまったんだろう。自分についてゆっくり考える……そう言ってたのに。


 もしかしたら……私たちがバストールに旅立った時、暁斗もこんな気持ちだったんだろうか。……もし、このまま一生、逢えなかったら……?


「どこに……どこにいるの……? 逢いたいよ……」


 あなたがいないと、私は駄目なの。お兄ちゃん……あなたの声を、聞きたい……。






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