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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
4章 暁の銃声、心の旋律
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策士レイル

 柱宮の中で働く人は、やっぱり全員が人間だった。本当は獣人もいるらしいけど、この状態では出勤なんて無理だから、みんな休んでるらしい。

 それは他の仕事も同じで、どこでも悪影響が出てる。それを嘆く人間の数も決して少なくない……って、歩きながら説明してくれたのは、私たちをレイルさんの部屋に案内してくれた人だ。

 うっすら緑がかった短い黒髪に、色黒な肌の男の人。すごく落ち着いた雰囲気で、訓練されたボディーガードって印象そのものだ。


 私たちは、案内された部屋の中に入っていく。中は広く、奥は展望室のように硝子張りになっていて、街中を一望できる。


 そして、一人の男性が、机に腰掛けていた。


 その人は、私たちの姿を見て、ゆっくりと立ち上がる。

 さらりとした黒髪に、スマートな長身。濃紺色のスーツを着込んでいる。肌は色白で、目つきは写真で見るよりも鋭く思えた。年はジンさんと同じくらいかな。雰囲気からして、いかにもエリートって感じがする。


「ご苦労でした、ネロ。下がりなさい」


「……は」


 その人の指示を受け、案内してくれた男性は部屋から出て行った。扉が閉まるのを見届けてから、目の前の人物は口を開いた。


「……やあやあ、皆さん、よくぞいらっしゃいました! 心待ちにしていたところでしたよ」


(…………え?)


 すました表情を一転させ、その人は柔和な笑みを浮かべていた。……な、何だか予想外の反応だね。


「名乗る必要もないのでしょうが、形式ということでご挨拶を。僕はレイル・ヴァレン。この西首都で、柱の任に就かせてもらっている者です」


「ギルド〈大鷲〉よりマスター代理として派遣された、ジン・バルティスと申します。本日はよろしくお願いします、ヴァレン西柱」


 さすがと言うか、ジンさんは全く動じずに丁寧な挨拶を返す。私達は名乗る必要はなさそうだけど、合わせて頭だけは下げておく。

 それにしても……意外にも歓迎ムードだ。聞いた話だと、てっきりもっと冷たい対応をされると思ってたんだけど。


「いやあ、そちらから話を持ちかけられた時は、本当に感激しましたよ。実は僕、ギルドと言う組織のファンでしてね。いつも応援しているんですよ」


「おや、光栄なお言葉です。ありがとうございます、ヴァレン西柱。今は大変な時だと思いますが、こうして出迎えていただき感謝しています」


「いえいえ、僕が望んでお招きしたのですから。それと、そこまで畏まらなくて結構ですよ、僕もまだ若輩ですので、気軽にレイルとでも呼んで下さい」


「承知しました。では失礼ながら、レイルさんと呼ばせていただきます」


 ……やっぱり、イメージとのギャップが激しい。今のところ、嫌味が無く、話の分かる人って感じだ。促されるままに会議のテーブルに座った私たちに、レイルさんは自分でお茶を用意してくれた。

 でも……ギルドや街中で聞いた話が本当だとしたら、この人のやったことの結果が今の街だ。こういう時のジンさんからのアドバイスは「先入観を持たず、全ての情報を客観的に捉えること」だけど。


「では、早速ですが、本題に入らせてもらおうと思います。構いませんか?」


「ええ、勿論です。何でも、今回の騒動には裏があるとの推理でしたね?」


「はい。ひとまず、私たちの現状での考察ですが――」


 そこからジンさんは、昨日ギルドで話し合った内容について、レイルさんに説明を始めた。レイルさんは節目節目で、感心したような相槌を打っていく。

 一通りの説明が終わってから、レイルさんは考え込むように顎に手を添えた。


「なるほど……それは実に興味深い考察ですね。その通りだとすれば、実にゆゆしき事態だ」


「まだ確実ではありませんから、そうだと思い込むのも危険ですがね。これから情報を集めていくつもりです」


「しかし、現時点ではとても有力な説と言えるでしょう。いやはや、さすがはギルドです」


 こちらの話は、どうやらすんなり受け入れて貰えたようだ。……何だか芝居がかって聞こえるとこもあるけど。


「しかし、困ったものです。どうやら、僕についての情報や噂も、色々と利用されているみたいですね」


「あなたの気苦労も相当なものでしょうね。それで、今回は整理のために、噂についてあなたの口から確認させてもらいたいと思っています。いくつかは失礼な質問になるかもしれませんが」


「フフ、それが当然の話でしょうね。良いですよ、遠慮せずに何でも質問していただいて結構です」


 ジンさんの言葉にも、レイルさんは笑みを崩さない。ジンさんもいつも通りの笑顔だけど……何だか二人とも、本気で笑っていないように見える。お互いに、出方をうかがってるみたいで……。


「では、最初に。あなたが獣人嫌いだと言う噂を利用されているのは、先ほど話した通りです。その真偽を教えてもらえますか?」


「ええ、嫌いですよ」


「…………!」


 それは、隠すつもりなど微塵もない、って言いたげな即答だった。レイルさんは、あくまでも涼しげな表情を浮かべている。


「非常に私的な事情ですが、過去に色々とありましてね。それ以来、ずっと嫌いです」


「色々とは?」


「申し訳ありませんが、それはプライベートな話なので。フフ、どうして驚いているんです? 噂は知っていたんでしょう?」


 こちらの反応を楽しむように、レイルさんは笑う。その目つきの鋭さを、初めて怖く感じた。


「ああ、誤解しないでいただきたいが、能力のある方は獣人であろうと個人的に好きですよ。ダリスさんやシューラさん、〈大鷲〉のマスターの空さん。そして……あなた達〈赤牙〉のマスター、ウェアルドさんなどもね」


「…………!」


 どうしてウェアさんの名前を? ジンさんは、()()()()()()()()()のに。


「フフ、驚かせてしまいましたか? 先ほど言った通り、僕はギルドの大ファンでしてね。昨日、とある国からギルドがやって来たと聞いて、調べさせてもらったんですよ」


 調べさせてもらった、って……別に受けた依頼の情報なんて、どこかに公表している訳じゃないはずなのに。


「なるほど、先手を打たれたようですね」


「はて、どういう意味でしょう?」


 私たちのことが知られてる、それ自体が困るわけじゃない。けど……彼の能力を見せ付けられて、心理的な主導権を握られた。

 若くして柱となったエリートにして、切れ者。その評価の意味が、やっと分かった気がする。


「どうやら、あなたへの認識は甘かったようですね。その年齢にしてその地位、納得できました」


「誉め言葉と受け取っておきましょうか。では、次はどのような質問ですか?」


「そうですね……真創教を広めたのは、あなたですか?」


「じ、ジンさん!?」


「フフ、そう慌てなくても良いですよ。どのような質問でも結構だと、僕が言ったんですからね」


 あまりにもストレートな質問に、だけどレイルさんは特に驚いた様子も、気を悪くした様子もない。


「しかし、僕のほうもあなたの認識を改める必要がありますね、ジンさん。もう少し慎重な方だと踏んでいましたが」


「あなたはどうやら、腹の探り合いをしても無意味なタイプのようですからね。単刀直入にいかせてもらいます」


「無礼であると言いがかりをつけ、この会談を終わらせようとするかもしれませんよ?」


「それは無いでしょう。あなたは、私たちの話に興味を持っている。それを聞かずに追い返して、メリットは無いはずですよ」


「……フフ。どうやら、あなたと僕は話が合いそうだ」


「はは、同感ですよ」


 二人は顔を見合わせ、楽しそうに笑う。……何だろう。私には、この人たちのやり取りに入り込むのは、一生かかっても無理だと思う。


「ああ失礼、質問に答えましょうか。結論から言えば、ノーですよ」


 レイルさんは、まずはそう断言した。と言っても、それだけで納得するわけにもいかないし、レイルさんもそれは分かってるみたいだ。


「さっきジンさんが言ったのと同じ話ですよ。真創教が広まろうと、僕には何のメリットも無いでしょう? 考え付きもしませんでした」


「だけれど、あなたは獣人が嫌いと言った。嫌いな種族を排除できる……そうあなたが考えたと思うのは、自然なこと」


 そう投げかけたのは、フィーネだった。口調はいつもと全く変わらなくて、緊張も無ければ敬意も無い。レイルさんは、変わらず楽しそうな表情を浮かべてるけど。


「どうやら、少し誤解をしているようだ。僕は獣人が嫌いですが、件の宗教の教義のように、獣人が人間より劣っているとは考えていません。むしろ、身体能力は多くの場合で人間に勝りますからね。この西首都でも、彼らの能力は重要です」


 あんな宗教は本当に馬鹿らしい、とまでレイルさんは言った。


「そもそも、僕が獣人を嫌うのは、個人的な感情ですから。僕が嫌うから獣人は皆が死ね、と言うほど傲慢ではないつもりですよ、僕は」


「なるほど。それがあなたの考え方、ですか」


 私にも、何となく分かった。この人は……あくまでも自分を個人として見てる。自分の感情を、周りに当てはめようとはしてないんだ。


「無論、柱の立場にいる以上、僕の思想が影響を与えやすいのは理解していますよ。だからこそ、今回の黒幕も僕の噂を利用したのでしょうが……僕の言葉を信じる信じないは、そちらの好きにしてもらって構いませんよ」


「今の話は信じますよ。あなたが利用されていると言うのは、元々のこちら側の見解とも一致しますからね」


「フフ、それは良かった」


 レイルさんは柔和に笑う。その笑顔のどこまでが本物か、私には分からないけど。


「ですが、あなたが広めたでないにせよ、今のこの街で真創教が広まっているのは事実です。そして、あなたがそれを殆ど取り締まっていないことも」


 それは、私たちの最大の疑問で、多分、この会談でも特に大事な内容の一つだった。

 今までの話で、私にも分かった。この人は、本当に頭が良い。それに、真創教の危なさも分かってる。そんな人が……どうしてこんな状況を放置してるんだろう。


「あなたが真創教を好ましくないと考えるならば、その理由をお聞かせ願えますか?」


「さあ、どうしてでしょうね?」


「!」


 それは場違いなほどに軽い、からかうような口調だった。

 空気が変わった、というのが分かる。さっきまでは、本当のことを話してくれてたように感じていたけど……急に、言葉から真剣さが無くなった気がする。


「いやあ、僕としても困ってはいるんですよ? 度重なる暴行事件による治安悪化、獣人の不在による各分野の人手不足。僕への心象も悪くなる一方でしょうからね」


「……そ、それならどうして」


「信仰の自由は認められていますからね。それがどんなに馬鹿げた内容でも、人々が信じてしまう以上はしょうがないでしょう?」


「そんなことを言っている場合なんですか!? これだけの状況になっているのに!」


 我慢できなくなったように、イリアさんが声を荒げる。


「あたしはこの1ヶ月、どこの街でも、多くの衝突を見てきました! みんな、不安でいっぱいになっているんですよ? 今さら信仰の自由なんて言葉で、片付けられるはずがないんです!」


「そう言われましても、信仰は個人の心にあるものでしょう? 心を操れるわけでもないのに、どうやって取り締まれば良いやら……」


「そんなの詭弁です! 表面的に禁じるだけだったとしても、今よりは抑えられていたはずでしょう!? 今なにもしないことの理由になっていません!!」


 ……私たちはまだ一部しか見てない。けど、どうにかしたいってイリアさんの気持ちは、痛いほど伝わってきた。


「随分と嫌われてしまっているようだ。まるで、僕が全ての元凶のようですね?」


「……そうは言っていません。でも、あなたにはできることがあるはずです。それをやらないのは……正直、あたしには納得いきません」


「フフ。僕なりに、真剣に取り組んでいるつもりなんですがねえ?」


「……出過ぎたことを言って、申し訳ありませんでした。でも……知っておいて下さい。あたしの意見が総意などと言うつもりはありませんが、そう感じている者もいることを」


「ええ。貴重な意見、ありがとうございました」


 レイルさんはわざとらしく頭を下げる。皮肉……ってわけじゃないみたいだけど。


「やれやれ……どうやらこれについては、これ以上話しても意味が無さそうですね」


「期待に応えられなかったようで申し訳ないですね?」


「いえ、そうでもありませんよ。()()()()()()()()()()()()()()()


 ジンさんの言葉に、レイルさんはちょっと目を細めた。……理解できた? ジンさんは今の話に、何を見たんだろう。

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