届かない想い
そんなこんなで昼休み。私は職員室に向かう前に、保健室で休んでるレンの様子を見ておくことにした。
「大丈夫? レン」
「何とかな。次の授業には戻ろうかなって思ってる。悪い、みんなに心配かけたみたいで」
レンは笑顔を見せながら答える。ある程度は回復してるみたいだけど、まだ少し辛いのを無理してるように見える。あれだけフラフラだったんだから、仕方ないだろうけど。
「もう、どうして倒れるまで無理したの? あなたの力がすごく体力使うの、自分が一番知ってるでしょ?」
「ごめん。もし大会であいつと当たったらって思うと、負けたくなくてさ。気負いすぎたみたいだ」
「そういう負けず嫌いなとこは、やっぱりレンも男の子だよね」
「やっぱりって何だよ……いいだろ? 男として、強くありたいと思ったってさ」
「それはそうだけど、それで倒れちゃ意味ないでしょ? 限界になる前に止めるのだって、大事な技術だよ」
「う……そうだな、返す言葉もない」
レンはきまり悪そうにたてがみを弄っている。恥ずかしがってる時の癖だ。
「……なあ、ルナ。せっかくだし、聞きたいことがあるんだけど」
「どうしたの?」
「ルナって、どうして大会に出ようと思ったんだ?」
「え?」
「いや、女子で大会への参加を目指すやつって、あんまりいないだろ? だから、ちょっと気になってはいたんだ」
大会に出る理由、か。確かに、ちゃんと話した事は無かったかもしれないね。
「そうだね。力試しと、証明かな」
「証明?」
「うん。ほら、暁斗とかけっこう私のこと心配してくるでしょ? だから、どこまで強くなれたかを周りに見せたいし……私も確かめてみたいって感じかな」
私は強くなりたい。武術だけじゃなく、心も。自分の力で、何とでも戦えるくらいに。
何かがあった時、誰かに頼りっきりは嫌だ。女だからって理由で、周りに甘え続けるようにはなりたくない。
私は、ひとりでも大丈夫なくらいに強くなろうって、あの時に決めたんだから。
「ルナ、どうした?」
「……え? ああ、ごめん。少し、考え事しちゃってさ」
いけないいけない。これは、今考える話じゃないよね。
「ところで、そういうレンの理由は?」
「おれか? おれは……お前と同じかな。自分の力を知り、上を目指すためだ。大会は良い機会になるって、兄貴も言ってたしな」
「へえ。そう言えば修さんって、大会で優勝した事があるんだっけ?」
「ああ。兄貴はああ見えて、うんと小さな時から親父に武術を習ってたからな。おれはまだまだ負けてばかりだよ」
槍術の達人であるレンのお父さんは、武術は健全な青少年を育てるって考えで、自分の道場を開いてる。道場はレンの家のすぐ近くにあって、レンと、彼のお兄さんである修さんも、当然のようにその道場に通ってる。
「レンだってそうじゃないの?」
「いや、おれは……小さい頃は、あまり道場に行ってなかったんだ」
「え、そうだったの?」
「ああ、話したことなかったっけ。体を動かすのはそこそこ好きだったし、たまに気晴らしに行ってはいたけど、本格的に習ってた訳じゃなかった。親父も強制するような人じゃないからな」
「そうなんだ。何か、意外だね。昔から真剣にやってるイメージがあったから」
「はは。ちょうど、お前と知り合って少し経ったぐらいから、真面目にやり始めたからな」
私と知り合った頃と言えば、小学校四年生の時だね。私達が転校してきて、彼と知り合った時。ちょっと懐かしいな。
「どうして真面目に習おうって思い始めたの?」
「単純に、もっと強くなりたいって思い始めたんだ。何かあった時、誰かを護れるようになりたかったからな」
「ふうん。でも、何かそう思うきっかけはあったんじゃないの?」
「…………ま、まあ、一応な」
何だか微妙に口ごもったレン。私、何かおかしなこと言ったかな?
「うーん。誰かを護りたいって思ったって事は、初恋の人でも出来たとか?」
「!!!」
適当にそう言ってみると、レンは尻尾を逆立てて目を見開いた。……どうやら、当たりだったみたい。
「……レンって、けっこう純情だよね」
「いいい、いや、べ、別に、そんなことはだな……!?」
あたふたと、分かりやすいほどに慌てるレン。悪いと思いながらも、私はその姿に軽く吹き出してしまった。
「そこまで焦らなくてもいいじゃない。私は素敵な理由だと思うよ」
「………………」
レンは気持ちを落ち着けるためか、軽く咳払いしてる。もし彼に毛皮が無ければ、顔が真っ赤なのは間違いない。
……よく考えたら、みんなの恋愛事情について聞くことは滅多にないよね。ごめん、レン。何だか野次馬心が止まらなくなってきた。
「今でも好きだったりするの、その子?」
「……まあ、な」
少しだけ時間を置いて、レンは観念したように頷いた。右手はせわしなくたてがみをいじってる。
「と言っても、おれはそいつに好きだと言ってないんだけどな」
「そうなの?」
「どうしても言えなくてさ。向こうは全く気付いてないみたいだからな。多分、おれの事はただの友達と考えてると思う」
意外と素直に答えてくれるのは、半ばヤケになってるからだろうか。ただ、それなら私の意見も言っておこうかな。
「うーん……私はそういう経験があまり無いから何とも言えないけど、けっこうな長さ黙ってるってことだよね。思い切って言ったほうが良いんじゃないの?」
「簡単に言えたら苦労はしないさ。もし駄目だったら、友達としての関係もギクシャクしちゃうだろ?」
おれは臆病なんだよ、とレンは困ったように笑う。
「それに、おれは正直、友達のままでも良いかなって思ってもいるんだ。そいつが本当に好きになった人と一緒になったほうが良いんじゃないかってな。その誰かにおれがなりたいとは思うけどさ」
「でも、何も言わなくてもしその子が誰かを好きになったりしたら、後悔するんじゃないかな?」
「そうかもしれないな。だけど、おれは本気であいつが好きだ。好きな奴には、できるだけ幸せになってほしいから、さ」
本当に純愛だね。レンに好かれた人が羨ましい。私もこのぐらい誰かに好きになってほしい、なんてね。
「ごめん、私がお節介を言うことじゃないね。……あ、そろそろ行かないと。お父さんにガルのこととか聞かないといけないからさ」
「ああ、そうだったな。後でおれにも聞かせてくれよ?」
「うん、しっかり聞き出しておくから。じゃあ、レン。また後でね」
私はレンに手を振ると、保健室を後にした。
「この、鈍感」
蓮の呟きが、瑠奈に届く事は無かった。