西首都の現状
西首都ファルマー。
この街で盛んなのは商業・交易で、三首都の中でいちばん急速に発展してるみたい。それも、レイルさんの政策のおかげなんだって。
多文化の良い所を積極的に取り入れていく方針で、色んな国の企業なども進出してきているそうだ。
「今更ですが、私以外は見事に女性ばかりですねえ」
ジンさんがそんなことを口走る。
今のこの街に来れるのは、人間だけ。だから、こちらに来たチームは、私、ジンさん、コニィ、フィーネ、そしてイリアさんだ。
「赤牙の男性は獣人ばかりですからね……」
「今ごろアトラ君が悔しがっているんじゃないですか?」
「ふむ。では、この際ハーレム気分を楽しんで、後でアトラに自慢気に語ってみましょうか」
「……兄さん?」
「無論、冗談です。そんな事をすれば、ガルフレアに真っ二つにされそうですからね」
「え、どうしてガルに?」
ガルはそういうことに誠実だし、羨ましがったり妬んだりはしないと思うんだけどな……と思ったんだけど、私の言葉には呆れ気味な視線が返ってきた。
「やれやれ、彼も本当に大変ですねえ。渾身の贈り物も、まるで効果が無いようだ」
「?」
贈り物って、このイヤリングの事かな? すごく気に入ってるし、効果が無いってどういうことだろ。
「まあいいでしょう。今はそれよりも、目の前の事態に、真摯に取り組みましょうか」
「今の話題を持ち出したのは兄さん」
「張り詰めすぎても問題ですからね。過度の緊張は判断を鈍らせるものですよ」
そう言うジンさんには、緊張している様子なんてこれっぽっちも見えない。私もどこか安心できているのは、その余裕の見える態度のおかげだと思う。
「さて。街中は、ひとまずの平穏を保ってはいるようですが」
「そうですね。でも……やっぱり、どこか空気が重いです」
「東の宣戦布告のせいでしょうか。それに……」
この違和感は、多分みんなも感じているはずだ。分かってはいたけど、こうして目の当たりにすると、やっぱり奇妙な感覚だ。
「獣人の姿が、全くない」
「これが、最近のこの街の風景です。外に出れば、身の安全は全く保障されませんからね……」
「東よりも状況は深刻だと聞きましたが」
「向こうはまだ人間も生活は可能らしいですが、こちらでは真っ当に暮らすのも難しい状態です。だからこそ、ほとんどの人が逃げ出しているんですけど」
「じゃあ、逃げれない人は……?」
「……穏健派の人間もいますから、そういう人たちの助けで何とか、と言った状態ですね。ですが、長引けばどうなるか……」
実際に見てみると、本当に深刻なんだってことを実感する。
まだ死者が出る事件は起こってないらしい。けど、そこら中に爆弾がばらまかれているようなものだ、とジンさんは言っていた。一カ所で火がつけば……連鎖爆発は止められないって。
「全ての人間が敵対感情を持っているわけでは無い、と言うのが幸いですかね」
「やはり、今の状況を疑問に思っている人も多いです。ですが、徐々に排斥の勢いが強くなっているのも確かで……真創教の布教も進んでいますからね」
「どうして、今まで仲良くやってたのに、急にそんな怪しげな宗教を信じられるんだろう……」
ガルが言っていたように、最初は工作だったのかもしれない。だけど、あの危険な宗教が、今は本当に広まってしまったらしい。
正直、私にはわからない。元から険悪だったとかならまだ理解できるけど……そこまで簡単に、昨日までの関係を切り捨てちゃうなんて。それも、本人に関係ない理由で。
「心から宗教に染まった人はごく僅かのはずです。獣人への反感をぶつける名目があれば、それで良いのでしょう。ですが……確かにあなたの言う通りです、瑠奈。私もそれが気になっていたのですよ」
「え?」
「急、と言うことです。事態の推移が、あまりにもね」
ジンさんは、そう言いながら、眼鏡をかけ直している。
「いくら扇動があったとは言え、こうも急速に事態が悪化するのは、妙であると言えます。そこまで簡単に人心を制御できるのか、とね。デマに引っかかる層というのは確かにどこにでもいますが、多くの場合は少数派ですから」
「……でも、現に事態は悪い方向に進行していますよね?」
「ええ。ですから私は、まだ情報を得られていない何かがあるのではないかと考えています。事態を悪化させる重要な要因がね」
事態を悪化させる何か……まだ正体の掴めていない、別の要因……?
「もっとも、あくまでも私の勘ですが。情報の出揃う前に考察を進めすぎるのは危険でもありますからね」
そう言って、ジンさんは前を向いた。そこには、周りと比較して一際目立つ、とても立派な建物があった。
その外観を、分かりやすく説明するのは難しい。と言うのも、街中と同じく、様々な文化の様式が混じり合っているみたいだからだ。
だけど、そこにはゴチャゴチャしていると言った印象はなく、何と言うか……『絶妙なバランス』だ。飾り気が無い訳でもなく、飾りすぎて下品な訳でもなく、自然な形で多文化を融合させてる。
「あれが……西柱宮」
「ええ、間違いありません。では、行きましょうか。この国を狙う黒幕の思惑を挫く、その第一歩のためにね」
そうだ。今のこの国は、本当の姿じゃない。それを元に戻すために、私たちはここに来た。
解決のため、私にできることは少ないのかもしれない。それでも……せめて、自分にやれることを考えるぐらいはしないとね。