飛鳥と虎
話を聞くと、飛鳥は、合流予定のオレ達を探してあの辺りに来ていたらしい。そこで、あの騒動に巻き込まれたみたいだ。
「でも、驚きました。こんな形で合流するなんて思っていませんでしたから……」
「あはは。ま、その点では、あの無鉄砲に感謝よね」
「誰が無鉄砲だっつーの! あの状況で助けに行かねえなんて、男じゃねえっての! な?」
「……お前、何か肩に力が入ってないか?」
あの荒くれ共を引き渡してから、オレ達は飛鳥を先頭に街中を進んでいた。
目的地は、潜入メンバーの活動拠点。そこには、彼女の母親……つまり空さんの嫁さんもいるらしい。
「でも、あの大人しい飛鳥が、ギルドに入ってるなんてね。聞いてはいたけど、実際に見ると、やっぱりちょっと驚くわ」
「やっぱり似合わない、でしょうか?」
「ああ、ごめん。そういう意味じゃないのよ。ただ、昔は想像もしてなかったからさ」
「……お父さんやお母さんの力になりたくて。でも、まだ駄目ですよね。さっきだって、本当はわたし一人で何とかしないといけなかったのに」
「もう、あんたが気にすることじゃないでしょ? 勝手に割り込んだのは私たちなんだしさ。つまり、悪いのはそこのお節介虎男よ」
「オレのせいかよ!?」
顔見知りの美久とならだいぶ話しやすいらしいけど、やっぱり気が弱いとこはあるっぽい。あの父親や叔父さんのイメージとは真逆だよな……。
「それに、君はあの子たちを庇ったんだろ? 大人の男たちを相手に。それは十分に凄いことだと思うよ、おれは」
「ああ、だよな。ったく、よってたかって小さな子によ。誰も助けに入らねえってのが余計に腹立つぜ」
「みんな、本当は良い人たちなんです。でも、ひと月前から、色々なものが変わって……みんな、いつもどこか怒ってるみたいにピリピリしてて……」
「やはり、現状はかなり厳しいか」
「……はい。さっきみたいな事も、何度も起こっています」
そう言って、飛鳥は俯いてしまった。この子はきっと、普段のこの街が、この国が好きだったんだろうな。
「大丈夫。オレ達がきっと、いや、絶対にこの事態を解決してやるからよ! だから、元気出してくれよ。な?」
「……うん。ありがとう、浩輝くん」
本当に許せねえな。こんな良い子に悲しい表情をさせるなんて……元凶を見付けたら、絶対にぶん殴ってやる!
……ところで、どうして他の奴らは、悪いもんでも食ったような顔でオレのほうを見てくるんだっつーの。
「着きました。ここです」
飛鳥が足を止める。目の前にあるのは……二階建ての一軒家。
「潜入場所って聞いてたけど、フツーの家なんだな」
「うん……ガンツさんの実家を借りているの」
あの鼠のオッサンか。ま、そりゃ普通の家のほうが街に溶け込めるか。
中に入っても、飾り気の無いごく普通の家だ。オレ達も、奥に進む彼女の後を着いていった。
奥の部屋には、一人の女性がいた。飛鳥にそっくりな狐人の女性。つっても、似てるのは外見だけで、腕を組んでこちらを見てくる目つきはいかにも女傑って感じだ。
「飛鳥、戻ってきたね。それに、客人もちゃんと連れてきたみたいじゃないか」
「うん。ただいま、お母さん」
女性は立ち上がり、オレ達を見回す。何つーか、雰囲気が微妙にシューラに似てる。別に高圧的ではねえけどな。
「ほとんどの顔とははじめましてだね、赤牙の皆さん。あたしは神藤 リン。大鷲のマスター補佐をやらせてもらっているよ」
「は、はい。よろしくっす!」
ああ、何か緊張すんな。空さんと言いこの人と言い、ツワモノ夫婦だぜ。どうやったらこの二人から控えめな飛鳥が生まれたんだろ。いや、逆にこの二人が親だから、なのかな。
「美久ちゃんも久しぶりだね。あらあら、随分と女らしくなっちゃって」
「あは、リンおばさんも元気そうね。良かった」
「ふふん、あたしはいつも元気だよ。……ま、つもる話はあるけど、それは後かな」
リンさんは柔和な笑みを浮かべると、オレ達に座って楽にするよう言ってくれた。ずっと立ちっぱなしで多少は疲れてたし、その言葉に甘えて床に座り込む。
「さて、早速で悪いんだけど、シューラのとこに行ったんだろ。状況を聞かせてもらって構わないかい?」
「じゃあ、すぐに攻めるのは踏みとどまらせたんだね」
「ええ。シューラさんも、思ったよりすんなり受け入れてくれたわ」
その事実を聞いたリンさんは、安堵の表情を浮かべた。飛鳥もほっとしている様子だ。
「良くやってくれたよ、みんな。あの子はどうにも、思い込んだら止まらないからね、昔から」
「貴女は、シューラの姉だったか」
「ええ、まあね。今回の件、あたしもあの子を何度か説得したんだけど……どうにも逆効果でさ」
「どうしてですか? 身内が話したほうが聞き入れてくれそうなものですけど」
「実は……今回の件で叔父さんが怒ってるのは、お母さんが襲われたから、でもあるの」
「……何ですって?」
飛鳥が呟いた情報に、リンさんはふう、と息を吐いた。
「ちょうど、新創教うんたらの噂が流れ始めた頃に、西首都でね。ま、有象無象如き返り討ちにしてやったさ。不意打ちだったから、さすがに無傷とはいかなかったけどね」
「だ、大丈夫なんすか?」
「ああ、傷はもう治ってるよ。そこまでヤワじゃないつもりなんでね……けど、シューラはその事にまだ憤ってるみたいでさ。あたしが何を言おうと、『姉貴を襲うような宗教は許せない!』の一点張り。……全く、あの子は」
「それはまた……随分と、慕われてるのね、おばさん」
「早くに両親を亡くしたせいか、どこか姉離れできてないらしくてね。あたしの責任でもあるんだけどさ」
「……何て言うか。どっかの狼を思い出すぜ」
カイが少し呆れ気味にぼやく。あの強面で、筋金入りのシスコンと来たか……。
そりゃ、シューラの気持ちが分かんないわけじゃねえけど。オレだって、慧兄や友達が同じ事されたらキレるし、相手をぶん殴ってやりたくなるだろう。
「あたしと話せば、あたしが襲われた話を思い出しちゃうんだろうね。昔から沸点が低い子だし、一度火が付いたら後は話にならなくてさ。空も何度か行ったけど、どうしてもあたしの話が絡んできちゃうってさ」
「空が自分でこちらに来ようとしなかったのは、そのせいでもあるのか」
「まあ、あの子も柱だ。あたしの件だけで西首都に喧嘩をふっかけた訳じゃなく、あの子なりに考えた結果ではあるだろうさ」
それは、直接話して感じたな。だからこそ、先生の話を聞いてくれたんだろう。
「叔父さんが納得してくれたなら、後は、レイルさんが話を聞いてくれれば、とりあえず内乱は避けられるんですね」
「まあ、そういう事よね。けど、レイルって男は、なかなか厄介だって話じゃない?」
「厄介なのは間違いないね。彼はかなりの切れ者だ。実物は噂以上だと思っていいよ」
「あなたはもしかして、レイルと会ったことがあるのか?」
「ええ。襲われたって言ったよね? その時に、事情聴取で話をしたのさ。空も同席してね。だからこそ、あたしも空も腑に落ちないんだけど」
「……腑に落ちない?」
「レイルは賢い。直接話して、それをよく感じた。自分の言動がどんな事態を招くか、彼が理解していないとは思えないのさ。なら、今の行動にどんな意味があるのかな、ってさ」
今の行動っつったら……オレ達の聞いた限りじゃ、真創教を取り締まらずにほっといて、東首都の勧告を受け入れなくて、いろいろ悪い方向に行くようなことばっかしてるって感じだ。正直、かなりイヤな印象しかない。
「レイルに何かのメリットがあるとしたら、それは何なのか。自分の国が荒らされ、自分の噂が利用されることを、彼が快く思っているとは考え辛いしね」
「確かに……気になりますね」
「レイルは獣人嫌いって聞きましたけど、それはどうなんですか?」
「別に。表立って言動を変えたりはしないみたいだからね。ジンと一緒で、本音と建て前を使い分けられるタイプだよ、あれは。切れ者っぷりならどっこいじゃないかい?」
ジンさんと同レベルの言い合いってか……オレ、こっちのグループで良かったぜ。そこに割り込める人がいるとすりゃ、慎吾おじさんぐらいしか思いつかねえ。
「レイルが何を望み、事態を放置しているのか……か。ジンがそれに気付くことができれば、かなり話が進むんだが」
「どうだろうね。ま、あたし達は自分の担当に全力を尽くすしかないけどさ」
確かに、ここで向こうばっか心配してもしょうがねえか。……もう片付いてる頃だろうか、向こうも。何かありゃ先生に連絡があるはずだし、上手くやってると思いたい。
とりあえず、第一段階は終わった。けど、これからもっと大変になっていきそうだな……。