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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
4章 暁の銃声、心の旋律
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狐人の少女

「はああ……」


 犬人を見送った後、オレは盛大に息を吐いた。オレ以外のみんなも、思い思いにリラックスしている。


「私はほとんど喋ってないけど、凄く疲れたわ……」


「同感だな……一時はどうなるかと思った」


「だな。コウが指名された時は、本気で終わったと思っちまったぜ……」


「お、オレだって死ぬほど緊張したっての……って、てめえそれどういう意味だっつーのゴラァ!!」


 自覚はしてても、他人に言われるとやっぱりムカつく。殴りかかろうとしたが、今回は先生に目で制止された……こんちくしょう。


「ともかく、第一目標は達成だ。後は、西の連中が上手くやってくれると祈るしかないな」


「オレ達は、これから何をすりゃいいんすか?」


「必要な資料を向こうが纏めるまで、午前中と同じくこの街の視察。並びに、潜伏調査を行っている他ギルドメンバーとの合流だ」


「そう言えば、大鷲のメンバーも各地に潜入しているんでしたね」


「ああ。会談が終わり次第に、ミューズ通りと呼ばれる場所で合流することになっている。街を見ながら、そこに向かうぞ」


「はい、了解!」


 美久が元気よく返事すると共に、オレ達は歩きはじめる。


「けど、シューラさんも思ってたよりちゃんと話を聞いてくれたな」


「だな。てか、義兄弟とかいう情報は、先に教えてくれって感じだよな」


「あは……空さんって、そういう人なのよね。必要ないと思ったことは、全く喋らないの」


「ま、確かに直接の関係は無かったんだけどよ。こっちからしたら心臓に悪いっつーの」


 シューラは思ってたよりも友好的だった。西首都のレイルって野郎もそうなら良いけど……それならこんな状況にはなってねえか。


「ただ、西首都にはマジでキレてたな。その話になった途端、あんな感じだったし」


「ああ。それに、あの側近の人もだ。あんな気さくな人でも、西への嫌悪感は本物だった」


「黒幕がいるってのはちゃんと話したのにな……」


「頭で分かっていても、感情とはなかなかコントロールできないものだ。実際に被害があり、西首都が曖昧な反応を見せている以上、尚更にな」


 せめてレイルがまともな対応してりゃな……こういうややこしい話は嫌いだぜ。

 オレは改めて辺りを見回してみる。今は近くに人間がいねえからか、比較的のんびりとした雰囲気だ。もちろん多少はピリピリしてるけど。


「人間が誰もいなけりゃ普段通り、ってか。……人間だって、みんなが何かしたわけじゃねえのによ」


 怒る気持ちは分かる。けど、怒る相手をみんな間違えてる気がして、それはずっとモヤモヤしてる。

 オレで言えば、全く関係ない人間に酷い目に遭わされたからルナを嫌う、ってのと一緒だろ? どうして本人に関係ねえのに、そいつを憎まなきゃいけねえんだ。


「種族の違いは、大きな括りを作れてしまう。極論だが、UDBに身内を殺された者が、全てのUDBを憎むのと、似たようなものだろう」


「……イヤな話っすね」


「そう、嫌な話だ。そして多くの場合、本人は無意識にやっているものだ。本来は違うものをまとめて、同じように扱う……オレ達も、気をつけねばならないものだな」


 先生の言う通り、何かまとめて考えるってのは、オレ達もどっかでやってるんだろう。けど、まとめて敵にするなんてのは、やっちまわねえようにしねえとな。括りなんて言ってたら、獣人なんて分けようと思えばいくらでも分けられるし。

 とにかく、一大事になる前にオレ達が何とかしねえと……。


「…………?」


 気が付くと、ちょっと周りがざわついてきたような気がする。なんだか、良くない空気だ。


「なあ、美久。何か見えるか?」


「分かんない……けど、人だかりができてるわね」


「って事は、何かトラブルか?」


 トラブルの心当たりなんかありすぎるぐらいだ。それこそ、血の気の多い奴が、たまたま目についた人間に絡んだりとか……って、それなら急がねえとヤバくねえか?


「オレ、ちょっと様子を見て来ます!」


「って、おい、コウ!」


 言うが早いか、オレは一気に走り出した。こういう時は、考えてる時間が勿体ねえ!


「ちっ、あの馬鹿……!」


「どうせトラブルなら放置できない。オレ達も行くぞ」


「はい!」


 先生たちも、後ろから追いかけてくる。後で説教を食らいそうだけど、今はそれを気にしてる場合じゃねえからな。


 少し進んだ辺りから、人が多くて進みづらくなってきた。それを掻き分けて進むと、少しずつ声が聞こえ始める。


「お、お願いです。見逃してあげて下さい」


「ふざけんな。邪魔だからとっととどきやがれ!」


 最初の声は、女の子のもの。続いて、男のやかましい声。

 何とか人の壁をくぐり抜けると、その構図がはっきりと見えてきた。


 片方は、オレらと歳も近そうな狐人の女の子。その後ろに、中学生程度の人間の子供がいる。もう片方は、いかにも荒くれって感じの犬人、蜥蜴人、鮫人の三人だ。


「ただ、急いでぶつかっただけでしょう? 子供のやった事ですし……」


「ああ? ガキでもそいつは人間だろうが! 人間なんか放置すりゃ、ロクな事になりゃしねえんだ」


「そうだぜ。俺の知り合いなんか、西首都で14のガキに刺されそうになったんだぞ!」


 ……状況の把握は簡単だった。「人間だし仕方ないか……」「でも、さすがにまだ子供だぞ?」なんて会話が周りから聞こえてくる。

 予想以上にヤバい現状にだいぶ頭が痛えが、今やるべきなのははっきりしてる。


「お前、なんで人間を庇う? 獣人を裏切るつもりか、ああ?」


「裏切るなんて、そんなこと……皆さん、落ち着いてください! こんな事で怒るなんて、どうかしていますよ!」


「黙れ! 邪魔すんなら、てめえも……」


「てめえも、どうすんだ?」


 割り込んで響くオレの声。あ、何かカッコいいかもこの状況……って、んなこと考えてる場合じゃねえっつーの、オレの馬鹿。


「……何だ、このガキ」


「あんたらこそ何だ? 大の大人がよってたかって女の子と子供をとか、恥ずかしくねえのかっつーの」


「ああ? ケンカ売ってんのか、この野郎!」


「どっちかってと、ケンカ止めに来たほうなんだけどよ。今なら未遂だし見逃してもいいぜ?」


 念のため降伏勧誘。つっても、逆効果だろうけどな。オレ自身、かなりムカッ腹立ってるし。


「なるほど、分かったぜ。てめえも半殺しがお望みだってな」


「わりぃけどそんな趣味はねえな。お前らも、ボコボコにされたくねえなら、とっとと消えやがれっての」


 挑発すると、奴らは全員オレに向き直った。ここまでは計算通り。小声で今のうちに逃げろって伝えると、狐人の女の子は頷いて、他の子と一緒にその場を離れた。子供を守るのが一番って分かってくれたみたいだ。


「良い度胸だ。後悔しやがれ、このクソガキが!!」


 最初に襲いかかってきたのは、蜥蜴人。体格の良さからも、腕っ節の強さは予想がつく。

 けど……オレだって伊達に、カイとのケンカを重ねてねえんだよ。


「ギルド規約第四条……」


 最初のパンチを難なく避けると、相手は少し驚いたみたいだけど、そのまま連続で殴りかかってきた。


「お……っと。民間人の安全が、不当な理由にて脅かされた場合……」


 キレて大振りの攻撃なんて、PSを使うまでもねえ。こちとら、この数ヶ月で本物の戦いだってやってたんだ。エルリアにいた時より強くなってるって、自信を持って言える。

 オレは相手の攻撃を避けながら、先生から叩き込まれたギルド員の心得……実はうろ覚えだけどな、を言いつつ、右脚に力を込める。


「ギルドに属する者は、各自の判断にて介入を行う事ができる、ってな!」


 カウンター気味に放った回し蹴りが、蜥蜴人の顎を直撃する。おし、気持ち良いぐらいキレイに入ったぜ。

 相手はよろよろと2、3歩後ろに下がる。仲間に支えられたから倒れはしなかったけど、ダメージは大きいようで、足元はふらついている。


「おい、大丈夫か!? ちっ、このガキ、ギルドのやつか!」


「こ、この野郎……よくも……殺してやらあ!」


 けど、こっからさすがに想像を超えた。男たちは、何を血迷ったか、それぞれが武器を構え始めたんだ。ギャラリーから小さな悲鳴が聞こえる。


「ちっ、街の中で武器なんか出すなっつーの……!」


 さすがに分が悪い。オレも銃剣を使うべきか、一瞬だけ迷ったけど……すぐに、その必要が無いことに気付く。


「おらあああぁっ!!」


 そんな掛け声と共に突っ込んでくる赤い何か。男たちがそれに気付いた時にはもう遅い。ターゲットの鮫人は、その強烈なタックルをモロに受け、思い切り地面を転がっていった。


「な!?」


「遅い!」


「うおぉ!?」


 逆サイドから現れた獅子人が、混乱する蜥蜴人のポールアームを、槍で薙ぎ払う。蜥蜴人の武器は柄の部分を残し、見事にへし折れてしまった。そのまま、茫然とする相手を無力化する。


「無茶しすぎだ、コウ」


「ったく、先走るんじゃねえよ!」


「へへ、わりぃ」


「くそ、てめえ! 仲間……が……」


 そして、残された犬人が突撃しようとした時にはもう……そいつの首筋に、短剣が添えられていた。


「動かないことね。自殺願望があるなら止めないけど」


 美久の声音は冷たい。オレまで毛が逆立ちそうだ。


「私、あんたみたいなの嫌いなのよね。抵抗されたら……手元が狂っちゃうかもしれないわよ?」


「………………」


 男は文字通りに尻尾を丸めながら、自分の武器を手放した。……本気じゃねえだろうけど、怒ってるのはマジっぽいな。


「次、両手を背中側に回して」


 犬人は完全に抵抗する気を無くしたようだ。みんな、それぞれが倒した相手の腕を縛り付けてく。

 ギルドが捕まえた犯罪者たちは、大抵はそのまま国の治安組織に差し出される。武器まで出して暴れたんだ、せいぜい頭を冷やしやがれ。


「あ、あの……」


「ん?」


 気が付くと、オレの後ろに、助けた女の子たちと、それを連れた先生が来ていた。


「彼女たちが、お前に礼を言いたいそうだ」


 子供たちを庇っていた狐人の女の子は、綺麗な金色の毛並みで、深い藍色の髪はショートでまとめてある。体つきは小柄なほうだろう。大きめな水色の瞳が可愛らしい。



 ……や、やべえ。

 さっきはよく見る余裕なんてなかったけど……めっちゃ可愛いじゃねえか、この子。


「その……ありがとうございました。あなたが来てくれたおかげで、とても助かりました」


「ありがとう……」


「い、いや、大したことしてないって! 捕まえたのは他のみんなだしな!」


 控え目で大人しい感じも可愛い……どうしよう、ぶっちゃけストライクだ。何か、いまさら緊張してきたっての……。


「もちろん、他の皆さんにも感謝しています。わたし一人だと、こう簡単に止められなかったと思いますから。でも、最初に飛び込んできてくれたあなたに、まずはお礼を言いたくて」


「い、いやあ、そんな……」


 ……ん? 一人じゃ()()()()止められなかった? 何か微妙に引っかかる、って言うか、何かこの子の外見に見覚えがあるような……。


「あら? あなた……」


 と、後ろから美久の声が聞こえる。捕らえた犬人に縄をかけ、それを引っ張る彼女……Sだな。


「やっぱりそうだ。あなた、飛鳥じゃない!」


「はい……久しぶりです、美久さん」


「……え? 美久、この子と知り合いなのか?」


 予想外の流れにそう聞くと、美久は何とも言えない難しい顔をした。そして、オレの質問に答えるより先に、飛鳥と呼ばれた女の子と会話を続ける。


「なるほど、話には聞いてたけど。じゃ、あなたがこの街の担当ってこと?」


「はい。お母さんも一緒ですけどね」


「ち、ちょっと待てよ! どういうことだっつーの?」


 カイとレンも集まってくる。そんな中、女の子は全員に向かって頭を下げた。


「……皆さん、改めてありがとうございました。わたし、神藤(しんどう) 飛鳥(あすか)と言います」



 ……()()



(空さんの奥さん、狐人――)



(あんた達と同い年の子供も――)




 ……い、いや、そんな話が、まさか……と思いつつ、オレはシューラと彼女の毛色が同じ事に気付いてしまった。


「では、君はまさか、空の……?」


「はい……娘です。皆さんは、赤牙のメンバーの方々、ですよね?」



 世間は狭い。オレはこの時、それをはっきりと思い知った……。





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