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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
4章 暁の銃声、心の旋律
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深まる対立

「だいたい予測はついているかも知れんが、レイルには、真創教を信仰しているという噂があった」


 空からなぜ質問されたかを考えれば自明ではあったが、やはりか。


「もちろん、あくまで噂の域を出ない、何の信憑性もない話だ。だから、今まではそれが大きな問題になることもなかった。だが……」


 空はとても面白くない、とでも言いたげな表情で言葉を続ける。


「結果だけを先に言おう。ここ最近、真創教が、西首都の一般市民に広まり始めた」


「え……!」


 一般市民に、だと? あの異端の宗教が?


「具体的にいつから、どうして広まり始めたか、起点は分からん。が、それが発覚した時には、すでに多数の信者が現れていた」


「それって……でも、西首都にだって獣人はいるでしょう? まさか……」


「察しの通りだ。今のファルマーでは……獣人を迫害する動きが強まってきている」


「何だって……!」


「それが表面化を始めたのは、先月のことです。すでに、暴行事件なども起こっています」


 空の説明に、イリアが補足を加えていく。彼女の表情も、とても苦々しい。


「結果として、獣人の大半が、別の街に避難を始めている。しかし、そうできない住民は、未だに取り残されている状態だ」


「そんな……」


「もちろん、あたし達も何とか対策を練っていますが……この国では、ギルドの力はさして強くありませんから。状況は悪化する一方です」


「その事について、政府はどうしているんだ。さすがに放置はできないだろう?」


 誠司がそう投げかけると、空は首を横に振った。


「レイルは、真創教が広まったことと自分の関係を否定しているし、一応、暴動を起こした者の処罰は行っている。だが、宗教が広まる事そのものには、何の対処も行われていない」


「何だよそりゃ。暴力沙汰まで起きてんのに、適当すぎんだろうが!」


「さらに言えば、レイルの噂が宗教の拡散を後押ししているのは間違いない。トップの後ろ盾があるんだ……と、事実はともかく勢いづかせてはいる」


 アトラの言う通り、その男が関わっているかは別としても、対応としては甘いと言わざるを得ない。宗教が絡めば厄介なのは分かっていたが。


「そして……問題なのは、ここから先なんです」


「まだ、何かが?」


「西首都の有り様に、他の街では獣人たちが激怒し、今度はそちらで人間への暴行事件が起こり始めたんだ」


「は……!?」


 ……ようやく、事態の全容が見えてきた。想像以上に厄介なものが。


「西首都での獣人に対する暴行事件が報道された後、東首都で人間が襲われる事件が多数起こっている。犯人はいずれも獣人だ」


「報復、ってことですか……」


「ああ。無論、一部の血の気の多い奴らが引き起こした事ではあるが……結果として、西首都では、いや、人間の間では、反獣人感情は強まった」


「それで、真創教に感化される人も増えてきているんです。そして、増えた信者が獣人を迫害し、獣人側の反人間感情も強まる……そんな悪循環が生まれてしまっています」


「ちっ。どいつもこいつも……馬鹿じゃねえのか!」


 海翔が悪態をつく。だが、彼の苛立ちももっともだ。


「中央と東の、柱の対応はどうなっているのです?」


「ダリスは全力でこの事態を終息させようと動いている。だが、事態があまりに早く広まったこともあり、中央の民を宥めるので精一杯なようだ。それもそろそろ限界かもしれんが」


「それだけ対立が深まってきている、と?」


「そうだ。そして東のシューラは……全ての原因は西首都にあるとして、即刻真創教を禁じることを求めている」


 シューラもまた獣人だ。自分たちを迫害するようなものを、許しておけるはずもないだろう。


「だが、レイルの対応は先に話した通り。真創教の勢いが衰えることは無かった。そして、痺れを切らしたシューラは、先日に声明を出した。これ以上混乱を広めるつもりならば、我らは武力をもってでも、この異教を排除する、とな」


「……事実上の、西首都に対する宣戦布告……か」


「シューラの下には、その声明に共感した者が集まりつつある。このままでは、西と東……いや、人間と獣人の内戦になるのは時間の問題だろう」


「くそ、何だってんだよ! 東の奴らの気持ちが分かんねえわけじゃねえ。でも、そんな事になっちまったら、取り返しがつかなくなるだけじゃねえか!」


「……落ち着け、橘。ここで声を荒げても、事態が好転する訳じゃない」


 浩輝を宥める誠司も、苦虫を噛み締めているような表情だ。しかし、これは……確かにまずい。その宣言が実行されてしまえば、もう取り返しはつかない。


「首都から離れた街はまだそこまでの影響がありませんが、一番煽りを受けているのは中央首都です。何しろ、対立する二つの街に挟まれていますから……」


「……ダリスって人の苦労も、相当なもんでしょうね」


 内戦になれば、間違いなく大勢の人が死ぬ。何としても、それは阻止しなければならない。


 だが……。


「済まない。ひとつだけ、割り込ませてくれ」


 今、この国に起こっていること。その過程と結果に注目するなら、そこまでおかしな話ではない。しかし、最も重要な点が、今の話からは抜け落ちている。


「初めに真創教が広まった西首都……ならば、そこに真創教を広めたのは、誰だ?」


 一同の視線が、俺に集まる。


「それは……レイルって男じゃないのか?」


「そう考えるのが普通かもしれない。だが、真創教が広まったとして、レイルに何のメリットがある?」


「え?」


「自分の考えに賛同する者を増やすため、にしてはリスクが大きすぎると思わないか? 国際的に規制されるような宗教を広めたとなれば、猛反発が来ることは分かっているはずだからな」


「……バレなきゃ良いって思ったんじゃねえのか?」


「いや。話を聞く限り、レイルと言う男は無能では無いのだろう? 自身についての噂も把握しているはずだ。真っ先に自分が疑われることぐらい、予測できるだろう」


 もしも考えなしに自分の思想を広めようとするような奴ならば、とっくの昔に問題が浮上していてもおかしくない。

 そう。()()()がぼんやりとしすぎているんだ、今の話は。どんな物事であろうと、それが起きるためには何らかの火種があるはずだ。


「そもそも、だ。真創教は、どうして広まった? あのような異端宗教をいきなり勧められて、そう簡単に信じる者が、そんなに大勢いると思うか?」


「でも、事実として、暴行事件は起こったわけですよね?」


「そうだ。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 本当に事態は、先の話と同じ順番で進行したと言えるのか?」


「ほう?」


 空がどこか楽しそうな声を出す。どうやら、彼やイリアも同じことを考えていたようだ。周りを見る限り、何人かは思い当たっているらしい。


「西首都で真創教が広まっているという噂。そして、実際に起こった獣人への暴行事件。これを聞けば、普通は何らかの関係があると考えるだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そういう誤解が生まれてしまう」


「……えっと。本当は真創教が広まっていなくても、信者が暴走しているように見える……ってことか?」


「そうだ。それに対して、当然ながら獣人側は反感を抱く。その感情を一押ししてやる事件を起こせば、短気な奴らは感化されるかもしれないな」


「ま……まさか、そういう事かよ! けど、そうだとすりゃ……!」


「……え、どういう事だ?」


 さらに何人かにも、俺の言わんとすることが伝わったようだ。と、今まで黙っていたウェアが口を開く。


「この状況は、何者かが意図的に作り出したもの。そう思うということだな、ガル?」


「ああ、恐らくはな」


「意図的……って、おい、それ!」


 その補足で、皆が俺の言っていることを把握したようだ。


「なかなか面白い推理をするな、お前は」


「大衆に紛れ、情報を操作し、人々の感情を思いのままに動かす……古典的だが、有効な戦術ではあるからな。あなた達もそう考えていたんじゃないのか、空?」


「くく。ああ、その通りだ」


 そもそも、先の話だけを総括すると、ギルドの依頼という範疇に収まる話ではないのだ。いかにウェアや誠司がいると言っても、国の争いに介入するのは無理がある。

 だが、調()()ならば、俺たちの専門分野だ。


「そいつが言った通り、今回の事件の裏側には、何者かの意図が隠されていると考えている」


「だからあたし達は、首都のほうに何度か潜入して、情報を探っていたんです。残念ながら、現状の成果は上がっていません」


「でも、何者かって言っても……国を混乱させて、誰が得をするって言うのさ」


「……漁夫の利」


「え?」


「内乱の混乱に乗じれば、攻めやすい」


 フィーネが呟いた内容に、皆が青ざめた。だが、俺もそれと同じ意見だ。


「現時点で考えられる線では、それが一番濃厚だろう。そうすれば、不可解な部分も繋がるからな」


「外国が、この国を弱らせようと……それじゃあ、戦争に……?」


「もしも黒幕の思い通りになれば、戦うこともできずに攻め落とされてしまいそうだがな」


 空は気だるげに――だが、決して投げやりではない態度でそう言い放つと、一同を見渡した。


「前置きが長くなってしまったが、改めて赤牙に依頼しよう。この国を陥れようとする連中をあぶり出し、このふざけた混乱を鎮める。その手伝いをしてくれないか」




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