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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
4章 暁の銃声、心の旋律
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大鷲と空

 ギルドの中にいた人々が、一斉に俺たちの方を向く。大鷲のメンバーだろう。人間に、鼠に……奥には、さらにもう一人。


「空さん、皆さんをお連れしました!」


「ああ」


 イリアの声に応え、立ち上がったのは奥にいた人物だ。

 種族は兎人である。毛並みは灰色で、髪は黒い。俺よりも背が高く、190と少しはありそうだ。着ているコートも合わせて、どことなくスマートな印象を受ける。

 何より印象的なのは、その眼光の鋭さだ。兎でありながら、まるで肉食獣のようである。冷たく、狙った獲物を逃がさない、狩人の目……そんなイメージを受ける。


 その兎人は、一同を見渡すと、口の端を僅かに上げた。


「久しいな、お前たち。元気にしていたか?」


「ああ。お前も変わりないようだな」


「見ての通りだ。……初対面の面子も多いようだから、名乗っておこう。俺は神藤 空……ここ〈大鷲〉のギルドマスターを務めている」


 彼が、赤牙の元副リーダーにして、俺たちを呼び出した張本人、か。対峙した雰囲気からも、只者ではないのを感じる。


「さて、懐かしい顔が揃ったことだ。本来ならば、思い出話でもしたいところだが……」


「分かってるって。それどころじゃねえ状況なんだろ?」


「ああ。早速だが、この国に何が起こっているのかを説明させてもらおう。ついて来てくれ」


 歩き始めた空に従い、俺たちはギルドの奥へと進んでいく。外観通りと言えばそうだが、規模としては、赤牙より少し小さい程度か。

 案内された部屋は、長机が一つだけ置かれた、シンプルなものだ。どうやら、会議室のようなものみたいだな。


「とりあえず、適当に座ってくれ。長旅で疲れているだろうから、楽にしてもらって構わない」


 兎人の指示通り、適当な席に腰掛けていく。少し見ると、瑠奈たちは少し緊張している様子だった。確かに、この空と言う男には、少し厳しい印象があるな。もっとも、アトラや美久などの様子を見るに、良い人物なのは予想がつくんだがな。


「さて。まず、唐突ではあるが聞いておきたい。お前たちは、〈真創教〉と呼ばれる宗教を知っているか?」


「真創教……」


 その言葉に、エルリアのみんなが、一斉に浩輝の方を向いた。


「な、何でオレを見るんだっつーの……?」


「お前は当然答えられなければいけないからだ」


「えぇ!? な、何でっすか!?」


 心当たりすら無い様子の浩輝に、誠司は盛大な溜め息をついた。俺はよく分からない(何となくは察した)が、瑠奈たちも呆れ顔だ。


「まあ、答えられれば問題は無い。どうだ、橘?」


「……あ、あ~……えっと、ですね……何と言いますか……あの……その……」


「………………」


 浩輝が言葉を引き延ばしていく毎に、誠司の眉間に力が入っていく。やがて、ぼそりとした声で何かを呟き始める獅子人。


「一枚。……二枚。……三枚……」


「ちょっと先生、何を数えてるんっすか!? 何か怖いんっすけど!」


「四枚。……帰ってからの特別課題プリントの枚数だ。五枚……」


「なあぁ!? いや、先生、ちょっと待っ……た、助けて、カイ!!」


「あれぇ? 猫の鳴き声が聞こえるけど、何て言ってるか分かんねえなぁ?」


「て、てめえ!?」


 どうやら飛行機の件の報復らしいな……。


「八枚……九枚……」


「え、ちょっ……嫌あぁ! 誰か! 誰かああああぁ!!」


 白虎の悲痛な叫びが部屋中に響き渡る……結局、浩輝に助け舟を出す者は誰もおらず、一五枚を数えたころに、誠司のほうがしびれを切らした。


「もういい。二十枚は覚悟しておけ、馬鹿者」


「……いっそ……殺してくれ……」


 涙目で机に突っ伏した浩輝。ふと、空の様子を伺ってみると、口の端が僅かに上がっていた。


「聞いていた通りに賑やかな連中だな、ウェアルド」


「まあな。おかげで、お前やシオン達がいなくなっても、退屈せずに済んでいるよ」


「見苦しいところを見せてしまい、申し訳ない。では改めて、如月」


「人間以外の種族を、汚らわしい獣と見る教えですね。種族差別的な要素の為に、今では全世界から批判の的になっている筈ですけど、一部の地域では陰ながら信仰されてる、って噂もあります」


 さすがと言うか、海翔の答えは完璧だ。浩輝が恨めしげに睨んでいるが、竜人は我関せずである。


「おおよそはそんなところだな。全く、誰だか知らないが、厄介なものを考え出してくれたものだ」


「わざわざ聞いたってことは、その真創教が、何か関係してるの?」


「ああ。残念ながら、非常に大きく、な」


 真創教……俺が獣人であるということを差し引いても、馬鹿馬鹿しいと思えるカルト宗教だが。それが関わる問題とは、いったい何が起こっているのだろうか。


「真創教との関係の前に、重ねての質問になるが、お前たちはこの国のトップの特殊性について知っているか?」


「トップの特殊性、とは、三本柱のことでしょうか?」


 今度はジンが答える。こちらは知らない者も多いようだ。俺は一応、ここに来る前に調べてきたが。


「三本柱って、何ですか?」


「世間一般にはあまり知られていないことですが、この国の政治は、複雑な体制を取っています。空、地図はありますか?」


 空はジンに応えて、この国の地図を机の上に広げた。


「まず、私たちの現在地、ホルンはここです」


 ジンはそう言いつつ、鎖の先端を操って、地図の一点を指し示す。国の中心から、少し南の位置だ。

 そのまま、鎖を北の方角に動かしていく。今度は中心から少し北の位置で、鎖が止まる。


「ここが、首都ブラキアです。いえ、中央首都、と言うべきでしょうか」


「中央首都?」


 続いて、ジンは鎖を僅かに西の方向に動かした。


「そしてこちらが、西首都、ファルマーです。そして……」


 さらに、ジンは東に鎖を向けた。指し示されたのは、ブラキアを挟んで、ちょうどファルマーと対称の点。


「ここが、東首都クリザローです」


「どういうこと? 西首都とか、東首都とか。この国の首都はブラキアじゃなかったっけ?」


「頻繁にニュースに出る大国という訳では無いから、知らんのも無理はないか」


「確かに、世間に知られた首都はブラキアです。しかし、実際は少しややこしい事になっているのですよ」


 ジンは鎖を引っ込めると、一度眼鏡をかけ直す。


「通常、国のトップと言うものは、呼称や権限の違いはあれど、一人だけでしょう。しかし、このアガルトでは、三人がその枠に収まっているのです」


「三人のトップ?」


「はい。彼らは、互いが互いをサポートし、同時に抑止力となっているのです。元々は、独裁者が生まれないためのシステムであると言われています」


 権力の分散は、多くの国で行われている事だ。一点に全てが集まれば、様々な危険があるからな。

 この国は、それぞれの分野毎に権力を分けるのではなく、全てを均等に割り振った、と聞いている。


「現在のトップは、中央のブラキアを治めるダリス・ボゼック、西のファルマーを治めるレイル・ヴァレン、東のクリザローを治めるシューラ・ピステール。彼らは国を支える存在として、〈柱〉と呼ばれています」


「なるほど。それを合わせて、三本柱ってことだね」


「ええ。最も強い力を持つのは中央の柱ですが、東西の柱も、それとほとんど変わらないほどの権力を持っています。全員が衝突すれば中央の意見が勝ちますが、東西が合わさればそれが優先される……程度の差だと考えてください」


 ジンの説明は、俺が調べた内容をかみ砕いたものだ。みんなも、おおむね理解したらしい。

 調べた時の感想としては……意図は分かるが、やや不安定という印象もあった。三者がほぼ同じ権力を持っていると言うことは、言ってみれば、国の中でさらに小さな国に分裂しているようなものだ。それがぶつかった時に、厄介なことが起こるのではないか、と。そういう時のために中央が僅かに強いのだろうが、かみ合い次第では衝突が起きかねない。

 もちろん、国家の運営には様々な形態があり、メリットもデメリットもそれぞれなのは理解している。実際に、今までは上手く回っていたのだろう。ただ、ここでその話題が出るということは……。


「さて。ジンが解説してくれた三本柱だが、当然、その役割に就く者は、それ相応の能力を持っている」


 そこからは、説明は空に移る。


「しかし、互いに能力が高いがゆえに、彼らの意見がぶつかり合った時には、少々厄介なことになってしまう」


 俺の考えを肯定することを言いつつ、空は三枚の写真を取り出す。そこに写っていたのは、老鹿人の男、大柄な狐人、鋭い眼光の人間。性別はどれも男だ。空はその中から、まず鹿人の写真を抜き出す。


「中央のダリスは、優れた人格者だ。政治的手腕もさることながら、民を思いやる精神を持った男で、誰からの信頼も厚い。今回の問題点は、西と東だ」


 話の流れからして、あの鹿人がダリスか。写真の中の男は、紳士的な、優しい笑みを浮かべている。

 次に空が取り出したのは、狐人の写真。年の頃は中年といったところで、どこか荒々しい雰囲気だ。


「東のシューラは、積極的な改革や、新しい分野の開発を行い、国の発展に大きく貢献している。しかし、気性が荒く、協調性に欠ける。悪人では無いんだが、怒らせると厄介な、困った奴だ」


 言いつつ、空は狐人の写真を指で弾いた。……自国の代表にしては、少々扱い方が雑にも感じるが。


「最後に、西のレイル。こいつが一番の問題なんだが……」


 最後に残った写真の、人間の男。他の二人と比べると、かなり年若い印象だ。


「この男は、歴代でも最年少で柱に選ばれたエリートだ。その実力は確かで、数多くの功績を残している……だが」


「何か問題があるんですか?」


「この人は、獣人のことを酷く嫌っている、と言われているんです


 イリアが続けた言葉に、その意味を把握した一同が、表情を険しくした。


「もちろん、表面的には差別など無いように振る舞ってはいるがな。奴の噂については、この国に暮らす者の間では割と有名だ」


「おいおい。そんな奴がトップになっちまってるのかよ」


 アトラは嫌悪感を隠そうともしていない。嫌な感情を抱いたのは、彼以外のみんなも同様なようだが。


「けど、それじゃ、獣人から不満が出るんじゃないですか?」


「いや、奴も馬鹿ではないからな。少なくとも、獣人を表立って迫害しているわけでは無い。それに、奴の政策で国の生活レベルが向上したのも確かだ。日常生活に支障が無い以上、多少の嫌な噂ぐらいは帳消しになっていた」


「能力はあるから、気にしなけりゃまともなリーダー、って事ですか」


「ああ。不満を大っぴらにした奴は存在したが、奴はその知略でそういった事態を素早く鎮め、懐柔してきた。大きなデモなどになったことは一度もない」


「ただ、そういう話が広まってる以上、あの街で獣人の人口が減少傾向にあったのは確かです」


「噂だとしても、あんまり良い気分はしねえだろうしな……」


「黒い噂は事実とは関係なしに、何よりも早く広まるものだからな。逆らった獣人は秘密裏に消されている、という話まである。無論、これは尾ひれが付いたものだが」


 そんな事実が無かったとしても、一度広まった噂を消すのは不可能と言える。獣人嫌いの噂という土台がある以上、そんな飛躍した話であっても、気になる者はいるだろう。


「さて、このぐらいで良いだろう。基礎的な仕込みが終わったところで、そろそろ本題に入らせてもらうぞ」


 この国で今、何が起こっているのか。そして、俺たちが何をすべきなのか……現時点で与えられた情報だけでも、嫌な予感しかしないが。

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