緊急依頼
「………………」
「ガルフレア、調子が悪い?」
「気にするな……」
その日の夜、全員が集合した夕食の場。……起き上がれはしたが、献立は俺だけ梅粥である。すでにこっそり処分はしてもらったが、何が入っていたんだ……。
フィーネはまさか自分のケーキが原因だとは思っていない様子だ。自覚も悪気も無いだけに始末が悪いとも言えるがな……。
「ガル、辛いようなら明日は休んでも構わないぞ?」
「いや、大丈夫だ。一晩眠れば本調子に戻るだろう」
ちなみに、明日は酒場を開く予定だ。やはりUDB関連の依頼が全体的に沈静化しているため、こちらの収入は大事である。
……UDBの減少は、平和になっていると言えなくもない。だが、この間の依頼のことを考えると、どうにも手放しで喜ぶ気にはならない。奴らの動きがどうにも気になる。
「明日の朝になっても辛いなら、遠慮なく言えよ。無理をしても良いことはない」
「ああ。済まないな、心配をかけて」
「いや。お前はみんなの身代わりになったようなものだからな……ん?」
そのとき、ウェアの電話が鳴る。相手の名前を確認したウェアは、少し目を細めた。
「空から……?」
「え、空さん? 珍しいわね、何だろ」
どうやら、旧ギルドメンバーは知っている名前のようだ。ひとまず、ウェアが電話に出る様子を、みんなが興味深そうに見守る体勢になった。
「もしもし。……ああ、久しぶりだ。……お前も変わりないようだな。はは、元気にしていたか?」
ウェアの声はどことなく穏やかで、相手とは親しい間柄らしきことは分かった。
「ところで、お前から連絡があるのも珍しいが、何かあったか? ……なに? それはどういう……何だと?」
赤狼の表情や声音が、すぐに真剣なものになる。どうやら、友にただ連絡を入れただけ、という空気ではなさそうだな。
「ギルド本部への連絡は……ああ、それならばこちらは構わない。他ならないお前の頼みだしな。……分かった。ならば、すぐにでも……」
しばらく打ち合わせのような会話が続く。そして、俺たちが注目する中、数分で彼は電話を切った。
そして、ウェアは俺たちを見回すと、ひとつため息をついて、こう口にするのだった。
「明日の店は中止だ。みんな、急な話で悪いが……とびきりの依頼が入ったぞ」
――それから二日後。
今、俺たち〈赤牙〉のメンバーは……飛行機の中にいた。
昨日一日で大急ぎでバストールを発つ準備をして、こうして朝一番の便で、目的地に向かっている。
飛行機の中にはギルドが契約しているものがあり、それには今回のような時にすぐ利用できる、ギルド専用の客室が準備されているのだ。
「にしても、ギルド総出で呼び出されるなんてこともあるんすね」
「本来ならば、多人数が必要な時には、複数のギルドから人員が集められることが多いがな。今回は赤牙を直接の指名だ」
「赤牙を信頼してるってことですね、その空さんって人が」
「ああ。……素直に喜べない再会ではあるが、やはり懐かしくはあるな」
神藤 空。それが、ウェアに電話をしてきた人物の名前だ。
どうやらその人は、かつて赤牙に所属していたらしい。ジンの前にサブリーダーの位置にいた男で、現在は独立して自分のギルドを持っている、とのことだ。
「もう三年くらい経つっけ? 空さんがアガルトに行ってから」
「そうですね、丁度そのくらいです。イリアのことで何度か連絡はありましたが、直接会うのは久しぶりですね」
「イリアとも久しぶりだからね。不謹慎かもしれないけど、楽しみだよ」
そして、そこにはもう一人、赤牙に所属するメンバーが出向しているそうだ。俺たちが入るときに名前が挙がっていた最後のメンバーである。
「……けど、全員を呼び出すなんて……何かマズい状況ってことだよな……」
そう言ったのはアトラ。微妙にげっそりした表情だが……。
「詳細は向こうに着いてからだ。一筋縄ではいかない話なのは確かだな」
「ま、イリアとも合流できるし、別に良いんだけどよ……ふう」
溜め息をつく赤豹。やはり、様子がおかしい。尻尾も耳もぺたりとしている。
「どうしたの、アトラ?」
「別に……何でもねえよ」
「何でもって、そんだけテンション低かったら気になんだろ」
この前がこの前だからな……。もっとも、あの時のように剣呑な空気があるわけではないが。
「気にすんなって……」
「アトラは飛行機がダメなんですよ」
アトラの言葉に割り込むように、ジンが言った。実に楽しそうな表情で。
「飛行機がダメって……」
「まあ、早い話が高所恐怖症ですね」
「ちょっ……ジン、てめえ……!」
ジンに反論するアトラだが、口で返すだけで動きが無い。ジンもそれは想定済みなようで、涼しい顔だ。……高所恐怖症、か。意外な一面だな。
「でもお前、この前フィオに乗ってたじゃねえか」
「状況が状況だからめちゃくちゃ無理してたんだよ察しろ! それだけは赤牙に入ったの後悔してんだぞこっちは……!」
「あはは。依頼でたまに乗ることになるからって、すっごく頑張って慣らしたものね? まあ、次は思い切り毛を引っ張るのを我慢できるようになってほしいかな、痛いし」
「あ、あのなあ……!」
「……からかうのは程々にしておけよ、お前達」
ウェアが溜め息をつくが、これ幸いとばかりに、海翔が楽しげにアトラをからかい始める。
「高所恐怖症ね。こりゃ面白いネタが入ったな」
「うるせえ……誰にだって苦手なもんはあるだろうが。お前にだって……」
「俺に欠点なんてあると思ってんのかよ?」
自信たっぷりにそんな言葉を返す海翔。だが、アトラは少し思案すると、後ろの席に向かって声をかける。
「……浩輝、こいつの苦手なもんは?」
「ん、ああ。そいつ、実はカ」
「うわああああぁ!?」
海翔の叫びが、浩輝の言葉を中断させる。焦りきった海翔を見て、白虎はにやにやと笑っていた。
「どうしたんだよ、カイ。苦手なもんなんかねえなら、オレが何を言っても良いんじゃねえか?」
「て、てめえ……」
今回は浩輝の勝ちのようだった。形勢不利を悟った海翔は、苦々しい表情のまま沈黙する。
「よっぽど知られたくないんだな、あいつ」
「……なあ、浩輝。結局、何が苦手なんだよ? こっそり教えてくれよ」
「それはさすがにフェアじゃねえだろ?」
浩輝の指摘に、アトラも小さく唸って押し黙る。海翔の苦手なものか……少し気になるな。
そして、空が暗くなってきたころ。俺たちは、今回の目的地……アガルト国に到着した。
空港に降り立った俺たちを、ひとりの人物が出迎えてきた。
「お待ちしていました!」
はきはきとした口調で歓迎の言葉を述べるのは、人間の女性だ。空色のショートヘアーで、女性にしては背が高め。服装もボーイッシュなもので、全体的に快活な印象を受ける。年齢は、俺と変わらないぐらいだろう。
「久しぶりだな。元気にしていたか?」
「はい。マスターもお変わりなく!」
「あなたは……」
「あ、初対面の方には申し遅れました。あたしはイリア・フラック。赤牙のメンバーで、この国に長期派遣されていました」
やはり、彼女が例のギルドメンバーか。
「皆さんのことは、マスターから聞いていました。これからよろしくお願いします!」
「ああ、こちらこそ」
俺も含めて、彼女と初対面の面々が、順番に挨拶していく。礼儀正しく元気が良い、そんな第一印象だ。きっと良い関係を築いていけるだろう。
それが済むと、イリアは昔からのメンバーに向かって微笑んだ。
「みんなも元気そうだね。えっと、もう一年ぶりになるのかな」
「はい、そのくらいになります。イリアさん、本当にお久しぶりです」
「あは、イリアも元気みたいで良かったわ。こっちは見ての通り、また賑やかになったわよ」
「本当に懐かしいぜ~! 俺様、お前と一年間も逢えなくて、毎晩眠れぬ夜を過ごしてたからな! ってわけで、さっそく再会の熱い口付けでもんぐぇっ!?」
「……本当に変わらないね、アトラ君も」
二重の鎖に締め上げられる赤豹。懲りないやつだ、まったく。イリアも苦笑いしている。
「でも、さっきアトラも言ってたけど、僕たちみんなを呼び出すなんて、そんなに大変な状況なのかい? 何だか、街中で衝突が起きそう、ってのは聞いたけど」
フィオがそう言うと、イリアの表情が少し曇った。
俺たちがウェアから聞いた依頼の概要がそれだ。もっとも、詳細はまだ何も聞かされていない。勿体ぶっているわけではなく、どうやらかなり複雑な事情が込み入っているらしく、こちらのギルドも情報を整理している段階だから、ということだが。
ただ、聞くからに穏やかではない話であるし、何かしら大きな事態が動く懸念があるからこそ、空という人物は赤牙を呼んだのだろう。
「そうだね……つもる話もあるけど、とりあえずはギルドに着いてからにしようか。ギルドは空港の近くだからさ」
「そうだな。空も待っているだろう……ジン、フィーネ、そろそろ離してやれ」
「ええ、分かりました」
「……了解」
鎖が解かれ、アトラはどさりと倒れ込む。が、心配しているのはコニィぐらいで、美久は容赦なく引っ張って無理やり立たせていた。実際、アレがポーズなのは周知の事実だからな……。
「なら、あたしが先導しますね。皆さん、ついて来て下さい」
俺たちは、イリアを先頭にして、空港を出発した。
アガルトの街並みは、バストールとそこまで変わらない印象だ。それほど大きくない国ではあるが、豊富な資源のおかげで産業が盛んであり、国民の生活レベルは高い方と記憶している。人口も多く、活気のある国だ。時差もあってすでに夜遅いが、人通りもそこそこにある。
「この国に来るのは久しぶりだが、また発展しているようだな」
「はい。首都ブラキアを中心として、街並みはどんどん新しくなってきています。最近は、クライン社みたいな大手も、積極的に進出してきていますよ」
「クライン社……」
みんなは少し渋い顔をした。あとひと月早ければ、その名前に変な印象を受ける事も無かっただろうが。
特に俺は、知ってしまった。あのティグルが、クライン社現社長の兄であると。それだけでは社長とマリクの関係を裏付けるものにはならないが、どうしても余計な勘ぐりをしてしまう。
「クライン社のことはともかく、活気があるのは良いことでしょう。一見すると、何か問題が起きているようには見えませんが」
「そうですね。……まだ、このホルンの街は、あまり影響を受けていませんから」
「影響……ってのは、衝突どうこうの話っすよね? 場所によって違う、ってことっすか?」
「……その辺りは、空さんが詳しく説明してくれる筈だよ。丁度、ギルドも見えてきたからね」
イリアが指差した先。そこには確かに、一軒の建物があった。赤牙より一回り小さい、そしてシンプルな外観の建物。確かにギルドの看板が表に出ている。
「へえ、マジで近かったな」
「飾り気無いわねえ。ま、空さんらしいけどさ」
「あはは……まあ、とにかく中に入りましょうか。ここが空さんのギルド〈大鷲〉だよ」
言いつつ、イリアはギルドの入り口を開いた。俺たちも、一人ずつ中に入っていく。