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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
4章 暁の銃声、心の旋律
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黒い惨劇

 俺たちの試合が終わると、見学していたみんなが集まってくる。ちなみに、みんなと言っても、ジン、美久、コニィ、フィーネ、アトラの五人はいない。


「大丈夫? ガル」


「ああ……」


 能力を全開で使用した反動もあいまって、疲労で息を切らしている俺に、瑠奈が心配そうに声をかけてくる。俺は、呼吸を整えながら一言返すだけで精一杯だったが。

 汗で全身の毛が濡れている。戻ったらシャワーでも浴びておきたいな……。


「それにしても、あのガルが圧倒されるなんてよ」


「本当だよな……おれ、動きが全く見えなかった」


「さすが英雄ってとこだね、マスター」


 ウェアはすでに納刀し、一同の羨望の眼差しに、少し照れたような笑いを見せている。あれだけ動いてこの余裕を見ると、本人がいつも言う「俺も歳だから」とは何なのだろうという気分になるな。


「英雄、でひと括りにされると、オレの肩身が狭くなる。こいつひとりが規格外だ」


「おいおい、誠司。人を化け物みたいに言うなよ」


「やっぱ先生は、マスターと戦ったことあるんすよね?」


「闇の門当時には、それこそ数え切れない試合をしたさ。もっとも、一度も勝ったことは無い」


「え、先生が一度も……!」


 全盛期の誠司が、一度もか……確かにそれは、驚愕せざるを得ないな。ウェアはそんな暴露に、軽く肩をすくめている。


「あまり話を切り抜くもんじゃないぞ。それは一騎打ちでの話で、集団戦のシミュレーションではお前や慎吾の方が上だっただろうがよ」


「そっちも全勝ではなくあくまで勝ち越しだ。一対一でお前に勝てる奴など、世界中に片手で足りるほどしかいないのは事実だろう?」


「だから、そう無駄に持ち上げるなよ……全く」


「ふ。それはともかく、どうだった、ガル? こいつと戦ってみて」


「……良い経験になった。己の未熟さが、はっきりと分かったよ」


 今回の組み手は、誠司の提案が発端である。

 もちろん、俺だってずっと興味はあったが、彼は多忙だからな。本気で試合をしてくれなどと、頼むのも気が引けていたんだが……誠司がそれを提案すると、ウェアが何だかすごく乗り気になったので、俺も素直に甘えさせてもらったということだ。


「未熟などとんでもない。お前の若さでその実力は、十分すぎるものだ。俺のが長く生きているぶん、より多くの経験を積んでいるだけでな」


「そうだろうか……」


「ああ。アドバイスするならば、PSを使っている時には、少し守りが疎かになっている。後は、右下段への反応が少し遅れていたから気を付けろ」


 ……あの組み手だけで俺の癖を見抜くとはな。本当に、格が違うというところか。


「お前たちも機会があれば相手をしてもらえ。ウェアは一通りの武器を使えるし、オレとは別の視点で良いアドバイスが貰えるだろう」


「うーん……今の実力見せられたら、さすがにちょっと気が引けるかも?」


「はは、もちろん加減はしてやるさ。暇な時にはいつでも言ってこい」


 俺もいずれリベンジするとしよう。良い目標が出来たな。


「お、もう終わってんのか?」


 そんな中、アトラの声が聞こえてきて、俺たちは振り返る。手には、パンが大量に入った袋を抱えている。


「どうだったよ、ガル?」


「だいたい予想はつくんじゃないのか? 俺の完敗だ」


「お、お前でも駄目だったか。流石マスター、年の功! 長いこと生きてねえな!」


「お前な、わざわざ老人のような呼び方をするんじゃない……」


「ところでお前はどうしたんだよ。差し入れか?」


「あ? 違えよ。こいつは……まあ、俺様の非常食だ」


「非常食?」


「おう。あ、マスター。俺様、今からヤボ用でちょっと出かけっから。帰り遅くなると思うけど、もし依頼の話でもあったら連絡くれよ」


「? ああ……」


「っと、いけねえ、時間がねえんだ。じゃ、行ってくんぜ~。……ご愁傷様」


 ……最後にやたらと気になる一言を付け加え、アトラは逃げるようにその場を去っていった。


「何だったんだあいつ。またナンパにでも行ったのか?」


「それにしちゃ様子が変だったけど……」


 と、そこでこちらに向かってくる新たな人影。残りの四人だ。


「ガルにマスター、お疲れ様!」


「ああ。どうしたんだ、ぞろぞろと? 出迎えに来る距離じゃないだろう」


「いえ。デザートができたので、呼びに来ただけです」


 ジンはそう言って、いつも通りの笑みを浮かべる。……何故だろうか、少し違和感があるが。


「デザート?」


「はい。その……フィーネが作ったんです。それが、たった今完成して……」


「で、みんなを呼びに来たのよ!」


「フィーネが、か」


「そう。時間があったので、挑戦した」


 そう言えば、彼女がここに来て二週間。彼女の料理を見た事は無かったな。しかし、何だ? 美久とコニィの様子もおかしい気がするが。


「ならば早く戻ろう。せっかくの好意だ」


「にしても、酷いことするよねぇ、アトラも。せっかく自分のパートナーが作ったデザートを無視して遊びに行っちゃうなんてさ」


「私がアトラでも同じことをしますがね」


「え?」


「いえ、何でもありません」


 何なんだ、さっきからみんなして。どうにも何か隠しているように思える。まあいい。とにかく、早く戻ろう。何だか嫌な予感もするが、気のせいだろう。








 直後。

 俺は自分の判断を心から後悔することになった。














『………………』


 ギルドに戻ってきた俺たちの視線は、テーブルの上に置いてあった皿に釘付けになっていた。


 いや……何と言うべきか。とりあえず、一つだけ尋ねるとするならば――



 ――この言葉では表せない物体は、何だ……?



「どうしたのですか皆さん、ケーキをまじまじと見つめて」


「け、け、ケーキ!?」


「ええ、チョコレートケーキです。何をそんなに驚いているのです?」


 言いつつ、ジンの目は全くもって笑っていない。むしろ死刑を宣告するかのように冷たかった。


 チョコレートケーキ……確かに皿の上に切り分けられたソレは、黒い。むしろドス黒い。どこかの次元から持ってきた未知の暗黒物質のような、底知れない暗さ。

 金属のような光沢を持ちつつ、下のほうが微妙に溶けているソレは、果たして食べ物なのか……いや、地上の物体であるかどうかも怪しい。


「……ね、ねえ。これはどうやって作ったの、フィーネ?」


「作り方は知らなかったから、勘で」


「か、勘……」


 ……勘でケーキを作れば、未知の物質が生まれるものなのか? いや、そんなはずがあるか!

 しかし、現実として、確かにそれは目の前に鎮座している。


「とりあえず、まずは誰か食べてみてほしい。きっと会心の出来」


「…………!」


 外から戻ってきた一同は、顔を見合わせる。……俺たちを呼びに来たメンバーは一斉に目をそらした。恐らく、事前に何とかして回避したんだろう。コニィなど涙目になって小声で「ごめんなさい」と言っているが、そこまで罪悪感を覚えるなら止めてくれないだろうか。

 いや、彼女が始めて作ったケーキに、本当のことは言えないが、自分で食べる度胸は無い……と言うのは分かる、分かるのだが……。

 しかし、多少浮世離れしているのは感じていたが、本人もコレに違和感を覚えないのだろうか。……覚えないのだろうな。


「わ、私は今、あんまりお腹空いてないんだ……コウ?」


「うえ!? いや、オレ、さっき菓子食ったし……カイ?」


「あ、えっと、俺、昨日の夜にチョコ大量に食っちまったし……レン?」


「お、おれは最近、体調管理のために間食は控えてて……フィオ?」


「う、うーん。僕、ケーキは生クリーム派でさ……誠司?」


「……オレは甘いものはあまり好きじゃないからな。やはり、動いたガルかウェアにやるのが妥当だろう」


「……そう言えば、ランドに頼まれた仕事があったな。のんびり食っている暇は無いか」


 一同、タライ回しにしていく……ん? おい、少し待て。この流れは、まさか。


「それなら、まずはガルフレアに食べてもらう」


「な!?」


 しまった。もう俺しか残っていない……!

 いや、まだだ。普通に断れば……そう思い、拒否しようとしたところで、フィーネと目が合った。純粋で、無垢な瞳。喉まで出ていた否定の言葉が止まる。


 俺はケーキ(?)と、フィーネの顔の間で視線を往復させる。彼女の善意を無駄にはしたくない。だが、アレを口に入れれば、どう見ても命の保証は無い。

 どうする。どうすれば良いんだ。誰かが犠牲にならなければ、彼女を傷付けてしまうかもしれない。だが、さすがに俺だってコレを食べるのは……。

 ……くそ。頼む、そんな期待するような目で見ないでくれ、フィーネ。そんな顔をされたら、俺は。


「な……ならば、有難く、頂くとしよう……」


 ……言った。言ってしまった。

 直後に凄まじい後悔が押し寄せてくるが、もう後には退けない。俺は半ば自棄になりながら、暗黒物質ダークマター……もといケーキの皿を引き寄せる。


「(おい、止めとけって! 明らかにヤバいだろ、ソレ!)」


「(今さらだろう。それに、味は普通かもしれない、からな……)」


 そうだ、市販されている食材を使って、そこまで酷いものはできないはずだ。暗黒物質なのは見た目だけかもしれない。……臭いがおかしい気もするが、気のせいだ、多分。

 俺は自己暗示をかけながら、意を決して、ソレを口に運んだ。そして……。


「………………?」


 まず、噛み締める度に伝わる、スポンジの弾力。それは明らかにケーキのそれではなく、どちらかと言えば食器洗いなどに使う方だ。

 同時に、少しずつグチャグチャと液状化していく不思議な食感。どういう素材を使っているのかが非常に気になる。


「………………」


 次に、痺れる程に刺激的なスパイスの味と、チョコの苦味と混ざり合う何かの酸味、それから塩と思われる塊の味が同時に訪れる、新感覚の味。チョコが入っているはずだが、甘さは全く感じない。

 砂糖と塩を間違えたのかもしれないが、いずれにせよ明らかに分量を間違えている。そして確実に、入らなくていい材料が大半を占めている。味覚が混乱する、というのは初めての体験だった。


「………………!!」


 そして、それらのコラボレーションを飲み込んでいくにつれて訪れる、先の見えない荒野を独りさまよい歩くような、計り知れない絶望感と孤独。

 まるで、この世界に生きているのが俺だけであるような……いや、俺だけが別の世界に連れて行かれているような、そんな気分になった。



 ……とりあえず、全てを纏めて感想を言えば……あまりにも、不味…………。


「う……っ! ……はあ、はあっ……」


「(が、ガル!?)」


 体が危険物だと判断したのか、飲み込んだものが胃から逆流しそうになるが、それを何とかこらえる。さすがに、彼女の前で吐き出すわけはいかない。


「……どう?」


「む!? あ、ああ……なかなか、斬新で、面白い味だと……うっ……思うぞ」


 襲い掛かる強烈な吐き気に耐えながら、俺は何とか言葉を絞り出す。この時ばかりは、自分の口をよくやったと誉めたくなった。


「……良かった。まだあるから、好きなだけ食べるといい」


「あ、ああ。それは有り難いな……うぐっ」


 止せばいいと分かっているのだが、彼女の期待するような視線に耐えきれず、俺はさらにケーキを口に運ぶ。

 ……何だか少し、意識が朦朧としてきた気がする。い、いや、大丈夫だ……気をしっかり持たねば。


「(お前、もの凄く震えてるぞ!? 無茶するなって!)」


「(いや、そうも、いかない……せめて、この一つぐらいは、完食を……)」


「(おま、一つって……止めろって、それ以上食ったら死んじまうぞ!?)」


 みんなが小声で俺を制止するが、俺は妙なプライドから、手を止めない。……視界が霞んできたのは何故だろうか……?


 その時、ジンが大きな溜め息をついたのが聞こえた。


「やれやれ。フィーネ、少し用事があるのを思い出したので、ついて来てくれますか? ケーキの感想は後でも聞けるでしょう」


「え? ……分かった」


 ジンは入り口のほうまで歩いていくと、フィーネを呼ぶ。彼女は少し不思議そうにしながらも、いつも通り、ジンの指示に順応に従った。

 ……済まない、ジン。だが、できればもっと早くにその手を使って欲しかったぞ……。


 俺たちは、二人がギルドを出て行くのを見守った。俺にとっては、彼女が扉に辿り着くまでが無限にすら感じる。そして、彼女が扉を開き、外に出て、再び扉が閉まる……。



 ――のを見届けた時には、俺もとっくに限界だった。


「が……うぅっ、ごふっ!」


 俺は口を押さえたまま全力で走った。胃の中身が強烈な勢いでせり上がってくる。


「が、ガル!?」


「コニィ、早く治療の準備を!」


「は、はい!」


 もう数秒と保ちそうはないが、みんなの前でぶちまけるのは、さすがにプライドが許さない。あと少しでいいから……耐えろ、俺の身体……!


「……ガル。お前、マジで漢だぜ」


「マスター、とりあえず次の犠牲が出る前に、ちゃんとフィーネに料理を教えようか……」


「……急務だろうな」





 ……その後、強烈な腹痛にも襲われ、俺は数時間ほど完全にダウンすることになった……。





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