表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/428

理の刃

 さっそくリングに降りた私達は、他のみんな(特にコウ達)と十分に距離をとってから、互いに向かい合う。自由組み手ってのは、まあ一対一のオーソドックスな試合だ。

 心なしか、クラス中の視線が集まっている気がする……まあ、ガルのことはみんな気になってるだろうし、仕方ないね。一緒にリングに降りたみんなすら、ちょっとこっち見てるし。


 私の装備は、防護服の上に、動きを邪魔しない軽装の防具と弓。対するガルは、防具は同じく軽装だけど、武器は何も持ってない。


「ガルって、格闘技を使うの? 武器は苦手とか?」


「いや、ひととおりは使える。だが、手に馴染むものが無かった。強いて言えば剣が扱いやすかったが、慣れない武器よりはこちらの方がしっくりくる。素手は戦いの基本だからな」


 弓と格闘術。リーチでは圧倒的にこちらが有利。だけど、獣人は基本的に身体能力が人間より高いことが多いし、油断はできないね。懐に入られるか、私が逃げ切るかの勝負だ。


「今後のためにも、今回は君の実力を確かめたい。最初の一分は俺からは攻撃しないから、好きなだけ攻めてこい」


「む、ハンデってこと? 私は構わないけど、こっちは最初から倒すつもりで行くよ?」


「舐めているわけではない。だが、これでも俺は教員だ。今後お前に指導をするためには、よく見ておかねばいけないからな」


「……戸惑ってると思ってたけど、そこは真面目なんだね」


 滅茶苦茶な手段だけど、ガルは本当に闘技の教員試験に受かった。……いや、たぶん順番が逆だね。滅茶苦茶な手段でも受かるほどの実力を持ってるってことだ。私は気を引き締めて、弓を構えた。


「それじゃ、準備は良い? ガル」


「ああ、いつでも大丈夫だ。好きなタイミングで始めてくれ」


 ガルは、真っ直ぐに私を見ている。言葉通り、私の実力を見定めるつもりみたいだね。私は息を吐いて、矢を弓につがえた。私だって……彼がそのつもりなら、全力を見せるだけだよ。


「じゃあ……行くよ!」


 そう宣言してから、私はゴング代わりの矢を放った。


 矢は、真っ直ぐにガルへと向かう。こう見えて、狙いの正確さには自信がある。だけど。


「甘い!」


 ガルはステップでそれを回避する。もちろん私だって、こんな簡単に終わってくれるとは思ってない。

 間髪入れずに次の矢を手にすると、立て続けに三発。狙いは完璧だったけど、ガルは俊敏な身のこなしで難なく矢を受け流していく。


「狙いは正確だ。だが、素直すぎるぞ」


「ご忠告どうも。でも、まだまだ始まったばっかだよ!」


 私は距離をとりながら、連射する。ほんとは足を止めてしっかり力を入れるべきなんだけど、一対一だとそうも言ってられない。私の弓はそうして軽く動き回りながら戦えるように、軽さと引きやすさを重視してある。

 なら、素直じゃない攻撃をしてあげるよ。最初の一発は、ど真ん中。次の一発は、ガルが避けるために跳んだ方。そしてもう一発、その反対側に跳ぶことを先読み。読みは当たったけど、拳で叩き落とされた。飛んでる矢を素手で落とすなんて。


「とんでもないね……!」


 ガルは私から数メートルほどの距離を保って、それを崩さない。攻めてこないという宣言は本当らしい。なら、強気に攻めきるだけだよ。

 私は距離を取るのを止めて、踏み込んで矢を放った。わざと狙いをずらしたり、フェイントを交えて、とにかく当てに行く。

 だけど、ガルはその全てを回避、あるいは正確無比に叩き落としていく。一発も当てられないなんて……!


「予想以上だな。驚いたぞ」


「全部避けながらそんな事言っても、嫌味にしか聞こえない……よ!」


 私は攻め続けるけど、ガルは全く当たってくれる気配が無い。それどころか、どう見てもまだ余裕が残っている。

 駄目……このまま普通に攻めるだけじゃ、埒があかない。


 ……仕方ない。

 向こうが使えないんだから、ちょっとフェアじゃない気もするけど、それを言ったら手加減までされてるし。実力差を認めるしか無いんだから……。


「ガル。ここからは、全力で行くよ」


 使うだけだよ。私の『力』を。


 私は精神を集中させる。自分の手に、この弓に、力が満ちるイメージを浮かべる。

 ガルも私の雰囲気が変わった事を感じたのか、表情を変えた。


「今度は、そう簡単には見切らせないよ!」


 私は、強く矢を引き絞ると、彼目掛けて放つ。彼は警戒を強めながら、それを回避した。



 そして、その矢は――ガルの背後で急に動きを変え、彼に再び襲いかかった。


「む……!?」


 気付かれた、けど、さすがにこれにはガルも驚いたような声を出す。素直に当たってはくれなくて、叩き落とされた。


「さすが。でも、まだ計算のうちだよ!」


 次の攻撃は、二発。もちろん、ただの攻撃ではない。

 最初の一発を回避したガル目掛けて放たれた矢は、今までの矢の二倍近いスピードを持っていた。それも避けられてしまったけど、少しだけガルが体勢を崩す。


 私の力……私のPS。そのスキルネームは〈理の刃(エンチャントウエポン)〉だ。

 その効果は、媒体となる物質、基本的には武器に、私が念じたさまざまな『現象』を宿すこと。


 例えば、『追跡』と言う現象を矢に宿せば、私が狙った相手に当たるまで、その矢は対象を追いかけるようになる。『加速』を宿せば単純に速度が上がるし、『停止』なんて芸当もできる。授業じゃやれないけど、仮にこのレプリカの矢に『貫通』なんか宿せば、ほんとの矢のような殺傷力だって持たせられる。

 現象、と言ったけど、その解釈はすごく幅広い。武器そのものに効果を発現させる事もできるし、触れたら炎上とか、当たった瞬間、相手に対して効果を与えたりもできる。


 もちろん、強力なものほど難しいし、負担も大きいけど……私次第で、いくらでも応用の幅は広がるだろう、と言われてる。

 我ながら、凄くデタラメな力だ。だけど、これのおかげで、私はコウ達とも互角に戦ってきた。


「さあ、続けて行くよ!」


 矢に宿す効果は、一本ごとに変えられる。私はたたみかけるように矢を放ち続けた。

 ガルに放った矢は、多種多様な軌道で彼に迫る。『追跡』、『加速』、フェイントとして『減速』。私は能力をフル活用して、強気の攻めを続けた。


 ……だけど。


「なるほど。随分と面白い能力だな」


 ガルが驚いたのは、最初だけだった。揺さぶりをかけても、少しも動きが乱れない。追尾させる矢は落とされる。当たった時の効果を込めた矢は避けられる。……もう、この能力に対応されてきてる!?


「だが、見えやすい。どうすれば決まるか、どこを狙いたいか……言っただろう、『素直に狙いすぎ』だ。そこを考えれば、次の手はいくつかに絞れる」


「どんな頭の回転してるの……!」


「相手の見極めは何よりも重要だ」


「……それなら!」


 私は、矢をつがえずに弓を引いた。そして、能力の対象を矢から弓に移す。この力で何を出来るかは、私の想像力次第。応用を利かせれば……!


「こんなのは、どう!?」


 私が念じたのは『突風』。それに応えるように、圧縮された空気が私の手に集まる。私はそれを、矢を撃ち出す要領で、ガルに放った。空気の矢は、広がりながら彼に襲いかかる。


 威力はそこまで高いわけじゃないけど、元が空気だけに見えないし、範囲も広い。これは回避できないはずだから、足を止めたところを一気に……。


「え……!?」


 そんな私の思考は、ガルがとった行動で見事に断ち切られた。


 ガルは……跳んだ。それも、3メートル近く、軽々と。

 私は少しの間だけ、思わぬ回避方法に呆けてしまった。正気に戻って、慌てて空中の彼に矢を射たけど、狙いが定まらなくて、矢は彼を大きく外してしまった。


「だが、不測の事態には弱いな。……そろそろ、行かせてもらうぞ」



 着地したガルは、姿勢を低くすると一気に駆け出した。速い……!


「くっ。ええいっ!」


 私は何とか距離を空けようと下がりつつ、迎撃を狙う。だけど、ガルはそれを巧みに捌いて、接近してくる。

 距離はあっという間に詰められていく。そして……ガルの姿が、私の目の前から消えた。

 一瞬の混乱。そして、ほとんど反射的に、私の右側に回り込んでいたガルに向けて矢を放つ。至近距離ではあったけど、能力を使うどころか、狙いも定めずに放つしかできない。


「自棄の一撃など、喰らいはしない」


 気が付いた時には、私の目の前に、ガルの拳が寸止めされていた。


 決着はほんとにあっけなくて、私は少し遅れて今の状況を理解する……負けちゃった、か。


「あーあ、いけると思ったのにな」


「悪いが、初戦から敗北する教員など情けなさすぎるのでな。負けてやるわけにもいかない」


 残念そうに装ってみたけど、本当は完敗すぎて悔しくもなれない。観客席から歓声が上がってるのも聞こえる。これはむしろ、華々しいデビューって感じだね。


「それにしても、驚いたよ。まさか、ここまで強いなんてさ」


「驚いたのはこちらだ。油断していたつもりはなかったが、想定よりも上回っていた。一歩違えば、俺の負けだったかもしれない」


「ふふ、ありがと」


 それはお世辞だったのかもしれないけど、実力を認めてくれた言葉は素直に嬉しい。ガルも、私に向かって微笑んでくれた。……あ、破壊力高いな、この微笑み。


「……さて、みんなはどうなったかな?」


 私は照れちゃったことをごまかすように周りを見渡してみる。どうやら、コウ達とレン達の試合は終わってるみたいだ。

 レン達は少し遠かったので、とりあえずコウ達のとこに行く。コウがしょげてるから、カイが勝ったみたいだ。


「ちっくしょう……」


「頭に血を上らせてっからだ、ったく」


 どうやら、意気込みが裏目に出ちゃったみたいだね。


「ほら、そんなにへこむんじゃねえよ。次の試合の前に飲み物でも買いに行こうぜ。特別に奢ってやるからよ」


「……おう。見てろよ、次はオレが勝つからな!」


 カイの声音は優しげだった。彼にはこういうとこがあって、普段は乱暴だけど元々は面倒見が良い性格だ。この二人の場合、喧嘩するほど何とやらってとこだしね。

 だけど、もう一方のレン達が問題だった。レンは槍を杖替わりに、肩で息をしていた。フラフラで、立ってるのも辛そうだ。


「ちょっと、大丈夫?」


「ああ、一応は……くっ」


 レンは頷いてみせたけど、どう見ても大丈夫そうじゃない。今にも倒れそうな程に弱ってる。


「ルッカ君?」


「僕がやりすぎたわけじゃありませんよ? PSの使い過ぎですよ。僕は注意したんですけどね」


 ルッカ君は苦笑しながら。彼はピンピンしてるから、試合に勝ったのはどうやら彼らしい。さすがと言うか……レンがコウと同じで意気込みすぎたのもあるみたいだけど。


「……悪い。ちょっと自分が見えてなかった、かもしれない」


「大会も近いし気持ちは分かりますけどね。ほら、掴まって。とりあえず上で休みましょう」


 そう言いながら、ルッカ君はレンに肩を貸す。二人の身長差は20センチ以上あるので、少しアンバランスだ。レンはルッカ君にもたれかかりながら、先に戻っていった。大丈夫かな……?


「それにしても、レンがあそこまでやってもまだまだ余裕あるって感じだね……」


「あのルッカという少年、外見によらず、かなりの使い手だな。蓮も良い動きをしていたが、それを上回っていた」


「うん。見た目は可愛らしいけど、多分、私達の中じゃ一番強いと思う……って、動き見てたの? 私との試合中に?」


「実戦では一対一など稀だからな。全体の流れを掴むぐらいは癖になっている」


 なるほど、それはつまりガルがどれだけ私より格上かって話でもあるね。これでPSも無くしてるだなんて、ほんとに何者なんだろ、この人?


「あ、でも、外見のことは本人には言わないほうが良いよ。何だかんだで気にしてるみたいだし」


「……そうか、気を付けておこう」


「あ、それと。教員云々の話は、後でじっくりさせてもらうからね?」


「う……」


 ガルが尻尾を垂らした。その話題は辛いらしい。クールな雰囲気の彼にはミスマッチなそんな姿に、私は思わず笑ってしまった。


「まあ、それはともかく。ガル!」


「何だ?」


「次は、絶対負けないからね」


 ガルはその言葉に、一瞬だけ不意をつかれたような表情をしたが、ちょっとしてから静かに微笑んだ。


「ああ、臨むところだ」


 ……何者でもいっか。まだ出逢ってからそんなに経ってないけど、この人とは上手くやっていける。そんな気がした。










 ……二限の教室。



「…………」


「………………」


 私は、目の前の状況に言葉を失っていた。

 コウとカイも唖然としている(レンは保健室送りになった)……何でなの?


 何で……。


「つまり、ここにこの値が代入されるから、解は……」


「……あの、すみません、ちょっといいですかね?」


「どうした、瑠……綾瀬さん」


 いや、どうした、じゃなくて。


「何でガルが数学教えてるの!?」


 思わず素になった。あまりの事態に最初の5分くらい突っ込むタイミングを見落としてたけど……しかも、意外に分かりやすい。って、問題なのはそこじゃなくて。


「……説明したはずだ。数学の松井先生が急な出張になったらしく、代わりを頼まれた、と」


「いや、ガルの担当は闘技でしょ!? 誰に頼まれたのよ!」


「……慎吾だ」


「………………」


 お父さん、完全に玩具にしてるよね? て言うか、ガルも諦めた顔で流されてないで、ちょっとは抵抗しよう? ……きっちり説明してもらわないと、ね。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ