理の刃
さっそくリングに降りた私達は、他のみんな(特にコウ達)と十分に距離をとってから、互いに向かい合う。自由組み手ってのは、まあ一対一のオーソドックスな試合だ。
心なしか、クラス中の視線が集まっている気がする……まあ、ガルのことはみんな気になってるだろうし、仕方ないね。一緒にリングに降りたみんなすら、ちょっとこっち見てるし。
私の装備は、防護服の上に、動きを邪魔しない軽装の防具と弓。対するガルは、防具は同じく軽装だけど、武器は何も持ってない。
「ガルって、格闘技を使うの? 武器は苦手とか?」
「いや、ひととおりは使える。だが、手に馴染むものが無かった。強いて言えば剣が扱いやすかったが、慣れない武器よりはこちらの方がしっくりくる。素手は戦いの基本だからな」
弓と格闘術。リーチでは圧倒的にこちらが有利。だけど、獣人は基本的に身体能力が人間より高いことが多いし、油断はできないね。懐に入られるか、私が逃げ切るかの勝負だ。
「今後のためにも、今回は君の実力を確かめたい。最初の一分は俺からは攻撃しないから、好きなだけ攻めてこい」
「む、ハンデってこと? 私は構わないけど、こっちは最初から倒すつもりで行くよ?」
「舐めているわけではない。だが、これでも俺は教員だ。今後お前に指導をするためには、よく見ておかねばいけないからな」
「……戸惑ってると思ってたけど、そこは真面目なんだね」
滅茶苦茶な手段だけど、ガルは本当に闘技の教員試験に受かった。……いや、たぶん順番が逆だね。滅茶苦茶な手段でも受かるほどの実力を持ってるってことだ。私は気を引き締めて、弓を構えた。
「それじゃ、準備は良い? ガル」
「ああ、いつでも大丈夫だ。好きなタイミングで始めてくれ」
ガルは、真っ直ぐに私を見ている。言葉通り、私の実力を見定めるつもりみたいだね。私は息を吐いて、矢を弓につがえた。私だって……彼がそのつもりなら、全力を見せるだけだよ。
「じゃあ……行くよ!」
そう宣言してから、私はゴング代わりの矢を放った。
矢は、真っ直ぐにガルへと向かう。こう見えて、狙いの正確さには自信がある。だけど。
「甘い!」
ガルはステップでそれを回避する。もちろん私だって、こんな簡単に終わってくれるとは思ってない。
間髪入れずに次の矢を手にすると、立て続けに三発。狙いは完璧だったけど、ガルは俊敏な身のこなしで難なく矢を受け流していく。
「狙いは正確だ。だが、素直すぎるぞ」
「ご忠告どうも。でも、まだまだ始まったばっかだよ!」
私は距離をとりながら、連射する。ほんとは足を止めてしっかり力を入れるべきなんだけど、一対一だとそうも言ってられない。私の弓はそうして軽く動き回りながら戦えるように、軽さと引きやすさを重視してある。
なら、素直じゃない攻撃をしてあげるよ。最初の一発は、ど真ん中。次の一発は、ガルが避けるために跳んだ方。そしてもう一発、その反対側に跳ぶことを先読み。読みは当たったけど、拳で叩き落とされた。飛んでる矢を素手で落とすなんて。
「とんでもないね……!」
ガルは私から数メートルほどの距離を保って、それを崩さない。攻めてこないという宣言は本当らしい。なら、強気に攻めきるだけだよ。
私は距離を取るのを止めて、踏み込んで矢を放った。わざと狙いをずらしたり、フェイントを交えて、とにかく当てに行く。
だけど、ガルはその全てを回避、あるいは正確無比に叩き落としていく。一発も当てられないなんて……!
「予想以上だな。驚いたぞ」
「全部避けながらそんな事言っても、嫌味にしか聞こえない……よ!」
私は攻め続けるけど、ガルは全く当たってくれる気配が無い。それどころか、どう見てもまだ余裕が残っている。
駄目……このまま普通に攻めるだけじゃ、埒があかない。
……仕方ない。
向こうが使えないんだから、ちょっとフェアじゃない気もするけど、それを言ったら手加減までされてるし。実力差を認めるしか無いんだから……。
「ガル。ここからは、全力で行くよ」
使うだけだよ。私の『力』を。
私は精神を集中させる。自分の手に、この弓に、力が満ちるイメージを浮かべる。
ガルも私の雰囲気が変わった事を感じたのか、表情を変えた。
「今度は、そう簡単には見切らせないよ!」
私は、強く矢を引き絞ると、彼目掛けて放つ。彼は警戒を強めながら、それを回避した。
そして、その矢は――ガルの背後で急に動きを変え、彼に再び襲いかかった。
「む……!?」
気付かれた、けど、さすがにこれにはガルも驚いたような声を出す。素直に当たってはくれなくて、叩き落とされた。
「さすが。でも、まだ計算のうちだよ!」
次の攻撃は、二発。もちろん、ただの攻撃ではない。
最初の一発を回避したガル目掛けて放たれた矢は、今までの矢の二倍近いスピードを持っていた。それも避けられてしまったけど、少しだけガルが体勢を崩す。
私の力……私のPS。そのスキルネームは〈理の刃〉だ。
その効果は、媒体となる物質、基本的には武器に、私が念じたさまざまな『現象』を宿すこと。
例えば、『追跡』と言う現象を矢に宿せば、私が狙った相手に当たるまで、その矢は対象を追いかけるようになる。『加速』を宿せば単純に速度が上がるし、『停止』なんて芸当もできる。授業じゃやれないけど、仮にこのレプリカの矢に『貫通』なんか宿せば、ほんとの矢のような殺傷力だって持たせられる。
現象、と言ったけど、その解釈はすごく幅広い。武器そのものに効果を発現させる事もできるし、触れたら炎上とか、当たった瞬間、相手に対して効果を与えたりもできる。
もちろん、強力なものほど難しいし、負担も大きいけど……私次第で、いくらでも応用の幅は広がるだろう、と言われてる。
我ながら、凄くデタラメな力だ。だけど、これのおかげで、私はコウ達とも互角に戦ってきた。
「さあ、続けて行くよ!」
矢に宿す効果は、一本ごとに変えられる。私はたたみかけるように矢を放ち続けた。
ガルに放った矢は、多種多様な軌道で彼に迫る。『追跡』、『加速』、フェイントとして『減速』。私は能力をフル活用して、強気の攻めを続けた。
……だけど。
「なるほど。随分と面白い能力だな」
ガルが驚いたのは、最初だけだった。揺さぶりをかけても、少しも動きが乱れない。追尾させる矢は落とされる。当たった時の効果を込めた矢は避けられる。……もう、この能力に対応されてきてる!?
「だが、見えやすい。どうすれば決まるか、どこを狙いたいか……言っただろう、『素直に狙いすぎ』だ。そこを考えれば、次の手はいくつかに絞れる」
「どんな頭の回転してるの……!」
「相手の見極めは何よりも重要だ」
「……それなら!」
私は、矢をつがえずに弓を引いた。そして、能力の対象を矢から弓に移す。この力で何を出来るかは、私の想像力次第。応用を利かせれば……!
「こんなのは、どう!?」
私が念じたのは『突風』。それに応えるように、圧縮された空気が私の手に集まる。私はそれを、矢を撃ち出す要領で、ガルに放った。空気の矢は、広がりながら彼に襲いかかる。
威力はそこまで高いわけじゃないけど、元が空気だけに見えないし、範囲も広い。これは回避できないはずだから、足を止めたところを一気に……。
「え……!?」
そんな私の思考は、ガルがとった行動で見事に断ち切られた。
ガルは……跳んだ。それも、3メートル近く、軽々と。
私は少しの間だけ、思わぬ回避方法に呆けてしまった。正気に戻って、慌てて空中の彼に矢を射たけど、狙いが定まらなくて、矢は彼を大きく外してしまった。
「だが、不測の事態には弱いな。……そろそろ、行かせてもらうぞ」
着地したガルは、姿勢を低くすると一気に駆け出した。速い……!
「くっ。ええいっ!」
私は何とか距離を空けようと下がりつつ、迎撃を狙う。だけど、ガルはそれを巧みに捌いて、接近してくる。
距離はあっという間に詰められていく。そして……ガルの姿が、私の目の前から消えた。
一瞬の混乱。そして、ほとんど反射的に、私の右側に回り込んでいたガルに向けて矢を放つ。至近距離ではあったけど、能力を使うどころか、狙いも定めずに放つしかできない。
「自棄の一撃など、喰らいはしない」
気が付いた時には、私の目の前に、ガルの拳が寸止めされていた。
決着はほんとにあっけなくて、私は少し遅れて今の状況を理解する……負けちゃった、か。
「あーあ、いけると思ったのにな」
「悪いが、初戦から敗北する教員など情けなさすぎるのでな。負けてやるわけにもいかない」
残念そうに装ってみたけど、本当は完敗すぎて悔しくもなれない。観客席から歓声が上がってるのも聞こえる。これはむしろ、華々しいデビューって感じだね。
「それにしても、驚いたよ。まさか、ここまで強いなんてさ」
「驚いたのはこちらだ。油断していたつもりはなかったが、想定よりも上回っていた。一歩違えば、俺の負けだったかもしれない」
「ふふ、ありがと」
それはお世辞だったのかもしれないけど、実力を認めてくれた言葉は素直に嬉しい。ガルも、私に向かって微笑んでくれた。……あ、破壊力高いな、この微笑み。
「……さて、みんなはどうなったかな?」
私は照れちゃったことをごまかすように周りを見渡してみる。どうやら、コウ達とレン達の試合は終わってるみたいだ。
レン達は少し遠かったので、とりあえずコウ達のとこに行く。コウがしょげてるから、カイが勝ったみたいだ。
「ちっくしょう……」
「頭に血を上らせてっからだ、ったく」
どうやら、意気込みが裏目に出ちゃったみたいだね。
「ほら、そんなにへこむんじゃねえよ。次の試合の前に飲み物でも買いに行こうぜ。特別に奢ってやるからよ」
「……おう。見てろよ、次はオレが勝つからな!」
カイの声音は優しげだった。彼にはこういうとこがあって、普段は乱暴だけど元々は面倒見が良い性格だ。この二人の場合、喧嘩するほど何とやらってとこだしね。
だけど、もう一方のレン達が問題だった。レンは槍を杖替わりに、肩で息をしていた。フラフラで、立ってるのも辛そうだ。
「ちょっと、大丈夫?」
「ああ、一応は……くっ」
レンは頷いてみせたけど、どう見ても大丈夫そうじゃない。今にも倒れそうな程に弱ってる。
「ルッカ君?」
「僕がやりすぎたわけじゃありませんよ? PSの使い過ぎですよ。僕は注意したんですけどね」
ルッカ君は苦笑しながら。彼はピンピンしてるから、試合に勝ったのはどうやら彼らしい。さすがと言うか……レンがコウと同じで意気込みすぎたのもあるみたいだけど。
「……悪い。ちょっと自分が見えてなかった、かもしれない」
「大会も近いし気持ちは分かりますけどね。ほら、掴まって。とりあえず上で休みましょう」
そう言いながら、ルッカ君はレンに肩を貸す。二人の身長差は20センチ以上あるので、少しアンバランスだ。レンはルッカ君にもたれかかりながら、先に戻っていった。大丈夫かな……?
「それにしても、レンがあそこまでやってもまだまだ余裕あるって感じだね……」
「あのルッカという少年、外見によらず、かなりの使い手だな。蓮も良い動きをしていたが、それを上回っていた」
「うん。見た目は可愛らしいけど、多分、私達の中じゃ一番強いと思う……って、動き見てたの? 私との試合中に?」
「実戦では一対一など稀だからな。全体の流れを掴むぐらいは癖になっている」
なるほど、それはつまりガルがどれだけ私より格上かって話でもあるね。これでPSも無くしてるだなんて、ほんとに何者なんだろ、この人?
「あ、でも、外見のことは本人には言わないほうが良いよ。何だかんだで気にしてるみたいだし」
「……そうか、気を付けておこう」
「あ、それと。教員云々の話は、後でじっくりさせてもらうからね?」
「う……」
ガルが尻尾を垂らした。その話題は辛いらしい。クールな雰囲気の彼にはミスマッチなそんな姿に、私は思わず笑ってしまった。
「まあ、それはともかく。ガル!」
「何だ?」
「次は、絶対負けないからね」
ガルはその言葉に、一瞬だけ不意をつかれたような表情をしたが、ちょっとしてから静かに微笑んだ。
「ああ、臨むところだ」
……何者でもいっか。まだ出逢ってからそんなに経ってないけど、この人とは上手くやっていける。そんな気がした。
……二限の教室。
「…………」
「………………」
私は、目の前の状況に言葉を失っていた。
コウとカイも唖然としている(レンは保健室送りになった)……何でなの?
何で……。
「つまり、ここにこの値が代入されるから、解は……」
「……あの、すみません、ちょっといいですかね?」
「どうした、瑠……綾瀬さん」
いや、どうした、じゃなくて。
「何でガルが数学教えてるの!?」
思わず素になった。あまりの事態に最初の5分くらい突っ込むタイミングを見落としてたけど……しかも、意外に分かりやすい。って、問題なのはそこじゃなくて。
「……説明したはずだ。数学の松井先生が急な出張になったらしく、代わりを頼まれた、と」
「いや、ガルの担当は闘技でしょ!? 誰に頼まれたのよ!」
「……慎吾だ」
「………………」
お父さん、完全に玩具にしてるよね? て言うか、ガルも諦めた顔で流されてないで、ちょっとは抵抗しよう? ……きっちり説明してもらわないと、ね。