重なる剣閃
「………………」
ギルドの裏手にある、俺たちが訓練に使っているスペース。そこで、俺とウェアは静かに向かい合っていた。
互いの手は、刀が握られている。と言っても、殺傷力を持たない訓練用のものだ。
周りでは他のメンバーが、固唾を飲んで見守っている。
互いに、まだ動きは見せない。全神経を集中して、相手の動きを伺っている。
じりじりと距離を詰める。確実に一撃を決めるタイミング、それを見計らって――
「……はっ!」
先に動いたのは、俺だ。一気に踏み込んで間合いを詰めると、ウェアの胴を狙い、刀を振るう。
そこに手加減は無く、この一撃で決めるつもりでの攻撃だ。だが、並の敵ならともかく、今回の相手はウェアだ。
「甘い!」
彼の刀は、危なげなく俺の一撃を受け止める。簡単にいかないのは承知の上だがな……!
俺はそのまま攻撃を続ける。ウェアの動きを見て、僅かな隙を見極めて、そこを狙って打ち込む。
だが、ウェアはそれを正確に防いでいく。隙があるように見えても、通してはくれない。まるで、俺の動きを予知しているかのようだ。
「くっ」
俺の剣術は、刀という武器の特性からして、基本的には一撃必殺を目的としている。
だが、その一撃が全く通らない。いけないと分かってはいるが、どうしても焦りが生まれていく。
「攻めは悪くない。的確に相手の動きが読めているな。スピードも、攻撃の重さも上々だ」
「…………!」
ウェアは受け止めながら、俺の剣への感想を述べる。それはつまり、俺についてじっくり観察する余裕が彼に残っていると言うことを意味する。
「さて、次は防御だ。しっかり受けろよ」
「っ!」
そう言うと、受けに回っていたウェアが、俺の振るった刀を弾いた。僅かに体勢を崩してしまった俺に、彼の攻撃が襲いかかる。
「ぐ……ッ!?」
何とか受け止めたが……凄まじい重みだ。模擬刀で出せる一撃とは思えない……!
「良くやった。続けて行くぞ!」
先ほどとは逆に、今度は俺が防御に回ることになる。言われたからではない。切り返そうにも、攻めの機会が全く見つからなかった。
ウェアの攻撃は、速く、鋭く、正確だ。その全てが俺の隙を、急所を捉えている。模擬刀だと分かっていても、死の感覚にぞくりとするほどだ。
俺は紙一重で攻撃を受け流していく。一瞬でも隙を見せれば、その瞬間に全てが終わる。嫌でもそれが分かった。
いつまでそうしていたか。俺からすれば、まるで数時間にも感じるほどだったが、実際は十数秒程度の攻防だっただろう。
「よし。防御も申し分ないな。それでは……」
ウェアが攻撃の手を止め、いったん下がる。息の乱れた俺に対して、彼はほとんど疲労した様子は無い。そして、彼が次に告げたのは。
「月の守護者を使え、ガル」
俺は呼吸を整えながら、さすがに想定していなかったその言葉に、目を見開く。
「……本気か?」
「お前自身の素の実力は掴めた。しかし、PSを使用しなければ、戦いでの真価を見極めることはできないだろうよ」
「しかし……あれを使えば、模擬刀でもどうなるか分からないぞ」
波動そのものが破壊力を持つ以上、怪我をさせない保証はできない。だが、ウェアはそんな俺の懸念に対して、小さく笑った。
「なに、気にするな。一撃も喰らわなければ良い話だろう?」
「………………」
分かりやすい挑発だ。彼の性格には似合わないほどに。
「ガル、お前は優しい。戦いの中で、相手を気遣えるほどにな。だが、時には本気で戦わねばならん時もある」
「……模擬戦ですら本気を出せない者が、実戦でそれをやれるのか、と?」
「意地悪な言い方をすれば、そうだな。お前にその覚悟があるのは、知らないわけでもないが。……本音を言えば、単純にお前の本気とぶつかってみたいってだけさ」
俺は返事の代わりに溜め息をつくと、精神を集中させる。全身に力が満ちていくイメージ。それと共に、背中に力の象徴である光翼が現れた。
「言っておくが、今さら加減をしようなどと思うなよ」
言われずとも。この力を使おうが、加減のできる相手ではない。
「今は、俺を憎むべき敵だと思え。俺を殺すつもりで来い!」
「……はああぁッ!!」
返答の代わりに、俺は渾身の力を込めて、ウェアに一撃を振るう。それを受け止めたウェアの表情に感嘆が浮かんだ。
今度は彼も防戦一方には回らず、反撃を繰り出してきた。俺も先ほどとは違い、受け止めたそれを弾いて、自分の攻撃に流れを戻すことができた。
刀と刀が、刃と刃がぶつかり合う音が、辺りに反響する。互いに譲らぬ、一進一退の攻防が続く。
月の守護者は、波動による攻撃だけではなく、己の身体能力を全体的に強化する。
この力を使っている間、俺の全ての感覚は極限まで研ぎ澄まされる。大袈裟な表現だが、見える世界が変わるとまで言っても良い。
先は受けるだけで精一杯だったウェアの攻撃に、今は反撃の隙を見付けることができる。……だが、力を使ってもなお、互角以上の状態にはならなかった。
俺の右足を狙った一撃を、左にステップして避ける。そのまま喉を狙って繰り出した俺の突きを、ウェアは的確に防ぐ。
防がれた反動を利用して距離を空けると、続けて波動の刃を飛ばす。だが、ウェアはそれを軽快に回避しながら、一瞬で間合いを詰めてきた。
「はは。流石だな!」
「…………!」
どこまで洗練されているんだ、彼の技は。攻撃と防御の間に隙が無い。彼の攻撃に合わせてカウンターを繰り出しても、次の瞬間にはしっかりと防御を行っている。動きに、一切の無駄が無いのだ。
「ふ。期待以上だよ、お前は。ならば――俺も本気を出すのが礼儀ってものだ!」
そう言って嬉しそうに笑うと、ウェアの攻撃が激しさを増した。
「なに……!?」
まだ余力があったとは。何という男だ、彼は。身体能力が強化された俺の動きについて来るどころか……俺以上の動きをするとは!
俺は、再び防戦一方に回らざるを得なくなった。相手がPSを使っていない、という圧倒的なハンデがあるにも関わらず、俺は徐々に押されていく。
「く……うっ……!!」
太刀筋が、速すぎる。まるで閃光のようだ。英雄の実力、これほどまでとは……。
「――――!」
それは、一瞬の出来事だった。
ウェアの身体が目の前から消えたかと思うと、俺の脇腹を狙って、今までで最も鋭く、速い一閃が襲いかかった。
俺はすんでのところでそれを防ぐが……衝撃を受け流すことができず、俺の手にあった刀は、無惨にも刀身の中ほどからへし折れた。
そして、武器を失った俺の喉に、ウェアの刀が突き付けられていた。
「勝負あり、だな」
「…………」
ウェアの宣言に返す言葉もなく、俺は溜め息を一つつくと、月の守護者を解除して負けを認めるしかなかった。