また、いつもの日常へと
――翌日。
「る、な、ちゃああん!」
「……はあ」
朝一番の包容。うんうん、やっぱりこれがなきゃ始まんねえな!
「……このエロ豹、昨日は大人しくしてたと思ったら」
「瑠奈から離れろ、貴様ぁ!!」
「やだね! どうして離れなきゃなんねえんだよ。お、瑠奈ちゃん、そのイヤリング買ったの? 似合ってんじゃん!」
「あ、あはは……」
うんうん、やっぱり女の子は、それをもっと輝かせる為のアイテムを使うべきだな。一段とキレイだぜ!
「すっかりいつも通りだよなぁ……つーか、前より酷くなってね?」
「ま、良いんじゃねえの? これはこれで、微笑ましい光景って事で」
「……微笑ましいのか、コレは?」
「へへ。俺様はムードメーカーだってコニィも言ってたし、楽しいのが一番だろ?」
「……今のそれはどちらかと言えば空気を壊しているだけです、アトラさん」
いつもならすぐに離れるとこだけど、せっかくなので思いっきり抱き寄せてみる。何か今までに聞いたことない声を出した狼がいる気がするけど、細かいことだ。昨日一日お預け食らったんだし、じっくり堪能しねえとな!
「今日はジンも朝から出てっし、フィーバータイムだぜぇ!」
「何がフィーバーだ、ふざけるな!! そこを動くな、今すぐ斬り落としてやろう!!」
「は、やってみろよ! 叩きのめして干物にしてやらぁ!」
こいつには悪いが、俺だって退く気はない。今日と言うチャンスに、しっかりと堪能――
――している最中、俺の首に鎖が巻き付いた。
「ぐがっ!?」
く、苦し……お、折れる! 何かミシミシ言ってる! 痛い、痛いって! ど、どういうことだ? ジンはいねえはずなのに。
そこまで考えたとこで、気付いた。この白い鎖は……。
「が……ふ、フィー、ネ……!」
俺が何とか振り返ると、そこにいたのはやはり、無表情な少女。それが怒っているように見えるのは、今の状況のせいだろうか。
「な、何の、つも……ゲホッ!」
や、ヤバ……こいつ、加減がねえ! ほ、本気で、折れる……死ぬ!
「……お仕置き」
「は、あ……!?」
「兄さんから言われたの。私がしっかりとアトラの手綱を握るようにと。もしもアトラがふしだらな真似をするようなら、しっかりとお仕置きしてやれと」
あ、あの野郎、なんつーことを仕込んで……て、てか、ヤバい……さ、酸素が……。
「ぐ、え……た、助、け……」
「心配しなくていい。ヒトの首が損傷する力加減は把握している」
ち、ちょっと意識が無くなりかけてきた。み、みんな、マジで、止め……。
「んー。まあ、自業自得って奴だよね」
「全くだな。三途の川まで見てこい、馬鹿が」
「はは……ドンマイ、アトラ」
「………………」
こ……この、薄情者、共! 美久に至っては、無言でどっか行きやがるし……!
「……最初の一回は、〈しゅじゅうかんけい〉をはっきりさせるために、きつめに絞めたほうが良いって兄さんが言ってたっけ」
……あんの、鬼畜、メガネ……てか、意味分かって、言ってんのか、こいつ……。
「少しぐらい、燃やしておくのもいい?」
「こ、殺、す、気か……ぐ、おあぁ……」
そのお仕置きに、やっぱりこいつら兄妹だということを思い知らされながら、俺は明日からの生活が本当に大変なことを身体に叩きこまれるのだった……。
「美久」
「……海翔?」
俺は、二階に上がった猫人を追いかけていた。彼女は部屋には戻っておらず、端っこの窓から外を眺めていた。
「アトラ、どんな感じ?」
「まあ容赦ないお仕置き中だよ。あいつもちょっとは懲りろって話だよな」
「ホントね。まったく、全然治ってないんだから。苦労するわ」
呆れたような口調で言う彼女。俺はその中に、少し寂しげなものを感じた。
「良いのかよ、お前は」
「何が?」
「とぼけんなよ。お前、気になってんだろ? あいつのこと。男として」
「……ふう」
ストレートに投げかけると、彼女は小さく息を吐いた。
「そうね。私はあいつのことを、ずっと気にしてた。あんたの言う通り、好きだったんだと思う」
「過去形かよ?」
「何て言うのかな。私があいつを気にしてたのって、やっぱり罪悪感の部分が大きかったの。あいつを傷付けた責任を取らなきゃ、私があいつを見守らなきゃ、って。だから、昨日ので何か、スッキリしちゃったのよね。勝手な話だけどさ」
「……そんなもんなのか」
「そうね、自分でもあっさり終わっちゃったなって思う。あーあ、初恋があんな奴なんて酷い話よね、全く」
女たらしのくせして肝心なとこに気付かないんだから、と言う、彼女の愚痴は何だか寂しい。
「これから、改めてあいつを好きになることも、もしかしたらあるかもしれない。だけど今は、あいつのこれからを見守ってやりたいってほうが大きいかな」
「ふうん……」
俺も、彼女と一緒に外を見る。いつもと変わらない風景が、そこにあった。
「じゃ、お前は今、フリーってことでOKか?」
「え?」
出し抜けに放った俺の一言に、彼女は目を丸くした。
「肝心なことに気付かねえって、自分もじゃねえか?」
「……なに、あんた。まさか、私を口説くつもり?」
「悪いか?」
俺が不敵な笑みを見せてみると、彼女は呆れたように溜め息をついた。
「あんたね。普通、仮にも失恋話の相談に乗った直後に口説く?」
「いや、失恋直後って狙い目って言うじゃん」
「うわ。それを直接、相手に言ってどうすんのよ」
「へへ、駆け引きとか無しに落としてやるって宣言だよ。……言っとくが、本気だぜ?」
はあ、ともう一度溜め息をついた美久は、だけど笑顔を見せてくれた。いつも通りの勝ち気な笑み。俺が惚れちまった表情だ。
「残念ながら、私は年下には興味無いのよね」
「へえ?」
「ま、あんたが私に釣り合う男になったら、考えても良いけどね。そうね……一年ぐらい待ってあげるから、興味を引いてみなさいよ」
「一年、ねえ。そんなに粘るつもりかよ」
「あら、一年くらい意外とあっという間よ。じゃ、期待しとくわね、海翔」
彼女はそう言うと、ひらりと身を翻して下に降りていった。
取り残された俺は、一人で外を眺めながら、物思いにふける。
挑発的な「待ってあげる」発言は、美久らしいっちゃらしいけど、今のところはほんとに眼中にねえんだろうな。ま、これで諦めるつもりはねえけど。しつこい男は嫌われるって言うけど、そこまで諦めは良くねえんだ、俺は。
それにな……美久。お前、一つだけ間違ってるぜ。
「一年って、意外と大きいんだぜ。何もかも、変わっちまうくらいにな」
溜め息混じりにそう呟いてから、俺もみんなの待つ下の階へと歩いていった。