答えは
「ガルの過去、エルリアの襲撃、そしてアトラの兄……思わぬ所で繋がったか」
「ああ。そして、その全てと関わっているのが、俺だ」
「昔にいた組織か。難儀な立場だな、お前も。だが、変に抱えるなよ? ウェアはもちろんだろうが、俺や獅子王も力は貸す」
「……分かった」
実際、ガルがキーパーソンになっている事は間違いねえんだろう。当人からすれば、たまったもんじゃないだろうが。
『既ニ改良型ガ投下サレテイタカ……』
「確かに強くはなってたけど、喋ったりできなくなってたっぽいぜ?」
『ムウ。ナラバ、我ラト同ジク実験用個体カモシレナイ。知能ヲ捨テ、戦闘力ニ特化シタノダロウ』
ノックス自身は、自分たちを話の上で兵器として扱うことに、特に抵抗を持っていないように感じた。……それが当たり前だったんだろうな、こいつの中で。これからは、普通の生活ってやつを教えてやりたいもんだ。
「そして、その男……アインと言ったか。お前がそう簡単に負けるとは、相当に厄介な野郎のようだな」
「ああ。恐ろしく強えのはもちろんだが、俺としては感情が全くねえ方が怖かったぜ。命令されりゃ、虐殺だって迷い無くやりそうな野郎だ」
他人の命も、自分すらもどうでもいい、全ては主のため……って感じだった。理解できねえし、したくもねえ。狂信者ってのは、ああいうもんなんだろうが……自分の死にも頓着しねえなんて、狂ってるって言葉じゃ足りねえ。
「俺の考えでは、恐らく、その男が転移装置の元になったのだと思う」
「何だと?」
「そいつの能力は空間転移なのだろう? あの装置は元々、他者にPSを上書きする仕組みだったからな。誰かのPSを元にした可能性は考えていたんだ」
「……なるほどなあ。研究対象が自分の側近なら、そりゃやりやすいやろうな」
だとすれば、ガルにとっては、ある意味あいつが全ての元凶だと言えるってか。
「でも、どうしてアトラ君が狙われたのかしらねぇ?」
姉さんの一言が、のんびりした響きで核心をつく。そう、俺が気になってたのはそこだ。
「多分、昨日の言葉を俺が聞いたのは、単にひとり適当に選んだだけだと思う。だけど今日のは、いまいち意図が分からねえ」
「単純に、単独行動した君が狙いやすかったんじゃないの? データ集めをしてたんでしょ?」
「するかどうかも分からねえ単独行動を昨日から張ってたってのか? たまたま知って狙ったってのはあるかもしれねえが、それにしちゃ過剰戦力ってやつだったぜ、ありゃ」
都合が良かったってのは分かるが、そもそも何であいつはバストールに残ってたのかって話だ。
「大量のデータが欲しいなら、それこそ工場を調べてる獅子王の方を狙えば良かったはずだしな。UDBの犠牲を考えてる感じでもなかったしよ」
「んん……あまり多いとデータ集めるのが追いつかないとか?」
『ソレハ無イナ。アノ方ノ情報処理スピードハ、半端デハナイノダ。ソレコソ昨日ハ、数ヵ所ノ戦イヲ同時ニ監視シテ、難ナクデータヲ纏メテイタワケダカラナ』
「じゃ、アトラのお兄さんを呼び寄せるためってのは?」
「いや。あいつはフェリオがいるって気付いてなかったらしい。俺と兄貴の関係は……もしかしたら知ってたかもしれねえけど」
「……あはは。なら、分かんないや」
案を全て却下され、レアンは投げ出す。だけど、彼だけじゃなくて俺にも分からない。それとも、深い理由は無いのか。何か、何かを見落としている気もするけど……くそ、気味悪いし、イライラする。
「どうやら今は、これ以上話しても平行線になりそうですね」
しばらく沈黙が続いたのを見て、ジンがそう切り出す。
「どの話も、決め手が欠けてしまっています。今の段階では、推測するしかないでしょう。もちろん推測も大事なのですが、見落としがあったとしても、煮詰まった状態ではなかなか気付けませんから」
「……そうだな。ならばこれに関しては、お互いに調査を進めて行くってことで良いか?」
「おお、任せておけ。獅子王はもちろん力を入れるが、本部にも報告しておくべきだろうな」
「頼むぞ。……どうやら、思ったよりも緊急性が高そうなんでな」
マスターがちらっとガルを見たのに俺は気付いた。そうだな……フェリオの言葉通りなら、こいつは狙われる可能性があるんだ。本人が一番気にしてるだろうけど。
それに、俺だって他人事じゃねえ。今回のことで、多少は目を付けられたかもしれない。そうじゃなくとも、フェリオが関わってるなら、無関係でいるつもりなんざさらさら無い。
――そんな中、ギルドのドアが開いた。
「邪魔するぜ……何だ、話は終わってんのか?」
ドアを開けて入って来たのは、チーターの獣人。そうだ、そういやこいつがいなかったんだ。
「リックか。お前、どこ行ってたんだ?」
「俺は依頼で出てたんだよ、悪いか。それよりお前、何か騒ぎ起こしたみたいじゃんか?」
「う……うるせえよ。いや、反省はしてるけどさ……」
憎まれ口のような応酬はいつものことだ。こいつはまあ、うちのギルドに対抗心バリバリ燃やしてる奴なんで、半ば一方的にライバル視されている。
歳が近い男だからか俺に食って掛かる事が多かったんだけど、最近はガルが来たからそっちに分散されてる感じだ。
「リックちゃん、ケンカを売りに来たわけじゃないでしょう?」
「……分かってるよ、姐さん。ほら、入れ」
リックはムスッとした顔で、後ろに呼びかけた。何だ、他にも誰かいるのか? いったい誰が――。
「…………!」
俺は自分の思考が麻痺するのを感じた。そこにいた人物は……オドオドとリックの影に隠れながら、俺の顔を伺っている。一度しか会ったことはねえが、昨日の今日で見間違えはしない。
「カイツ……!」
そう、そいつ紛れもなく、昨日に俺が助けた少年だった。俺が名を呼ぶと、あいつは軽く視線を落とした。
どういうことだ。何でこいつが? ……そう考えてから、俺はリックとカイツを見比べる。どっちもチーターの獣人で、毛の色も眼の色も同じ。……おい、まさかそんなことは。
「……弟が、世話になったそうじゃないか」
「弟……だって」
「俺、フルネームで名乗ってませんでしたよね? ……俺の名前、カイツ・ティンバーです」
……今日はいったいどういう日だ。兄弟って事を打ち明ける記念日か?
「不本意だけど……お前のおかげでこいつらが助かったって聞いた。だから、その、なんだ……えっと」
「リック、照れすぎだよ」
「う、うるさい! ……弟を助けてくれて、ありがとよ。感謝、してる」
あまりに慣れていない様子の礼に、普段なら軽口の一つでも返してやったかもしれない。けど、俺も今はそんな余裕が無かった。こんなとこでカイツと再会するなんて、考えてもいなかったから。
「ほら、お前も。隠れてないで前に出ろよ」
「う、うん……」
カイツはおずおずと俺の前に進み出る。そして……俺の頭に、昨日のこいつらの表情が蘇ってきた。急に、この場から逃げたい衝動にかられる。
「………………」
思わず一歩だけ下がりかけて……フィーネと目が合った。無感情なその視線に、諭されているような気になる。続いて、ジンが口を動かす。『確かめなさい』と言っているようだ。
そうだ、何を怯えてるんだ。ここで彼から逃げたら……今日のこと、全部ムダになるだろ。俺はもう、みんなを裏切りたくない。今度こそ、向かい合うんだ。
「よ、よう。他の奴らは大丈夫、だったか?」
「は、はい。全員、ショックは受けてるけど、何とか……」
「……そうか」
「……はい」
「………………」
「………………」
気まずい。言葉が出てこねえ。くそ、いっそ罵って終わりにしてくれ。
「あ、あの!」
「……何だ?」
「き、昨日は……本当に、すみませんでした!」
そう叫んだかと思うと、途端に、カイツは何を思ったか、膝をついて俺に頭を下げた――世間一般で言う土下座の――体勢になった。
「って、おい!?」
「俺、俺……アトラさんに助けられたのに、すごく失礼な態度を……!」
どういうことだ? なんで、こいつが謝ってるんだ? むしろ昨日のことは、怖がらせた俺の方が。
「その後、何度も謝ろうって思ったけど……アトラさんがすごく怒ってるみたいだったから、言い出せなくて」
「別に怒ってなんか……」
怒ってなんかなかった。だけど、そう反論できなかった。
思い返してみれば、顔をしかめて目をそらしてたんだ、俺は。それは、そう見えて当然の態度じゃないのか。こいつがちらちら俺を見てたのって、まさか、謝るタイミングを探して……?
「……俺、聞きました。アトラさんが、自分の力をすごく嫌ってるって」
「な……」
後ろを振り返る。メガネの奥で嫌味な笑みを浮かべる男が、そこにいた。
「時には荒療治も必要かと思いましてね。ちなみに、彼もあなたを探してくれたのですよ?」
この野郎、人の事をペラペラと……!
「アトラさん……俺があなたを怖がってるって思ったそうですね?」
「それは……」
何だこの状況。土下座してる相手に、何故か尋問されちまってるぞ。
「でも、それ……勘違いです」
「!」
何だって? 今、この少年は何て言った?
「俺、あいつらに襲われて、とても怖くて。それを助けてくれたアトラさんを、凄く格好良いって思ったんです」
「……は……?」
格好良い? 俺が? 悪魔と呼ばれた力を振るった俺が?
「でもあの時は、俺、少し気が動転しちゃってて……お礼言わなきゃいけないって気付いた時には、アトラさん、もう背中向けてましたから」
「…………!」
そうだ。俺は、こいつらとまともに顔を合わせようともしなかった。何一つ……確かめようともせずに。
「正直に言えば……雰囲気もガラッと変わっちゃったから、最初は少しだけ怖かったかもしれないです。だけどそんなもの、戦ってるアトラさんの姿を見たら、すぐにどっかに行っちゃいました」
「何……だって」
「だってアトラさん、俺たちを庇って、絶対に部屋に入れないように戦ってくれてたじゃないですか。みんなも言ってましたよ? アトラさんのこと、ヒーローみたいだって」
ヒーロー。その言葉が、頭の中で反響する。そんなこと……今まで、一度だって。
「アトラさん。俺、思うんですけど……どんな力だったとしても、一番重要なのって、その人がどう力を使うかじゃないでしょうか?」
「どう、使うか……?」
「はい。アトラさんは、俺たちのために力を使ってくれたんですよ。どうして俺たちが怖がる必要があるんですか?」
「………………」
カイツは、土下座したまんまなのを忘れたような笑顔で、迷い無く言い放った。その言葉は真っすぐで、何だか眩しくて……自虐で否定することすら、許してくれそうになかった。
「だから言ったでしょう。試しもせずに駄目だと言うのは感心しない、と」
「……はは……」
――ああ。こんなに、簡単だったのか。
今まで悩んでいたのがアホらしくなるくらいに。答えって、あっという間に出るんだな。
「土下座しながら、偉そうなこと言うんじゃねえよ。謝ってるのか、説教してるのか、どっちだよ……?」
「うーんと……どっちも、ですかね?」
「何だそりゃ……。あーあ、ほんっと……何のために悩んでたんだよ、ってんだ」
俺はただ……一人で勝手に、昔の幻に捕らわれていただけだった。昔、俺を罵っていた連中を、全ての基準にしていた。
フィーネ。君の言う通り、俺を受け入れてくれる人を遠ざけていたのは、俺だったみたいだ。自分だけで勝手に悩んで、苦しんで……本当に、俺って。
「馬鹿にも程があるよな。まったく……」
口では愚痴のように言いながら……俺は、言いようのない安らぎに包まれていた。