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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
3章 内なる闇、秘められた過去
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『我が家』への帰還

 横では海翔が電話を片手に誰かと話していた。少しして話が終わったようで、彼はそれをポケットにしまう。


「マスターにも見つかったって連絡しといたぜ。俺らが帰る時には、全員戻って来てると思う」


「うん。じゃ、みんな僕に乗って。行きと同じく超特急で飛ぶからさ」


「……ちょっとは加減してほしいわね……?」


 少し引き気味のコニィの様子から、来る時に背中の面々が味わった苦労が伝わってきた。ま、俺も乗った事はあるから分かるんだけど。

 ……フィオの上、か。我儘を言える立場じゃないんだけど、本音を言えば、歩いて帰りたい。


「そうだ、フィーネ。君はどうする?」


「私も、街に降りる予定。この国に来た目的を果たしたいから」


「ひょっとして、さっきの話に出てた、お兄さんに会いに来たとか?」


「肯定する。兄はカルディアの街にいるそうだから……でも、長い間連絡を取ってないから、詳しい場所までは知らない」


「おいおい、そこを知らねえのかよ」


「兄のとこに行くように勧めてくれた人は『いい機会だから、自分の足で捜しながら色んな風景を見る回るといい。なに、どうしても見付からなければ連絡してやるさ!』と言っていた。言い出したら聞かない人だから、従う方が効率的と判断した」


「……それに納得するのもすげえよな、ほんとに」


 マイペースとかそういう次元じゃねえ不思議っぷりにも、少し慣れてきた。

 兄の話に、一瞬だけフェリオの顔が浮かぶ。だけど、今は関係ないと、俺はそれを振り払った。次に思い浮かべたのは、さっきの会話。そして、()()()()()。俺の予想が正しければ……。


「どこの誰だか知らないけど、手伝ってくれてありがと。アトラの事も助けてくれたみたいだしね。感謝してるわ」


「いいえ。私も、彼に助けてもらったから」


 彼女の言葉は相変わらずそっけなく聞こえる。けど、それに悪い印象を覚えた奴はいないようだ。成り行きとは言え、共闘した仲だしな。


「街に降りるなら、君も乗ってかない? ここでサヨナラってのも寂しい話だし。あ、もちろん僕が怖くなければだけど」


「怖くはない。できるならば、お願いする。空の上は、興味深い」


 それにしても、フィオに対してもこの反応なのはすごいな。……むしろ、心なしかワクワクしてるように見える。


「捜し人なら、ギルドで力になれるかもしれませんね。アトラさんを助けてくれたお礼も兼ねて、協力させてもらえませんか?」


「いいえ、そこまでは……」


「いや、その必要は無えっぽいんだ」


 彼女が拒否するのを遮って、俺はそう言った。当然っつったら当然だが、みんなの視線が俺に向けられる。


「必要無いって、どうしてですか、アトラさん?」


「あ、誤解すんなよ。恩返ししたいってのは俺が一番思ってる。けど、もしかしたらそれ以前の話になるかもしれねえ」


「ふむ。何か、当てがありそうだな?」


「ん……まあ、当てってか、俺の予想が間違ってなけりゃ、だけど」


 にしても、もしこれが当たっていたら、何とも都合の良い話だ。でも、可能性としては十分に有り得る。……さっきの戦い方を見てから、余計にそう思った。


「ま、詳しい話は戻ってからにしようぜ。どうせ、話すことは山ほどありそうだし」


「……良く分からないけれど、ひとまず同行すれば良い?」


「ああ。フィオ、頼むぜ」


「了解。みんな、ちょっと狭いけど我慢してね」


 そして、俺たちはフィオの背中へと乗っかっていった。


 内心で、他のメンバーと顔を合わせた時の不安と……あいつのリアクションを考えながら。











 俺たちがドアを開けると、みんなは食堂の方に集まっていた。


「アトラ!」


 みんなは俺の姿を見て、口々に俺の名を呼びながら、席を立ってこちらに集まってくる。


「戻ってきましたか」


「ああ。みんな……ごめん」


 まず、俺は頭を下げる。それしかできなかったって方が正しいけど。長々と言葉を考えてみたけど、結局は精一杯にこの言葉を言うしかないと思った。


「ごめんじゃねえっつーの! 心配かけやがって、この野郎!」


「みんな、街中を捜して回ったんだぞ? 獅子王のみんなとかも協力してくれて……」


「どれだけ大変だったと……心配したと思ってるの?」


「もしお前が俺の教え子なら、拳骨の一つでも喰らわしていた所だ。まったく、久しぶりに走り回ったぞ」


 返す言葉も無かった。……不謹慎だけど、嬉しくもあった。みんなが怒ってくれるのは、心配してくれていたからでもあるのが伝わってきたから。それと同時に、心配をかけた申し訳なさが、余計に実感できた。


「さて、アトラ。言いたいことはいろいろとありますが、覚悟はできていますか?」


「……ああ。俺のしたことだ。責任は、取るよ」


 俺の行動は、裏切りだ。どんな罰を受けても仕方ない。それを覚悟して帰ってきたから。……そんな俺に向かい、ジンは深々と溜め息をついた。


「どうやら、本当の意味で吹っ切れたようですね」


「え?」


 ジンが浮かべた柔和な笑みに、俺は肩すかしを食らった気分になる。こいつこそ、俺を絶対に許さないと思っていたんだけど。


「これでまだウジウジとしているならば、1ヶ月ぐらいは縛って外に放り出しておこうかと考えていましたが……」


 ……それは本気だったんだろうか。本気だったんだろうな、こいつのことだから。


「決して誉められた行動でないにしろ、踏ん切りがついたのならば、私は良しとしましょう」


「ジン……」


「ただし、次はありませんからね。覚えておきなさい」


「……分かってる」


 言いつつ、彼は一歩だけ横に動く。そして、その後ろには……。


「……マスター」


「今回、自分がやった事が、どれだけ周りに迷惑と心配をかけたか、理解しているか?」


「……はい」


 マスターの声音は低かった。いつも優しいこの人だからこそ、それが余計に重く聞こえる。


「お前のやったことは、ギルドの風紀と結束を乱す行為だ。そして、俺はギルドマスター。違反を犯した者に、適切な罰を与える必要がある」


「………………」


「そこで、考えた。お前に与えるべき処罰と、言葉を」


 マスターは、すぐそばまで近付いてきた。……何もなしに済むとは思ってなかったけど、どうなるんだろうな。だけど、俺はしっかりと彼の目を見ることができた。

 俺は、しっかりとこの人を見て、どんな罰でもきちんと受け止めるって決めたから。もう、目をそらして、逃げるのは嫌だから。


「……良い目だ」



 マスターは、そう呟くと……静かに微笑んだ。

 そして――彼の両腕が、いつかのように俺を包み込んでいた。



「え……ま……マスター?」


「今後、何があろうと、俺たちの家族として生きること。決して仲間から逃げられないこと。それが、お前への処罰だ」


 その声は、さっきのが何だったのかと思える程に、優しい。


「辛いなら、辛いと言え。苦しいなら、それを抱え込むな。もっと周りを信頼しろよ。それが、仲間ってもんだ」


「マスターって……本当に、甘いよな」


「ふふ。なんだ、鉄拳制裁でもしたほうが良かったか?」


「……いや。俺には、これが丁度良いかな」


 この甘さも含めて、俺はこの人を尊敬しているんだから。


「お帰り、アトラ」


「ああ。マスター、みんな……ただいま!」


 少しだけ気恥ずかしさを感じながらも、あの時と変わらず俺を包み込む優しさに、俺は少しだけ身を委ねていた。


 けど、いつまでもこうしているわけにもいかない。まだ、話が残っている。


「……そろそろ良いか、マスター? この歳になって、男に抱き締められてるってのも、絵がキツいしな……」


「父親が息子を抱き締めるようなもんだ、別に良いじゃないか」


「良いけど、恥ずかしいんだよ!」


 照れ隠しも含めて包容から離れる。周りはそんな光景にくすくすと笑っていた。


「それにしても、何があったのですか?」


「何がって?」


「この短時間で、気持ちが切り替わったようですので。よほど、劇的な体験でもしたのかと思いまして」


「ああ、それは今から説明するけど……その前に、入ってくれ」


 俺の合図に、外で待ってもらっていた少女が、ギルドの中に入ってくる。

 そして――予想通りの人物が、動きを止めた。いつもなら決して見せない、動揺した表情を浮かべて。


「フィーネ……!」


「……ジン兄さん?」



 ――俺とフィーネ以外の時間が、見事にフリーズした。






『兄さんんんんんん!?』


 ……とりあえず、今日はまだまだ大変な一日になりそうだな。














「……まず、誤解を招かぬうちに説明しておきましょうか。そうせねば話が進まぬようですし」


 いま、ジンは全員の好奇心の視線にさらされている。珍しく尋問される側に回った男は、少し疲れたような表情になっていた。その隣には、相変わらず無表情なフィーネ。


「まず、私と彼女は血縁関係にはありません。義兄妹とでも言うべきですかね」


「なるほど。確かにそこまで似てねえもんな。歳もかなり離れてるみてえだし」


 髪の色や瞳の色とか、基本的な特徴からしてだいぶ違う。顔立ちはそこそこ似ている気がするんだけど。


「その……私が昔いた場所とでも言っておきましょうか。彼女とは、そこで共に過ごしていたのです。数年でしたが、まだ幼かった彼女の面倒を見るうちに、彼女は私を兄と呼ぶようになったのです。私の事情もありましたからね」


「お前の事情?」


「ええ。彼女には、少し面影がありますから……私の、亡くした妹に」


「え……」


 ジンが少しだけ漏らした過去。彼は一瞬だけ、見たことのない暗い表情を浮かべた。本当に一瞬だったけど。


「まあ、その話は置いておきましょうか。どうして、私とフィーネの関係に気付いたのですか、アトラ?」


「ま、単純にフィーネが『ジン兄さん』って言ったからだよ」


「我ながら、そう珍しい名前でもないとは思いますが」


「フィーネから聞いた話が、いかにもお前の言いそうな言葉だったってのと、戦い方が少しお前に似てたってのもあるぜ。鎖を飛ばしてる辺りとか」


「……あれは、兄さんの戦い方を真似たものだから。似ているのは必然」


 いや、あの時はまだ半信半疑ではあったけどな。色々と重なって、ビンゴだったってやつだ。


「では、フィーネ。あなたは何故、私を訪ねてきたのですか?」


「……兄さんの手伝いをしろ、と言われたの」


 兄と再会できたってのに、彼女はあくまでも無感動だ。いや、良く見ると少し嬉しそうか? ……うん、あまりに変化が無いから、逆にどうとでも取れるだけかもしれない。


「手伝い、ですか。誰の差し金かはだいたい分かりますが。全く……連絡の一つも無しに」


「ごめんなさい。先生からも、何も言わずに行った方が面白いって言われたから」


「まあ、そんなところでしょうね。私の居場所すら知らずにそれに素直に従うあなたもあなたですが……後でしっかり抗議しておくとしましょうか。もしもアトラに出逢えていなければ、あなたは宿すら取れなかったでしょうからね」


 確かに、飛びっきりの世間知らずっぷりを発揮してる彼女が、街でトラブルを起こさなかったとは思えないな……ジンが本気で疲れたような顔をしているのは珍しい。


「それで、兄さん。私は、どうすれば良い?」


「こういうことをするならば、そこを考えて行動しなさい……。……マスター」


「ん、あー……俺も大体の事情は察した。ここで寝泊まりさせる分には、もちろん構わないぞ。仮に帰したら、後で色々と言われそうだ」


 さすがのマスターも、ちょっと困惑気味だ。マスターは当然ジンの過去も知ってる筈だし、どうやら『先生』とやらと面識もありそうだ。フィーネはそんなマスターにも淡々と返していく。


「寝泊まりだけではなく、仕事も手伝う」


「君が? うちがどんな仕事をしているのか、分かっているのか?」


「心配しなくていい。ギルドという組織は、荒事が大半だという知識はある上で言っている。戦闘も……大丈夫。そうでしょう? アトラ」


「まあ、実力のほうは確かだと思うぜ。さっきも一緒に戦ったけど」


「ああ、それは大丈夫そうだ。ここのみんなと比べても、遜色ない実力なのは俺も保証する」


「……ガルが言うなら、大丈夫なんだろうが」


 ……俺はスルーかよ!

 マスターがジンに視線を送ると、あいつはやれやれと言いたげな様子で頷いた。それを確認してから、赤狼がフィーネに向き直る。


「正直、俺は君と出会ったばかりで、君がどんな子なのかは分からない。だが、どうやらアトラも世話になったようだからな。その礼と言うわけではないが、君が俺たちの一員となるのならば歓迎しよう」


 マスターは最初にそう断りを入れてから、改めてフィーネに問い掛ける。


「念のため、もう一度だけ考えてから答えてくれ。君は、ジン以外のみんなとも、仲間として振る舞い、家族となることを約束できるか?」


 少しだけ、時間が流れる。みんなも、仲間になるかもしれない少女を、じっと眺めている。


「大丈夫。私は、多くの人と接するように、とも言われているから。それに……アトラがいれば、退屈はしなくて済みそう」


「いや、何でそこで俺が出てくるんだよ?」


「あなたと話して、あなたに興味が出て来たから」


「興味って、お前」


 本来なら口説き文句のような言葉だが、彼女の場合は本当の意味での興味、と言うか好奇心なんだろうな。横で、「ほう、興味ですか……」とか呟いてるメガネの、楽しそうな笑顔が怖すぎる。


「良いだろう。正式な手続きは後日になるが、君のギルド入りを認定しよう」


 マスターは軽く微笑み、そう口にした。少しからかうような視線が俺に向く。


「全く、世の中とは分からないものだよ。一人の家出が、結果として家族を増やすことになるのだからな」


「それ、嫌味かよ?」


「ふふ、嫌味のひとつぐらい言わせな。お前のために年甲斐もなく走り回ったんだ、こっちは」


 言いつつ、俺も自然と笑みを浮かべていた。ああ。この出会いが得られたなら、悪くなかったのかも……なんて、さすがに図々しすぎだよな。


「〈赤牙〉ギルドマスターとして、君を歓迎しよう、フィーネ」


「ありがとう。これから、よろしくお願いする」


 彼女は頭を下げる。その瞬間、また彼女の笑顔を見た気がした。



 何と言うか、今日どころか、明日以降も忙しくなりそうだな。だけど……悪くねえ、な。







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