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ルナ ~銀の月明かりの下で~  作者: あかつき翔
3章 内なる闇、秘められた過去
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フェリオとアトラ

 UDB達の姿は、すでに俺達の周りには無かった。倒した端からどこかに消えていったんだ。さすがに血とかはそのままで、戦いの跡だけが辺りに色濃く残っている。

 フェリオは容赦なく殺してたし、俺らだって手加減はできる範囲でだ。奴らを哀れとは思うけどな……。


「さらに追加はねえよな?」


「心配はいらないだろう。恐らく、奴の目的は達成しただろうからな。忌々しいが」


 そう言いつつ、フェリオは俺たちに背を向ける。そんな彼に、俺より先にガルが呼び掛けた。


「フェル、お前、どうしてここに?」


「成り行きだ。……記憶はどれだけ戻った、ガルフレア?」


「……あれからは、ほぼ変わっていない。未だに、俺が何者なのか、お前たちの目的は何なのか……欠片も思い出せていない」


「そうか。ならば、ここで刃を交える必要はなさそうだな」


 その声が、どこか安心したようにも聞こえたのは、俺の気のせいだろうか? どっちにしても、この二人はやっぱり知り合いかよ。俺も言いたいことは山ほどあったが、空気を察して、少しだけ待つ。


「やはりお前たちは、俺の居場所にも、動きにも気付いていたのか?」


「ああ。やはり、記憶の手掛かりを求めているようだな」


「そこまで分かっていて、なぜ泳がせる。俺は、裏切り者なんだぞ」


「……一つは、今のお前など、その気になればいつでも始末できるからだ」


 その不穏な言葉に、辺りの空気が張り詰めた。思わず身構えるみんなに、フェリオは小さく溜め息をつく。


「言ったはずだ、ここで刃を交えるつもりは無いと。今のお前はまだ、おれ達にとって障害には満たない……おれも、お前を斬ることを望んではいないからな」


「……フェル」


 確かに敵意は無さそうだ。みんなも、ゆっくりと構えを解いていく。

 ……訳ありなのは聞くまでもねえが、フェリオは本当にガルと戦いたくないんだってのは分かる。斬る、と言った時、少しだけ辛そうに見えたから。


「次に、英雄を敵に回したくはないからだ。ウェアルド・アクティアス……彼は何よりも強い戦士だ。上村 誠司も一騎当千の豪傑。エルリアの英雄たちも、お前を害したと知れば激怒するだろう。そこまでのリスクを背負ってまで、お前を始末するメリットはない」


「………………」


「それから、もうひとつ。お前に、今の世界を考える猶予を与えるためだ」


「猶予、だと?」


 ガルはフェリオの言葉を、そのまま聞き返す。


「意味は自分で考えろ、そこまで面倒は見ない。ともかく、当面の間は、おれ達がお前を襲う事はないと考えればいい」


「……分かった。今は、それを信じよう。ならば、もう一つ聞かせろ」


「何だ?」


「お前は、アトラの存在にも気付いていたか?」


 その質問に、今までずっと泰然としていたフェリオが、小さく目を伏せた。俺がガルの言葉に疑問を感じる前に、フェリオが返答する。


「ああ、知っていたよ。それこそ、何年も前からな」


「な……何だって?」


 我慢できずに声を上げる。知っていた、だって? 俺のことを。何年も、前から?


「何だよそれ……! 俺が、お前をどれだけ捜してたと思ってるんだ!」


「全てが終わるまで、会うつもりは無かったんだ。もしもこいつと接点を持たなければ、ずっとそうするつもりだった」


「ふざけんなよ! 俺がこの何年か、どんな気持ちだったと思ってんだ? もう会えなかったら、とか、お前が死んでたら、とか……嫌なことばっか、想像してたってのに。それなのに、お前は!」


 何の情報も入ってこなかった数年間。俺の中には少しずつ、不安だけが募っていった。眠れなかった日だってあった。苦しかったのに。本当に、苦しかったのに。


「事情があったとしても……生きてることぐらい教えてくれて良かっただろ! もうお前と会えないかもって……俺は!」


「………………」


「俺、ずっと心配してたんだぞ、なあ……! 何とか言えよ! 兄貴!!」


「……!?」


 フェリオは……兄貴は、深く息を吐いた。みんな驚いているけど、ガルはそうでもなかった。フィーネも反応はない。


「やはり……お前がアトラの」


「おれ達の関係にいつ気付いた、ガル?」


「昨日、こいつの過去について聞いた時だ。お前も、よく弟の話をしていたからな。最初は、まさかと思ったが」


 フェリオは、ゆっくりと俺の方に顔だけ向けた。少しだけ、表情が和らいでいる気がした。


「あれから、もう十五年ほどが経つ。一目で気付いてくれるとは、思わなかったがな」


「見間違えるわけねえだろ! お前は俺にとって、唯一の血が繋がった相手じゃねえか……!」


「……そうだな。済まなかった」


 黒毛の豹人ってだけなら、そう珍しくもない。だけど、どれだけ成長してても、小さな頃の面影は、少なからず残っていた。俺は……兄貴のことが好きだったから。別れ際に、困ったように笑って「いつか迎えに来てやる。だから、元気でいろよ」と言ってくれたあの顔が、ずっと焼き付いていたから。


「叔父さんが亡くなった今、おれにとっても肉親はお前だけだ。……だからこそ、関わらせたくなかった。接点を持ってしまえば、お前を巻き込んでしまう危険があると思ったからな」


「……ずるいだろ、そんな言い方。俺の気持ちも知らねえで、馬鹿兄貴」


 俺の本姓は、エクシアだ。だけど、愛着なんざ何もない……ろくでもなかった事ぐらいしか記憶にない実の親の姓より、俺たちを本当に可愛がってくれた叔父さんの姓を名乗りたかった。


「どこで聞いたんだ、叔父さんのこと?」


「最初は、おれもお前を捜していた。逢えずとも、無事と居場所は知っておきたかったからな。その過程で知った」


「……そっか」


「孤児院を出たと知った時はさすがに肝が冷えたがな。何とか、今の居場所を突き止める事ができた」


 そこまで知ってるなら、俺があの国でどんな目に遭ってきたかも、知ってるんだろうな。


「……いずれにせよ、生きていてくれて、嬉しかったよ。その点について、俺はウェアルドに心から感謝している。お前を地獄から救い出してくれたあの人を……。迎えに行ってやれなくて、済まなかった」


「……いや、いいんだ。俺だって、お前が生きてくれてた、それだけで……」


 思えば、子供のころから不器用な兄だった。熱が出てることを隠して仕事をしてから後でぶっ倒れたり、「こうすべきだ」って思ったらそのまま止まらない、そういう人だった。

 フェリオが昔のままだって実感すると、少しだけ落ち着いた。そうすると入れ替わりに浮かんでくるのは、山ほどの疑問だ。


「だけど兄貴、それと何も聞かねえかってのは別の話だぜ。どうして、会いに来れなかったんだ? 兄貴は今、何をしてるんだ。あの男、アインは何者なんだ?」


「……全てに答える事はできないがな」


 フェリオは俺からの質問に口を開きつつ、視線を全体に向けた。


「まず、最後の質問に答えよう。あの男は……いや、あの男たちは、ある人物の野望を叶えるために動いている」


「野望?」


「ああ。思い上がった男の、愚かしく、下らない野望だ。だが、厄介なことに、世界を巻き込む力を持った野望でもある」


「……抽象的すぎて分かんねえよ。どういう意味だ?」


「具体的に言うわけにもいかない。それに……近いうちに、嫌でも知ることになる」


 フェリオはそこで言葉を止めた。これについてはここまで、ってか。意味深な言い方しやがって。


「じゃあ、お前は? あいつと同盟みたいな事も言ってたじゃねえか」


「表面上は、だがな。確かに今は協力態勢を取ってはいるが、それは騙し合いにすぎない。互いが互いを出し抜くためのな」


 確かに、仲が良さそうには見えなかったけどな。アインの野郎も、いずれは戦うつもり、みたいな態度だったし。


「おれ達は奴らの抑止力でもある。奴らを好き勝手にさせれば、またエルリアのような事態が起こりかねないからな。もっとも、今回のような勝手な行動も目立ってきたが」


「行動が活発化してきた、と?」


「そうだ。本格的な動きを見せるのも、そう遠くはないだろう。そして、お前は嫌でもそれに関わることになるぞ、ガル。マリクはお前に興味を持っているからな」


「……俺が記憶を取り戻せば、奴らの危険因子となるからか?」


「それだけでは無いだろうがな。おれ達を出し抜いて、お前を狙ってくることもあるだろう。吞まれたくなければ、備えておけ」


 ガルは小さく唸った。狙われてるなんて聞かされりゃ、間違いなく気分の良い話ではないだろう。


「なら、あいつらじゃなくて、お前たちの目的は何なんだ?」


「………………」


 質問を投げかけて、少し待つ。だけど、返事はなかった。


「あいつらがヤバい連中だってのは何となく分かった。けど、それを知ってるお前たちは何者なんだよ?」


「……今は話せない。おれ達はまだ、表に出る時では無いからな」


「何だそりゃ。都合の悪いとこだけだんまりかよ。それじゃ、お前たちもあくどい事を企んでるみたいにしか見えねえぜ」


 実の兄にこんな事を言いたくはない。本当なら、話したいことは他にたくさんあった。だけど、これは言わないといけない。俺だって、みんなを守るギルドの一員だ。


「一つだけ言えるとすれば……もう悲劇が起こらないような、そんな世界のため、だ」


「悲劇だって?」


「ああ。おれ達のような存在を生まない世界……矛盾を孕んでいようが、そのためならば、おれは」


「兄貴……?」


「……悪いな、アトラ」


 唐突な謝罪を口にしたかと思うと――兄貴の姿が、少しずつ消え始めた。


「フェリオ!?」


「お前がそいつの仲間である以上、近いうちにまた会うことになるだろう。その時、敵か味方かは分からないがな」


「おい、待てよ! まだ話は……」


「ガル。時間はある……もう一度考えろ。お前は、何の為に戦うべきか。お前の目指す世界は何なのか」


「…………!」


 フェリオの姿は、どんどん薄くなっていく。最後に一瞬だけ振り向いたその表情に浮かんだものは、何なのだろうか。それも、もう見えない。


「……お前たちと戦わずに済むことを、願っているぞ」


「待てって! おい! 兄貴!!」


 俺が駆け出すのは、少しだけ遅く……フェリオの姿は、完全に風景の中へと溶け込んでいった。


「フェリオ! フェリオ!! ……フェリオ……」


 何度その名を呼んでも、もう返事は無かった。俺は、全身から少しずつ力が抜けていくのを感じた。


「アトラ……」


「馬鹿、兄貴……まだ、言いたいこと、いくらでもあったってのに……!」


 生きていて、凄く嬉しかった。だけど、それを素直に喜ぶことができないのが、結局何も言えなかったのが、たまらなく悔しくて。自分の瞳に、涙が滲むのが分かった。



 そんな俺の背に、強い衝撃が走った。軽い痛みに驚いて振り返ると、美久が平手で俺の背中を叩いたらしい。


「ほら、元気出しなさいアトラ!」


「美久……?」


「お兄さんは生きてたんでしょ? なら、また会うことだってできるじゃない。だったら、次にガツンと言ってやったら良いのよ! ここでウジウジしてても何にもなんないでしょ?」


「………………」


 彼女は明るい笑顔を俺に投げかける。手荒な発破だけど……本気で心配してくれたからこそなのは、分かる。


「バカみたいに調子乗ってるほうが、あんたらしいんだからさ。ね?」


「……おう」


 そうだな……こいつの言う通り、まだ先があるんだ。ここでヘコんでる場合じゃねえよな。

 俺は涙を拭うと、みんなの方へ向き直った。まず、やらなきゃいけないことがある。


「みんな……改めて、いろいろと迷惑かけて、ごめん」


 俺は、深く頭を下げる。これだけで足りるとは思わないけど、精一杯の感情を込めて。


「俺、一人で勝手にグダグダ考えて、すげえ怖くなって……みんなを、信じきれてなかった。特に、美久……お前は、内心では俺を避けてるって、勝手に決め付けてた」


 こいつはただ、良心だけで俺に付き合ってくれてるだけだと、そう思ってたとこが確かにあった。だから俺も、無意識に彼女を避けてたんだと思う。


「けど、みんながここに来てくれて、凄く嬉しかった。みんなと一緒にいたいんだって、やっと分かった」


「…………」


「だから、その。上手く言葉にできねえけど……俺、こんな勝手な野郎だけど。みんなのとこに、帰っても良いか?」


「馬鹿だね、君も」


 からかうような口調でそう言ってきたのは、フィオだった。


「だって、そうでしょ。自分の家に帰るのに、どうして誰かの許可が必要なのさ?」


「あ……」


 巨獣の顔に、優しい笑みが浮かぶ。


「他のみんなにも謝る必要はあるだろうけどさ。その他は、難しい言葉なんて必要ないよ。ただ一言、ただいまって言えばね」


「……フィオ」


「あ、さっきは僕だけ何も言えてなかったっけ。じゃ、改めて。君の力は確かに異質だよ。だけど、考えてみなよ。うちのギルドは、本物の化け物な僕を受け入れるような人ばっかなんだよ」


「お前、それは……!」


「別に自虐じゃないよ? ただの事実さ。まあ、つまり……僕たちをあまり見くびるなって事だね!」


 何がつまりなのかはあまり分からなかったが、だいたい言いたい事は伝わった。ホントだな……俺はみんなを舐めてた。こうも、簡単だったのに。


 美久が、俺に手を伸ばす。


「帰りましょ。マスター達の所に」


「……おう!」


 俺は、少しだけ泣きそうになりながら、それを握り返した。

 ああ。帰ろう。早く帰りたい。俺の、家に!

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