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新米教師

「……そういうことか。最初のクラスを教えてくれた時に、慎吾が妙に楽しそうだった理由が、はっきり分かった……」


 私達の存在に気付いたガルは、肩をすくませてそんな事を呟いてる。さっきの絶叫と合わせて、クラス中の視線が私達に注目しているけど、今はそれどころじゃない。


「な……何で、どうして、どうやって!?」


「それは、俺が一番聞きたいことだ……」


 ガルの声には、どこか諦めに似た響きが混じってた。疲れた顔をしてるのは、たぶん気のせいじゃない。


「一つだけ言われたのは……特例、だそうだ」


「と、特例?」


「ああ。仕事が必要だった俺の事情と、闘技の教員が不足していた学校の事情から、急遽、採用してくれた……」


 いや、確かにガルには仕事が必要だろうし、教員不足も事実なんだけど、そういう問題じゃなくって。


「そ、そもそもお前、教員免許なんて持ってねえだろ!?」


「今は、な」


「今は、って?」


「昨日、俺は慎吾に連れられて、色々なテストを受けさせられた。基本的な学力と、戦闘技術のな。慎吾によると、闘技の教員試験と同じもの? らしいが……」


 彼自身もあまり状況を飲み込めてないらしくて、言いながら困惑してると言うか、自信がないと言うか、そんな声だった。


「そ、それで?」


「結果は合格、だそうだ。……俺にも良く分からないが、すぐに働いても問題は無く、近日中に正式な教員免許も発行される、と慎吾が言っていた」


『………………』


 ……油断してた。お父さんって、『そういう』人だった。

 人脈が広い、ってのは何となく分かるんだけど、それにしても「法に触れてないよね?」と心配になるようなことをやらかすし……それも動機の9割が「面白そう」で動いちゃって、しかも遠慮なく人を巻き込む……ものすごく厄介な人なの忘れてた……!


「コホン。クロスフィール先生、そろそろ良いでしょうか」


「あ……も、申し訳ありません」


 上村先生の咳払いで、私達は今が授業中なのを思い出す。ガルは慌てて先生に頭を下げた。流されるままにとんでもない立場になったせいか、一昨日よりも腰が低い気がする。そんなガルを、先生はちょっと同情してるような目で見ている。


「事情は私も知っていますから、困惑しているのは理解しています。……あなたも災難ですね、本当に」


 上村先生の溜め息は、間違いなくお父さんに向けられたものだ。……先生はお父さんの被害者代表だろうからね。


「綾瀬達も、気持ちは分かるが後にしろ。他の奴らが混乱しているぞ」


「で、でも。先生……こ、これはさすがにちょっと」


「疑問なら、後で綾瀬先生に問い詰めればいい。ひとまず、今だけは納得してくれ」


 そう言われて、少し考える。確かに、ここで何を言っても、何も変わらない。上村先生が認めてるなら……うん。


「分かりました。今だけ、何も言いません」


「そうか。助かるぞ」


 納得したわけじゃない。でも、私達の事情で授業を邪魔してもいけないよね。とりあえずはこの時間だけ、ガルが教師だと置いておこう、と決める。コウ達も戸惑いながら、私に続いて頷いた。


 ……うん。この順応の早さは、絶対にお父さんのせいだ。あの人は、こういう全く訳の分からないイベントを思い出したようにねじ込んでくるから、突飛もない出来事に私もお兄ちゃんもある程度の耐性がついてしまってる。だからガルのことにも落ち着いて対応できたってのはいいんだけど、考えてみるとちょっと虚しい。


「では、クロスフィール先生。改めて、自己紹介をお願いします」


「は、はい。……俺はガルフレア・クロスフィールです。本日よりこの天海高校に新任となり、皆さんの闘技を担当させていただく事になりました。未熟者ではありますが……よろしくお願いします」


 意外なほどに流暢な敬語だった。本人は敬語を使われるのが苦手だって言ってたけど、使うぶんには問題ないみたいだね。

 挨拶が終わって、女子からまた歓声が上がっている。「声も素敵」だとか「優良物件」だとか聞こえてくる……うん、今さらだけど、私もガルのことはすごくかっこいいと思う。そんなこと考えてる場合じゃなかっただけで。でも、当の本人は自覚が無いのか、きょとんとしてる。

 それと一緒に、私達にもみんなから興味深そうな目線が集まっている。もし上村先生がいなかったら、質問ラッシュが始まりそうだ。先生はみんなの反応に気付きながらも、流すことにしたみたい。


「今日はクロスフィール先生には、流れを掴んでいただくためにも、試合の一組目に入っていただくつもりです。なので、さっそく相手を募集……」


「あ、俺やってみたいです!」


「私も私も!」


「いーや、ボクが最適だと思います!」


「どさくさに紛れて触りたい!」


「イケメン死すべし……!」


 先生が言い終わる前に、あちこちからアピールの声が上がった。噂の新任教師の力が知りたいのはみんな一緒だろう。欲望とか嫉妬100%の声は気のせいってことにしておく。

 ちなみに、私も手を上げてたりする。余計なアレコレは置いといて、この人がどれだけ強いのかちょっと興味があった。


「ならば、まずは綾瀬にやってもらおうか。先生も知り合いの方がやりやすいだろうし、クラスの上位者を見てもらった方が全体のレベルも分かるだろう」


「ええー!?」


「贔屓だ横暴だ鬼ライオンだ!」


「元気が有り余っているならば、動けなくなるまで私が相手してやろうか?」


『モウシワケアリマセンデシタ』


「……あはははは、ごめんねみんな」


 全員が一瞬で大人しくなる。先生はものすごく強くて、クラス全員をまとめて相手しても余裕で勝っちゃうくらいなんだよね。


「全く。そもそも、クロスフィール先生は私とほぼ……いや、余計なことは言うまい。今日は自由組み手だ。相手を見つけた順に私に言ってこい。いつも通り、10組までが最初のグループで、終わり次第に入れ替わりだ。ああ、それと。先生への質問は授業が終わってからにしろよ」


 上村先生の号令に、みんなが思い思いに散っていく。私達はひとまず、少し不安げな目でこっちを見ていたガルのもとに向かった。


「瑠奈……済まない、面倒な事態にしてしまって」


「謝らなくてもいいよ。と言うか、私こそお父さんが無茶したみたいでごめんね。まあ、その話は後でしよっか。今はしっかり相手してよね、ガル?」


「……ああ」


 微笑んであげると、ガルは少し安心したみたいだ。私だって、彼が一番の被害者だってことは分かってるし、責めるつもりはない。


「しっかし、凄え人だよなあ、慎吾先生も。どんな裏技使ったんだか」


「本当にな。斜め上どころじゃないぞ」


「あの人は昔っからこうだよなあ。それ分かってても予想できねえことしてくるから怖えんだけど……それよりも。分かってるよなあ、カイ?」


 驚愕が通り過ぎ、さっきの事を思い出したのか、コウが黒い笑顔と共に、カイの肩をがっしりと掴む。


「ふう。まあいいぜ、気が済むまで相手してやろうじゃねえか」


 口では鬱陶しげに言いながら、カイも乗り気らしい。まあ、この二人は元からライバルだからね。理由はどうあれ、勝負するのは望むところみたい。


「さて、ならおれは……」


 あ、そうか。私がガルとだから、レンが余っちゃうんだ。でも、レンの相手になる人なんてそうそういないし……いや。そういや、今日からあの子が帰ってきてたね。レンも同じことを考えてるみたいで、集まるクラスメイトに向かって呼びかけた。


「ルッカ! 相手を頼めるか?」


 その呼びかけから少しして……みんなの中からひょっこりと、小さな影が姿を見せた。


「お待たせしました。ええ、もちろん大丈夫ですよ」


 その子は犬人の男の子で、クラスメートの一人。毛並みは明るいブラウン、少し長めの髪を後ろで結んでいる。ライトブルーの大きな瞳に、いつも浮かべている優しい笑顔。

 特徴と言えば、その160センチにも満たない身長。優しげな顔とあいまって、小学生や女の子と間違えられることだってあるらしい。血統としてはゴールデンレトリーバーが濃くて、別に小型犬じゃないんだけど……って話題を前にコウがうっかり漏らした時には半泣きになってたから、だいぶ気にしてるらしい。


「ふふ、でも驚きましたよ。まさか噂の先生とみんなが知り合いだなんて。また慎吾先生絡みですか?」


「あはは。まあ、そんな感じだね。ルッカ君がいないときに、ちょっと色々あってさ」


「君は?」


「失礼、申し遅れました。僕はルッカ・ファルクラムです。よろしくお願いします、クロスフィール先生」


「……ああ。こちらこそ、未熟者だがよろしく頼む」


 にこやかに頭を下げたルッカ君に、ガルは手を差し出した。ルッカ君も嬉しそうにそれを握り返す。

 彼は、名前の通りに出身はエルリアじゃないんだけど、小さな頃からこの国に住んでて、特にレンとは幼なじみでとても仲良しだ。私達にとっても良い友達で、一緒にお昼を食べたりも多い。ちなみに、誰にでも敬語なのは、癖みたいなものだって言ってた。


 だけど、彼はこう見えて、私達と一緒に闘技大会の予選を通過した実力者でもある。小柄で可愛らしい印象とは裏腹に、よく見ると服の下には引き締まった筋肉があってよく鍛えてるのが分かる。たぶん、クラスで一番強いのが彼だ。だからって、大会で負けるつもりはないけどね。


「じゃあ、相手も決まったことだし、早く上村先生のとこに行こっか」


「……そうだな。相手を頼むぞ、瑠奈」


「さあ、今日こそ息の根を止めてやるぜ、カイ!」


「ひゅう、おっかねえの。けど、寝言は寝て言えよ。残念ながら、お前ごときに負ける俺じゃねえぜ」


「お前には負け越しているからな。今日は勝たせてもらう」


「こちらこそ、そう簡単に負ける気はありませんよ?」


 それぞれが様々な思いを持ちつつ、私達は組み合わせを上村先生に伝えに向かった。







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