匿名恋愛相談で「隣の席の男が嫌い。でも他の女子と話してるとムカつく」と相談されたんだが、おそらく俺のことだ。
「嫌いな男がいます。
顔を見ると腹が立ちます。
でも、他の女子と話しているともっと腹が立ちます。
病気でしょうか」
放課後。五時十二分。
匿名相談フォームに届いた文章を前に、俺は三十秒ほど悩んだ末、キーボードを叩いた。
「病気ではないと思います。
それは多分、恋です」
送信してみると、一分後に返信が来た。
「最悪です」
相談員に向かって最悪とは何事だ。
俺は一応、この学校の生徒会が運営している匿名相談フォーム『放課後ポスト』の相談員である。
といっても、いじめだの家庭問題だの、本当に重いやつは先生やスクールカウンセラーへ回される。
俺たち生徒の担当は、部活、友人関係、恋愛、そのほか「先生には言いづらいけど誰かには聞いてほしい」程度の話だ。
なぜ俺がそんなものをやっているかというと、去年、生徒会書記の姉のパソコンを直してやったせいである。
『人の話を聞くのとか、上手そうじゃん』
という、雑にもほどがある理由で勝手に名簿へ入れられた。
実際には聞いていなくて、文字を読んでいるだけなんだが。
「恋じゃありません。
あんなやつのこと好きになるくらいなら、一生独身でいいです」
また送られてきた。
「では、どういうところが嫌いなんですか?」
「全部です」
「具体的には?」
「毎日シャーペンを忘れます」
適当な相槌を打とうとしていた俺の指が止まる。
「私が貸すと【朝倉文房具店は品揃えがいいなぁ〜”とか言ってきます。
人を店扱いしてくるんです。
返す時には毎回、勝手に芯を満タンにして返してきます。
そういう小細工で帳消しになると思っているところもムカつきます」
俺はそっとノートパソコンから手を離した。
この世に毎日シャーペンを忘れ、朝倉という女子から借り、返却時に芯を補充している男子高校生が何人いるのか。
少なくとも、俺の知る限り一人しかいない。
「…………俺じゃん」
そして朝倉は、俺の隣の席に座っている女子だ。
・
「ねぇ、瀬尾」
翌朝。席に着くなり、朝倉が俺を睨んできた。
肩にかかるくらいの黒髪。目つきは悪いがパーツは整っている。
頭もよくて、教師受けもよくて、男子からは勝手に学年一だの何だの言われている。
その評価について異論はない。
性格については……なんとも言えない。
「なんでしょう、朝倉文房具店さん」
「本日をもって閉店しました」
「不景気のせいか。それとも石油?」
「お前のせいだよ」
俺が机の上にシャーペンを出すと、朝倉の眉がぴくりと動いた。
「……今日は持ってんのね」
「昨日、買ったんだ」
「……へえ」
「何だよ」
「別に」
朝倉の機嫌が明らかに悪くなった。
(なんでだよ。シャーペン持ってきたのに……って——)
昨日の相談が本当に朝倉なのだとしたら、俺が突然シャーペンを持ってきたことで、何か勘づかれる可能性がある。
匿名相談の内容は口外禁止だ。
相談者の特定につながるような行動も避けろと言われている。
まずい。
「やっぱ貸して。シャー芯もったいないし」
「死ね」
「接客が荒くなったのが閉店理由か。分かるよ、二代目になって増長するタイプ——」
「自分の使え!」
クラスの何人かが、こちらを見て笑っている。
朝倉は俺の机にシャーペンを叩きつけると、顔を窓の方へ向けてしまった。
耳が少し赤い。
昨日までなら、怒ってんなぁ、で終わっていたのだが……。
今日の俺は、その横顔を少しだけ長く見てしまった。
もし本当に、こいつが俺のことで相談しているなら。
(……いや、ないだろ。朝倉だぞ)
俺がプリントを後ろへ回し忘れただけで、無言で脇腹を小突いてくる女だぞ。
恋ではない。どちらかと言うと殺意だ。
・
その日の放課後。
相談フォームを開くと、例の相談者から続きが来ていた。
「昨日はすみません。
少し言いすぎました」
律儀じゃないか。
ああいや、毎日シャーペンを貸してくれる時点で律儀ではあった。
「気にしていませんよ。
それで、今日はどうしましたか?」
「嫌いなところを考えてきました」
宿題みたいに言うな。
「授業中すぐ寝ます。
先生に当てられると起きて、私に助けを求めてきます。
体育祭の係決めでは最後まで寝たふりして逃げました。
そのくせに、私が用具係に選ばれそうになると、代わりに引き受けてくれました」
それは俺です。
「雨の日に傘を忘れた一年生に自分のを渡して濡れて帰ってました。
馬鹿だと思います」
馬鹿じゃねぇだろ。
「教室で一人で弁当を食べていた転校生に、次の日から毎日くだらない話をしています。
本人は“あいつが俺の昼寝を邪魔してきてさ”と言ってましたが、嘘です。
自分から話しかけてます」
転校生って山田のことか。
あいつ、実はめちゃくちゃ物知りで面白いんだぞ。
「他には?」
「まだ必要ですか?」
「嫌いなところを聞いたはずなのに、途中から悪口になっていませんよ」
三分ほど返信が途絶えた後。
「相談員さん、性格悪いですね」
思わず笑ってしまう。
「では質問を変えます。
その人のいいところは?」
「ありません」
「今、三つくらい書いてたじゃないですか」
「ありません」
「分かりました」
「何か文句でもありますか?」
「いや、ないですけど。
嫌いな相手のことを、普通そこまで見ませんよ」
今度は、五分くらい返ってこなかった。
「最悪でう」
誤字ってんじゃねぇか。
俺はキーボードに指を置いたまま、しばらく動けなかった。
・
次の日から、朝倉を見る目が少しだけ変わった。
正確には、見ないようにして失敗した。
「瀬尾」
「ん?」
「今日、静かじゃない?」
「俺だって、静かな日くらいあるさ。海と同じよ——」
「体調悪いの?」
「何でちょっと心配そうなんだよ」
「別に。心配してないけど」
「じゃあ聞くな」
「……ムカつく」
いつも通りである。
だが、どうにも落ち着かない。
——こいつ、俺のこと好きなのかもしれない。
そう思ってしまうと、もう前のように接することができそうにない。
授業中、朝倉が消しゴムを落とした。
拾って渡してやる。
「ありがと」
もしかして、俺のことが好きなのか?
昼休み、廊下ですれ違う。
「次、移動教室だから」
もしかして、俺のことが好きなのか?
午後の授業中、俺が寝ていると教科書で頭を叩かれる。
「起きろ」
これは普通に腹が立つ。
ある日の放課後、クラスの佐々木に、文化祭の買い出しを手伝ってくれと言われた。
「瀬尾、行ける?」
「相談の当番が終わってからなら」
「じゃあ駅前だけ付き合ってよ。男子一人ほしくてさ」
「荷物持ちじゃねえか」
「バレた?」
佐々木が笑う。
その瞬間、右隣からカチン、と強い音がした。
朝倉がシャーペンを机に置いた音だった。
「朝倉?」
「…………なに?」
「そ、そんなに強く置いたら、芯が折れちゃうぞ」
「折れてない」
「……機嫌悪い?」
「普通」
普通じゃないです。
翌日の放課後。
来てるだろうなと思いながら相談フォームを開いた。
「今日、そいつが他の女子と楽しそうに話していました。
不愉快でした」
俺が昨日、買い出しを手伝っている間に書いたんだろう。
申し訳ないが、ちょっとだけ嬉しかった。
「嫉妬だと思います」
「知ってます」
「認めるんですね?」
「認めたくないから相談してるんです」
おいおい、おいおいおいおい。
可愛いぞ。どういうことだよ。
「その人に好かれたいですか?」
「分かりません」
「では、嫌われたいですか?」
「それは嫌です」
すぐに返ってきた。
口元が勝手に緩んでしまう。
「だったら、答えは出ている気がしますけど」
「相談員さん」
「はい」
「今、ちょっと笑ってませんか?」
鋭すぎるだろ。
え、俺が相手だってバレたのか?
「笑っていません」
「嘘つき」
バレてらぁ。
・
問題は、その三日後に起きた。
「好きだと認めます」
放課後ポストを開いた瞬間、とんでもないメッセージが届いていた。俺は椅子の背もたれに寄りかかる。
とうとう認めたらしい。
相手が俺でなければ、気楽に祝うことができた。
「おめでとうございます」
「でも、たぶん向こうは私を嫌っています」
……バレていたわけじゃないのか。
俺が笑ってたことを見抜いただけで、相談員と瀬尾が重なっているわけではなさそうだ。
続きが来る。
「毎日喧嘩するし、可愛げがないって言われたこともあります。
私も可愛く振る舞える性格じゃないです。
なので、諦める方法を教えてください」
心臓がギュッと傷んだ。
可愛げがないと、確かに言った覚えがある。
一か月くらい前、朝倉に『少しくらい人に頼れば』と言われて、売り言葉に買い言葉で。
『お前は何でも一人でできるもんな。
可愛げなくて結構なことで』
そんな感じだったと思う。
朝倉は、その場で俺の脛を蹴った。
それで終わったものだと考えていたが……全然終わってなかったらしい。
「諦める前に、本人へ聞いたらどうですか」
いや、やめよう。消す。
「あなたの勘違いかもしれません」
これも消した。
相談員の立場を使って、自分に都合のいい方向へ誘導するのはよろしくない。
でも、諦めろなんて……死んでも書きたくない。
結局、十分くらい悩んだ末に。
「瀬尾さんに、今ここへ書いたことをそのまま伝えてください。
それで振られたら、そのあと一緒に諦める方法を考えましょう」
なんかもうワケが分からなくなって、送ってしまった。
「鬼ですか?」
返信は早い。
きっと、相手が俺だと知ったら二年ぐらい返事できないはず。
「逃げたまま嫌いになるよりマシです」
「簡単に言いますね」
「簡単じゃないですよ」
「告白とか、したことあるんですか?」
「ありません」
「ないんじゃん」
「ないからこそ、他人には偉そうなことを言えるんですよ」
「分かりました。明日、言います」
俺は固まった。明日?
「早くないですか?」
「言えって言ったのそっちですよね?」
おっしゃるとおりです。
・
翌日は、朝から何も手につかなかった。
朝倉は普通だった。席につくや否や、俺に「今日は貸さない」と言い、そっぽを向く。
昼休みも普通だったし、五時間目も普通だった。
(もしかして、相談者は朝倉じゃないのでは……?)
俺とほぼ同じ行動をする別の男がいて、そいつの隣にも朝倉という女がいるのでは。
そんな奇跡に期待し始めた六時間目の終わり。
「瀬尾」
朝倉が俺の机を指で叩いた。
「今日、放課後空いてる?」
「……当番あるけど」
「十分でいいから」
「……どこ行くんだよ」
「中庭の裏」
「…………分かった」
朝倉はそれだけ言うと、逃げるように教室を出ていった。
俺は机に突っ伏した。
「何、告られんの?」
前の席の佐々木が声をかけてくる。話を聞いていたのだ。
「ち、違うと思う」
「へぇ〜? 顔、めっちゃ嬉しそうだけど?」
「うるせぇ」
・
放課後になり、俺は当番のことなど忘れて中庭に向かっていた。
朝倉は既に到着していた。校舎から少し死角になっている場所で、腕を組んでいる。どこの剛の者だよ。
「遅い」
「まだホームルームが終わって五分も経ってないんだぞ」
「私が先に来てたから遅い」
「無茶苦茶だな」
「うるさい」
朝倉は俺を睨んだ。
いつもの顔だったが、腕を組んでいるのは、指先が落ち着かないのを隠すためだ。
「それで……話って?」
分かっているくせに聞いてしまった。
朝倉は一度、俺から目を逸らした。
「……私さ」
「うん」
「瀬尾のこと、嫌いなんだよね」
「知ってる」
「最後まで聞け」
「はい」
「だらしないし、すぐ寝るし、人のことからかうし。シャーペン毎日忘れるし」
「最近は持ってるだろ」
「黙れ」
褒められることだろ!
「あと、誰にでも同じように話しかけるのも嫌い」
「それって悪口?」
「マジで今は黙って」
「すみませんでした」
朝倉は息を吸った。
「佐々木さんと喋ってるの見た時、めちゃくちゃムカついた」
声が少し小さくなる。
「一年生に傘あげてた時も、次の日に風邪引いてたでしょ? 馬鹿だと思ったし、転校してきた子と毎日ご飯食べてるの見て……」
彼女は何も言わなかった。
「だから」
朝倉が、ようやく俺を見た。
「好き」
顔が真っ赤だった。
「……私と付き合って。嫌なら、ちゃんと振って。勝手に諦めるなって言われたから」
俺が書いた言葉。
やはり、相手は朝倉だったのだ。
「……誰に?」
「放課後なんたらの相談員」
「へえ」
「何よ、その顔」
「いや、朝倉の背中を押してくれたんだろ? いい人だなと思って」
「性格悪いよ。めっちゃ偉そうだし」
それはすみません。
「……で?」
朝倉の声が震えた。
「返事」
ここで焦らすほど、俺も性格は悪くない。
「…………俺も好きだよ」
「……は?」
朝倉は、何を言われたのか分からないという顔で俺を見た。
「だから、俺も朝倉のこと好きだって……聞こえてる?」
「聞こえてる!」
急に怒鳴られた。理不尽である。
「じゃあ何だよ」
「いや……だって……」
朝倉は俺から目を逸らすと、さっきまで組んでいた腕を解いた。
手をどこに置けばいいのか分からないのか、制服の裾を握ったり離したりしている。
「……いつから?」
「いつからって言われてもなぁ」
そんなもの、俺にもよく分からない。
放課後ポストで朝倉の相談を読むようになってから、急に意識し始めたのは確かだ。
だけど、それならそれまで何とも思っていなかったのかと言われると……。
「たぶん、結構前だと思う」
「何それ、適当すぎない?」
「いや、だってさ。普通、嫌いな女から毎日シャーペン借りないだろ」
「それは瀬尾が忘れるからでしょ」
「まあ、そうなんだけど」
朝倉がじっと俺を見る。
「……何?」
「今、何か隠した?」
「隠してないよ」
「怪しい」
「で、でもさ……朝倉だって、俺のこと好きなのに毎日死ねとか言ってたじゃん」
「話逸らすな」
「逸らしてないよ。お互い様じゃんって話」
「何がお互い様なのよ」
朝倉はそう言いながらも、さっきまでの張り詰めた感じは少し消えていた。
正直、もっと劇的なものだと思っていた。
告白されれば心臓が飛び出しそうになるとか、頭の中が真っ白になるとか。
実際には、普通に朝倉が目の前にいる。
いつもみたいに俺を睨んで、いつもみたいに文句を言っている。
ただ、これからは俺がこいつを好きで、こいつも俺を好きだと知っている、という違いはある。
「……じゃあ」
「ん?」
朝倉が小さく息を吐く。
「付き合うってことでいいの?」
「お、おお……」
「ちゃんと言って」
「面倒くせぇな」
「は?」
「すみませんでした」
付き合う前なら殴られていたところだ。
付き合った後でも殴られるかもしれない。
俺は姿勢を正した。
「朝倉雫さん」
「なんでフルネームなのよ」
「雰囲気作ってんだよ!」
「そういうのいらないから」
「じゃあ朝倉……俺と、付き合ってください!」
「…………はい」
めでたい場面なのだが、二人とも何も言えなくなってしまった。
「……何か言ってよ」
「いや、その…………朝倉こそ」
「私はない。もう用事終わったもん」
「じゃあ帰る?」
「そういう意味じゃない!」
難しいな、彼女という生き物は。
「じゃあ何すればいいんだよ」
「知らない。私だって初めてなんだから」
「俺もだよ」
「…………そうなの?」
朝倉が、ちらっと顔を上げた。
「何でちょっと嬉しそうなんだよ」
「別に」
「その別に、今日何回目?」
「うるさい」
「とりあえず、一緒に帰るか」
「……当番は?」
「今日ぐらいサボってもいいだろ。放課後——」
いいかけて、危うく飲み込んだ。
危ねえ。マジで危ねえよ。
「……そ。なら、一緒に帰ろ」
朝倉が一歩、こちらへ寄ってくる。
その距離がいつもより近い気がする。
肩が触れるほどではないけど、今までなら絶対に立たなかった場所……かもしれない。
俺たちはそのまま歩き出した。
「瀬尾」
「ん?」
「一個聞いていい?」
「どうぞ」
「最近、ちゃんとシャーペン持ってきてるじゃん」
「ああ」
「昨日、買ったって言ってたよね?」
「言ったな」
俺は歩く速度を少しだけ上げた。
「瀬尾?」
「いやぁ、今日もいい天気だなぁ」
「曇ってるけど」
「過ごしやすいよな」
「瀬尾」
後ろから肩を掴まれた。
「筆箱見せて」
「何でだよ」
「いいから」
「プライバシーって知ってる?」
「彼氏になったんでしょ?」
「彼氏にプライバシーはないの?」
「ない」
「怖ぇよ」
結局、鞄を奪われた。
「待ってくれ、やめろって」
「うるさい」
朝倉が俺の筆箱を開けると、中にはシャーペンが三本入っていた。
一つは最近買ったやつで、残り二つは、ずっと前から持っている。
「…………」
「…………」
朝倉が、そのうち一本を取り出した。
「これ、前から持ってたよね?」
「いーや新品だね」
「こんなに汚れてるのに?」
「俺ってほら、毎日砂で手を洗ってるから」
「で、いつから持ってるの?」
「去年とかですかね」
シャーペンをカチカチとノックしながら、朝倉はやたらと圧の強い笑みを浮かべる。
「…………半年くらい、毎日私に借りてたよね?」
「そうだっけ」
「そうだよ!」
腕を叩かれた。
「痛い痛い痛い」
「何で持ってるのに借りてたの!?」
「いや、その……」
「何」
言いたくない。
付き合った直後に言うことではない気がするが、逃げ切ることは不可能に思える。
「……話す理由になるから」
「…………」
「毎朝、貸してって言えば朝倉と話せるし」
「…………」
「あと、芯入れて返すとちょっと喜ぶし」
「喜んでない!」
「……朝倉?」
「きも」
「おい」
「普通にキモい」
「お前、今さっき俺に告白したよね?」
「したけどキモいものはキモい!」
ひどい彼女だ。
「別れようかな」
「早すぎるだろ! まだ校門も出てないぞ!」
「相談員さんに聞く」
「何を?」
「付き合った男が、シャーペンを持ってるのに半年間ずっと私から借りてたんですけど、別れた方がいいですかって」
「やめとけよ。相談員さんも困るだろ」
「何であんたが相談員さんの気持ち分かるのよ」
「…………一般論さ」
朝倉は怪しそうな顔をしていたが、それ以上は追及してこなかった。
・
翌日の昼休み。放課後ポストに新着相談が届いていた。
「彼氏ができました。
相談員さんのおかげです。
ありがとうございました」
うん、良かったですね。
「ところで、その彼氏がシャーペンを持っているのに、半年間ずっと私から借り続けていたことが判明しました。
気持ち悪いので別れていいでしょうか」
早速言ってんじゃねぇか。
付き合ってから、まだ一日も経ってないぞ。
「五回ぐらい寝てから考えた方がいいと思います」
送信。一分もしないうちに返信が来た。
「それ、彼氏も言いそうです」
「よくある言い方だと思います」
「そうですか?」
「そうですよ」
「相談員さん」
「なんですか?」
「前に私、好きな人の名前って書きましたっけ?」
メールを遡ってみる。
彼女は、朝倉という自分の名字は書いていた。
しかし俺の名前までは書いていない。
なのに数日前、俺は。
『瀬尾さんに、今ここへ書いたことをそのまま伝えてください』
完全にやっちまった。
「相談員さん?」
「はい」
「瀬尾?」
俺は無言でブラウザを閉じた。
机の上に置いていたスマホが震えた。
表示されている名前は——朝倉雫。
(……出たくねぇ)
ただ、出なかったら教室に戻った時、もっと怖い。
俺は覚悟を決めて通話ボタンを押した。
「……もしもし」
『瀬尾』
「はい」
『瀬尾だったのかよ!』
鼓膜が吹き飛んだ。
「匿名相談なので、その質問にはお答えできません」
『もう答えてるだろ!』
「個人情報保護の観点から——」
『私の個人情報だけ全部知ってんじゃん!』
「勝手に書いてきたんだろ!」
『そうだけど! 当番ってそれかよ!』
電話の向こうで、朝倉が何かに顔を埋めたような声を出した。
『うわぁぁ……最悪……』
「いやでも、俺はちゃんと相談員として——」
『最初から、私だった知ってたの?』
「…………初日の時点で」
『死ね!』
「彼氏に言う言葉じゃなくない?」
『彼氏だから言ってんの!』
「どういう理屈だよ」
しばらく沈黙が続いた。
さっきまであんなに怒鳴っていたのに、急に何も聞こえなくなる。
「……朝倉?」
『…………別れないから』
「え?」
『だから!』
一気に声が大きくなった。
『キモいけど、別れないって言ってんの!』
「お、おう」
『何その返事!』
「いや、嬉しくて」
また黙り込んでしまった。
俺は何となく笑ってしまう。
「じゃあ明日もシャーペン貸して」
『死ね』
「そこは彼女らしく、いいよって——」
『絶対貸さない』
通話が切れた。
付き合って一日足らずで、俺は何度死ぬことになるのだろうか。
相談員としては最悪の仕事をした気がするが……朝倉に話しかける理由には困らなそうだ。




