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白竜の嘆き

作者: 朽原
掲載日:2026/01/21

その日の雪は、気の所為のはずだが、少し生臭いような感じがした。まるで下処理できていない狼のような。そんな匂いだった。私は普段通り、集落へ移動する唯一の旧横川トンネルへ入ることにした。余談だが、このトンネルは、戦前のころからつくられて、戦争が激化すると、このトンネルに身を潜めて過ごす者も多かったという。


ちょうど100m程歩いた頃だろうか、出口の光が見えてきた頃、足元に、ズドンとなにかが当たったような気がした。すこし硬めのクッションといったところだろうか、不穏に思い、ふと下を見ると、作業着を着た40代ほどのスキンヘッドの男が、血を流していて倒れていた。人は本当に驚いた時には叫べなくなる。とはまさにこのことだと思い知らされた。私は冷や汗が滲み、脳内は墨汁に塗りつぶされたようなそんな感じがした。私は走った。体勢を崩しながら、震える足で、怯える心で、集落の警察へと連絡しに行ったのである。


その日の横川警察署はこれ取って代わり映えのない、普段の日常を過ごしていた。わざとらしいストーブの熱気。安物のホットコーヒー、全てがまるで安物の映画の小道具のようだった。事務所で一番右端にいる、飯田柚香は、目は輝きの欠片もなく、ただぼんやりとパソコンを見つめていた。彼女は昔から警察に憧れを持ち、この職業を志してきた。


「なんでこう..どうしようもない感じなんですかね..」と呟いた。23歳。虚しさと期待外れの混じった呟きであった。それを横目に見ていた、年上の男、南有馬が微笑しながら、「何を言ってるんだ、飯田。警察官ってもんは一気にテロを撲滅させたり、サイバー組織と戦うってもんじゃなくて、地域に寄り添うもんなんだぞ...」とベテランの風格を表そうと努力しているのが分かるように説明をした。


すると、これまでにないような緊張感が部署を走った。「旧横川トンネルで、男性の遺体が発見..!直ちに急行せよ!」と、響いた。部署では先程のようなリラックスムードは煙のように消え、全員が真剣な眼差しで、動いたり、会話をしたりしていた。


「飯田,何してる?早く行くぞ!」「はい!!」やっとできた。このようなやり取りを、このような展開を私は望んでいた。勿論、人の死を喜んでいる訳では決して無い。だが、この警察官らしい仕事がようやく回ってきたのだ。


現場に到着すると、一瞬、野生動物の仕業じゃないかと感じた。トンネル内のコンクリートには赤く滲んだ血、少し残る腐卵臭のような匂い、なにより、被害者の男性の有り様、人がやったとは思えなかった。むしろ人がやっては欲しくなかったと重く考えを募らせていると、どころからか鑑識官のシャッター音や、遠くから聞こえるパトカーの音、規制線を貼るビニールの音などで、ようやく、現場にいると気付いた。


「おい、,,,おい飯田!!」「はい!」と反射的に返事をした。「何ボートしてんだ?」そう急かされて、私はトンネルを出て、集落へ聞き込みを開始した。南さんの背中は、何だか普段よりずっと頼もしい気がした。


「じゃあここからは、別行動に別れて、聞き込みだ、俺は東側、飯田は、西側を聴き込め、30分後にここに集まれ」「はい、了解しました」といい、はけることにした。南さんは普段から単独行動を好む。そのせいなのか部署の人から距離を置かれている。しかし情報は優秀なので、部署の中で逆らうものはほとんどいない。


「すみません、、」とぎこちなく私が聞くと、「どうしましたか?」と80代ほどの男性の老人がやさしく応えてくれた。なれないやり口できいても、老人は知らないと答えて、その場を立ち去った。私は焦っていた。初任務だからこそ、成果を上げる必要があるのに、と理想の自分はこんなはずではなかった。巧みな話術、頼りにされるようなそんな姿を思い浮かべたいたのが途端に恥ずかしくなった。


その後、なんの成果を挙げられないまま、私は30分後に約束していた場所へ帰ってきた。「どうだ?何かあったか?」とほんの少しだけ期待して来るように聞いてきた。「..すいません.何も..」と少し震えた声で言うと、「..そうか、戻るぞ」と返された。気の所為かもしれないが、私はドキッとした。きっと期待が失われるのが、怖かったのだろう。一方の南さんは情報をたくさん聴きこんでいて、やはりベテランは素晴らしい、と心に刻んだほどであった。


その後、署に戻ろうとすると、「君は先に帰ってなさい、私はまだ残るから」と告げてきた。本当なら同行したかったのだが、[私のようなお荷物がついて行っても邪魔だよね]と感じ、了承した。


署に戻ると、わざとらしい暑さの暖房が私を迎え入れた。


「おかえり、初仕事どうだった?」と捜査本部の鈴木さんが尋ねてきた。鈴木さんは警察では珍しく温厚で、よく後輩を誘って飲みに行ったりしている。いわゆる世話好きだ。「.何も…」「そっか,でもまだ頑張れば大丈夫だよ!」と励ましてくれた。嬉しかった。ここに入って初めて温かい言葉をかけてくれたのだから、1時間ほど経つと、南さんが帰ってきた。南さんはいつも捜査の時には赤いジャンパーを着て捜査しに行く。奥さんが手作りしてくれた愛用品のようらしい。それが今日は特に雪に濡れていて、よっぽど長い間操作をしていたのだろうと、関心しつつ、早くあそこに追いつきたいという欲望も沸き立っていた。


翌日、何気なく出勤すると、南さんはお休みだった。珍しいと思いつつも仕事に取り掛かることにした。なんだか上司がいないからか、少し気持ちは軽かった。


作業中、書類のまとまったファイルを取ろうとすると、肘に南さんのペン立てが当たり、ペンが散乱してしまった。慌てて拾っていると、妙なもの目に止まった。数あるペンの中に一つだけ形状がおかしいものがあった。不思議に思いながら、見ると、あることに気が付いてしまった。ペンに小型カメラが設置されていたのだ。私は絶句した。というより何が起きているのかが信じられなかった、単なる偶然だと思い、その場をやり過ごそうとしたが心臓の音が何かを伝えているようだった。


その時、肩に手を叩かれると、電流が走ったような気がした。「あの事件の捜査なんだけどさ、ちょっと行ってきて聞き込みしてくれない?」と鈴木さんに頼まれた。私は駆け足で、雪の中の道を駆け抜けた。一刻も早く、たどり着かなくてはいけない。そう思い駆け抜けた。トンネルにたどり着くと、どうしてか震えが止まらなかった。そして、覚悟を決め、入口へと入った。このトンネルでは足音がよく響く。それが尚更恐怖を掻き立てられるような気もした。


すると、人の姿が見えた。出口の逆光でよく姿は見えないが、なんだか安心した。それは一瞬で砕かれた。「おぃ...こんなところでなにしてんの?」と氷のような冷たい、刃物ののように痛い声が響いた。それも聞き覚えのある声で、人影は、南さんだった。彼は笑いながら、「ぁぁああ、、もう言い逃れ無理っぽいね..あのペンにも気付いたぽいしねぇ..」状況が理解できない。危ない。逃げなきゃ。と考えがよぎったがどうやら体は「動かない」という判断に至った。


「この赤パーカーもさぁ..血がついたってバレないようにするためにやってたの..分かんなかったの?馬鹿だね。」と首を絞められるような苦しい声が私の脳内で再生された。憧れていた人は、こんなにも残忍な人だったのか。そう思っていると、彼は近づいてきて、「見られたら殺すってのが俺の鉄則なの..最初の男だって、俺の正体に気づいちゃったからなの..」と言ってきた。後に分かったが最初の男は彼がナイフを持ってふらついているのを目撃して、通報しようとしたところ、見つかったらしい。あぁ私はこれで終わるんだ。そう悟った。人は簡単に信頼してはいけない。過去の自分にメッセージを送るなら間違いなくこれだろうと、泣きながら想像した。私はしゃがみ込んで手を上げた。それから先のことは、記憶にはない。

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