第8話 異世界ロジカルシンキング
私は路地の壁に背中を預け、腕を組んだ。
「……さて」
闇医者をやると決めたのはいい。
志は高い。使命感もある。
ついでに金も欲しい。(正直)
でも、問題は——
「拠点が、ない」
当たり前だ。
私は今、
・所持金ゼロ
・身分証なし
・住居なし
・人脈なし
・土地勘ほぼなし
という、異世界サバイバル難易度【ハード】の状態にいる。
「……これ、RPGだったら初期村にも入れてもらえないやつ」
しかも闇医者。
表で堂々と「診療所開きます!」なんてできるわけがない。
私は頭の中で、医学生時代に叩き込まれた問題解決プロセスを引っ張り出した。
① 現状把握
② 利用可能なリソースの洗い出し
③ 制約条件の確認
④ 仮説立案
⑤ 実行計画
よし、やろう。
異世界でもロジカルシンキングは裏切らない。
① 現状把握
私は異世界人。
ロストンでは完全に身元不明者。
→ 貴族・役所・治安組織には近づけない
→ 契約が必要なものは無理
→ 正規の仕事も無理
つまり、
「表ルート、全滅」
② 利用可能なリソース
ここが重要。
私は自分の手を見つめた。
「……医学知識、あり」
日本の医学部レベルとはいえ、
この世界の医療水準を考えると、かなりのアドバンテージ。
「……治癒魔法、あり(多分)」
さっき、無意識に使えそうな感覚があった。
再現性はまだ不明だけど、強力なのは確か。
「……あと、私自身」
体は健康。
逃げ足もそこそこ。
覚悟もある。
「……意外と、手札はあるな」
③ 制約条件
問題はここ。
・金がない
・身分がない
・固定の場所を借りられない
・目立つと貴族や騎士団に潰される可能性あり
「……つまり」
私は指を折りながら呟いた。
「固定店舗 ×
派手な看板 ×
大規模な設備 ×」
……全部ダメ。
「じゃあ、どうする?」
④ 仮説立案(オリカ式)
私は目を閉じて、街の様子を思い出した。
裏通り。
路地。
貧困層。
医者に行けない人たち。
「……固定店舗じゃなくていい」
むしろ、
「“人が集まる場所”に、私が行けばいい」
つまり——
「往診」
日本でもある。
訪問診療。
高齢者や通院困難者向け。
「……これ、異世界でも通用するのでは?」
拠点がなくてもいい。
最初は路地、空き家、倉庫、酒場の裏、なんでもいい。
必要なのは、
・最低限の寝泊まりできる場所
・治療できるスペース(短時間)
・口コミで人が来る仕組み
「……あ、口コミ」
私はぱっと目を開いた。
「闇医者って、広告打たないんだよね」
当たり前だ。
張り紙した瞬間にアウト。
じゃあ、どうやって広まる?
「……“治った”って事実が、一番の宣伝」
疫病で困ってる人を一人救う。
その人が、別の人に話す。
噂が広がる。
「……完全に裏社会の広まり方」
うん、闇医者だ。
⑤ 実行計画(暫定)
私は地面に指で図を描きながら、最終確認をした。
1️⃣ まずは貧困層が多いエリアで、
「無料 or 超低価格」で治療を試す
2️⃣ 効果を実証して、口コミを広げる
3️⃣ その中で、安全に寝泊まりできる場所を探す
4️⃣ 信頼できそうな協力者を見つける
5️⃣ 徐々に拠点っぽくしていく
「……うん、現実的」
というか、
これしか道がない。
私は自分で自分にツッコミを入れた。
「医学生、異世界で闇医者開業準備中って、
どんな人生設計なの……」
でも、不思議と不安はなかった。
怖いけど、
逃げたいけど、
でも——
「……やるしかないんだよね」
この街には、助けを必要としている人がいる。
そして私は、“助ける手段”を持っている。
「……よし」
私は背筋を伸ばした。
「まずは、一人目の患者を探そう」
拠点は、そのあとだ。
……と、ここまで勢いで考えたところで。
「……いやいや、待て待て待て」
私はその場で急ブレーキをかけた。
往診?
闇医者?
口コミ?
「……私、道具ゼロなんですけど?」
白衣もない。
聴診器もない。
包帯も消毒薬もメスもない。
あるのは——
・医学知識(座学多め)
・治癒魔法(まだ確証なし)
・異世界に放り出された根性
「……これで何をどう治療しろと?」
熱がある人を前にして「気合で治しましょう!」とか言い出したら、それは医者じゃなくて宗教だ。
しかも、さらに重大な問題がある。
「……この世界のお金、分かってない」
通貨単位不明 (なんとなくわかるようなわからないような)
価値観不明。
相場不明。
銅貨? 銀貨? 金貨?
それともポイント制?(それはない)
「そんな状態で『拠点!』とか言ってる私、冷静に考えてだいぶバカでは?」
はい、ここにいます。
私は額を押さえた。
闇医者開業以前に、生存基盤が整っていない。
これは完全に順番を間違えている。
医学生として以前に、人間として。
「……まずは他にやるべきことがあるよね」
私は指を折った。
・寝床
・食糧
・水
・基本的な街の知識
・できれば身分(最低限)
「……うん、身辺整理、大事」
何事も準備八割。
医療も人生も同じだ。
「ひとまず……今日の夜をやり過ごせる場所を探そう」
それが最優先事項。
私は空を見上げた。
夕焼けが街をオレンジ色に染め始めている。
時間は、もうあまりない。
「……野宿、かぁ……」
正直に言おう。
私は、野宿をしたことがない。
友達とキャンプはしたことがある。
バーベキューもした。
テントも張った。
でもそれは、
・平和な日本
・管理されたキャンプ場
・近くに自販機あり
・トイレ完備
という、ほぼ野宿風レジャーだった。
「……異世界の裏通りで一人野宿は、
難易度が違いすぎる」
治安?
魔獣?
盗賊?
病気?
全部、怖い。
「……サバイバル知識、
“ないことはない”レベルなのが余計に怖い」
知ってるからこそ、ヤバさも分かる。
・地面に直接寝ると体温奪われる
・夜露は危険
・食べ物の管理を誤るとアウト
・そして何より——
女性一人
「……無理。普通に無理」
私は即座に結論を出した。
野宿は最終手段だけど、できれば避けたい。
「……となると」
残る選択肢は限られる。
宿屋。
安宿。
物置。
倉庫。
誰かの厚意。
「……誰かの厚意が一番難易度高くない?」
異世界人、身元不明、無一文。
完全に怪しい。
「……でも、選り好みできない」
私は深呼吸した。
まずは——
今夜の寝床。
医者になる前に、
闇医者になる前に、
異世界主人公になる前に、
「……生き延びないと」
空腹が、ちょっとだけ自己主張を始めた。
「……あぁ、食糧もだ」
人間、食べないと考えが雑になる。
それは医学的にも証明されている。
私は街灯が灯り始めたロストンの通りを見渡し、自分に言い聞かせた。
「ナナ、落ち着け。
今日は開業日じゃない。
今日は“生存日”」
拠点は、明日でいい。
夢も、明日でいい。
「……まずは、今日を越えよう」
そう決めて、私は夜のロストンへと歩き出した。




