last word just before
なあマスター、警備員時代の思い出話なんだが、聞いてくれるかい
はい。なんでもお話ください
ほんとかい? その表情、嫌がってるだろう
そんなことはありませんよ。興味通津です。でもね、あなたの話は時々重すぎて、受け止めるこっちもやりきれない気分になることは確かです
うん。そうだよね。それがおれの人徳みたいなもんだからさあ。でも、そんなことおれの責任じゃねえだろう
仰るとおりです。酒の責任です
だから警備員に文句つけて厭味をするのは、接客業のやつらなんだよ。わかるよね? 警備員は反撃できないからね。それをいいことに、自分の憂さを晴らそうとする
わかります
コロナが流行りかけてた時さあ、市役所で警備やってたんだ。役所の対応はひどかった。サイトで個人が特定できる個人情報を勝手に発表していたからな
そんなことがあったんですね
そうだよ、まるで「やいてめえ、コロナになったなんて絶対言うなよ。言ったら身元ばらすからな」と言っているようなもんじゃねえか
ええ
マスター、コロナなったことあんの?
ありますよ。何度もね。絶対口外しませんでしたが
あんた賢いねえ。クレームが入ったのか、役所も徐々に大本営発表みたいな個人情報暴露は自粛していったがね。なに作ってる?
いやあ、たいしたものではありませんから、それよりお話しを続けてください
同僚がコロナになってね。それでおれもうつされてさ
大変でしたね
結局その現場はやめたよ
ご苦労がおありになったんですね
あの頃さ、丁度ポケモンが流行っていたんだよ。スマホゲームの
さて、存じ上げませんが。スマホはあまり詳しくなくて
そんなことじゃあさ、客との会話乗り遅れるよ?
すみません。機械はどうも億劫になってしまいました
まあさ、分かるよ。気にすんなよ、な
はい。気にしないようにします
これ、なに?
ええっとなんだったかな。確かラスト・ワードってカクテルだったかな。その亜流で作ってみました
なんだ。マスターでもそんなことあんのか
もういい年ですから、記憶がねえ
ふーん。レシピは?
タンカレーとDITAにアンゴスチェラ・ビターを垂らして、レモンを絞ったのかな
ふうん。ジンの味しかわかんねえけどさ、まあまあなんじゃない
お褒めいただき光栄です。実はライム切らしちゃってて、正統なカクテルが作れず申し訳ありません
いいんだよ、どうせオレ自体が亜流みたいなモンだから
そんなことはありませんよ、お客様。いつも来ていただいていますね。ありがとうごさいます。私の勉強にはこの上ないお話を聞かせて頂いて
そうかい。まあ、あんたがそう言うんならいいけどさ。うまいよね、マスターお上手
私がそんな人間に見えますか
失敬した。謝る
そんな話じゃなかったはずですよね?
うん、なにを話したかったのかなあ
確か、警備員の話でしたよ
そうなんだよ。昔、パチ屋で警備やっててさあ、ホームレスが寄り付いたのよ。そいつにさあ、行政の支援を全部紙に書き出して渡して、この紙を役所に行って見せろと言ったんだがね
さすがですね。その人助け
ばか言っちゃいけないよ。簡単に人助けなんかできるもんか。現にそいつは助からなかった
死んじゃったんですか
知らないね。木枯らし吹く道で歩いているところを見たのが最後だ。そいつ生活保護しか思い浮かばなかったんだよ。その他に沢山の保護が見かけ上は沢山用意されているのにね。おれは割りきった。生きるも死ぬも自分の力でしかないからね
はあ、辛かったんですね
なんのこと? 辛かったのはホームレスで、おれじゃない
そうですよね
そういえばさあ、あの頃ポケモンとか流行ってたじゃない?
はあ、よく存じませんが
あ、ポケモンじじいの話だったな
そんな気もします
じじいが自転車に乗って、役所を周回するんだ。それが毎日の日課だった。役所ってのは、無料駐車場みたいなもんだから、ポケモン・フリークスのメッカなんだよ。夜でもやってるヤツがいたら、察知して集合することがあった
どうやって察知するんですか
おれもやったことはないけど、近くにいるプレイヤーがわかるらしいんだ
はあ
まあ、老後の趣味だ。おれはポケモンじじいを鷹揚にながめていた。隣の市ではポケモン利用は禁止になっていたらしくて、おれの職場は、特に休日にはポケモン・カーニバルになっていたよ。近隣からフリークスが集合していた。大迷惑だったよ。たださえ駐車場が足りていないのに
大変でしたね
大変というより、気分が悪かった。だが、おれの職場は小さな動物園があってね。憩いの場も目指していたから、そんな流行にも鷹揚だった
もう一杯いきますか
うん。ポケモンじじいは、段々大胆になっていった。自転車に乗りながら、スマホに目を落として回るようになった。「さすがに、あれは危ないよな」「はい」「注意するか」「できるんですか」そんな話を同僚とした。遊びで来る人間は、なぜか自分が客だと勘違いしている。注意するとふてくされるか、気の強いやつは怒ったりする
はい、ラストワードです
バーがライム切らしてちゃだめだろう
面目ありません
ある日、庁舎前の道路をポケモンじじいが通りかかった。ロータリーになっていて、空き待ちの車が周回している中をだ。あきらかな危険行為なので、私は注意した。「おいお前、やめろ。危ないぞ」するとじじいは「なんだと、警備員風情が」と言って激怒し、庁舎に入っていった。クレームをつけに行ったんだ
どうなったんですか
すぐに環境安全課のボスが飛んできたよ。「さきほど、クレームが入りましてね。なんでも荒っぽい言葉を投げられたとか」「われわれ警備現場で働く者は、時に応じて荒っぽい言い方をすることもあります」そう言ったら、安全担当は苦笑していた
役所員だって、本当はそんな対応したい時もあるでしょうね
うん。「西駐車場を走っていて注意されたと言っていましたが、あそこはそんなに車の通りはないですよね」「違いますよ、今の今、そこを走っていたのです。車が何台も走っていたので、危険と判断して注意しました」じじいはウソで私を陥れようとしたんだな。「そうは言っても、注意する権限がないでしょう。ここは公道ではない。そういうことやめてもらえませんか」流石に安全課のエースだけあって、法律は熟知していた。「いいえ、自転車スマホは条例違反です。たとえ市政管理下の道路であっても、条例違反であれば警察を呼ぶことができます」「その条例とは、さわやかエチケット条例のことですか」「はい。そうです」それでエースは引き下がった
ラストワードいかがだったですか。もういい加減にチューハイ用のレモン割り材を使っちゃいましたが
うん。会社にも電話が掛かってきたようで、事の子細を訊かれたよ。あの頃は、まだ自転車の交通ルールが甘くてね。使える法律は条令しかなかったんだ。あんなじじいは車に引かれて死んでもいいのさ。しかし、歩行者に対して自転車は凶器だ。警備員は、危険を未然に防ぐのが仕事だからね。「笑いながら話していたから、問題にはならないと思うけど」と上司は言っていたな。しかし、今日は余程流行ったのかい。カクテルの材もないなんて
ご存知なかったですか。年に一度の祭りの日だったのですが
知らなかったな




