56話 年末イベント
「まあそんな感じで、メリアスに襲いかかる暴走したファンをちぎっては投げちぎっては投げ……」
「スライムか何かなの? そのファンの人」
メリアスからの緊急ヘルプを無事に(?)やり遂げ、後はだらだらと家で年末年始の休暇を満喫する予定……だったところ、ハチェットに連れられてアニスター共和国へとやってきた。
しかも夜行馬車に乗って夜中に出発し、今は早朝。
「それにしても、なんだってこんなクソ寒い朝早くに隣国まで来なきゃならんのだ」
「どうしても欲しい同魔人誌があったからさ~。会場販売だけで、帝国以外の後日販売はやってないんだもん」
「ないんだもんって言われてもな……」
〝冬季同魔人誌即売会〟
通称エビルコミックマーケット、エビマと呼ばれて親しまれているこのイベントは、エビルムーン帝国で活動する同魔人誌作家が年に1度、中立国のアニスター共和国へ遠征して自身の同魔人誌を頒布するというイベントである。
同魔人誌っていうのは、エビルムーン帝国で流行っている様々な魔人族を題材にしたオリジナルの漫画のことだ。
基本的には恋愛ものが多く、同じ種族の異性同士の王道モノから、異種間同性愛モノみたいなニッチなジャンルのものまで様々。
普段はエビルムーン帝国内でのみ入手が可能な同魔人誌だが、このエビマは帝国に行けないサンブレイヴ聖国の人でも買うことのできる非常にありがたいイベント……ということらしい。
「おまえ、昔から同亜人誌とか好きだったもんな。亜人と魔人のヤツもあったよな」
「し~っ! 〝混ざりモノ〟は苦手な人もいるから、あまり大きな声で話しちゃいけないんだよ!」
「いや知らんがな」
亜人族同士のものは同亜人誌と呼ばれ、これはアニスター共和国で普通に買うことが出来る。
亜人族と魔人族や、人間族と亜人、魔人などの絡みのものは『混ざりモノ』と呼ばれてコアなファンがいるが、世間では嫌悪の対象になることもしばしばあるらしい。
ちなみに今回ハチェットのターゲットの一つはこの混ざりモノの本なんだとか。
中々に業の深い趣味をお持ちのようだ。
「あ、でもルイソンくんならエビルムーン帝国入れるんだよね~。それなら後日買ってきてもらえばよかったのか……いやでも、イベント限定販売で再販無しの可能性もあるし……」
「そんな最悪なお使いやりたくねえよ」
こいつが持ってる同亜人誌をチラッと読んだことがあるが、まあ中々にエグいシチュエーションのものが多くてものすごく萎えたのを覚えている。
人狼族とリトルフット族のやつもあったな……あれはなんというか、さすがに中身を見れなかったし、ハチェットにも聞けなかった。
たしか、本棚の奥に隠すように置いてあったんだよなあれ。
「それで、なんでオレまで駆り出されてんだ? 同魔人誌なんて興味無いぞ」
「そんなの知ってるよ。二手に分かれて人気サークルの同魔人誌を買い集める為の兵力が必要なのさ」
「最悪の戦場だよ」
―― ――
「それじゃあルイソン二等兵、そっちの島は頼んだよ! この戦場の勝利は君の活躍にかかってるんだからね!」
「オレは二等兵じゃなくて師団長だ」
イベントの開催時間になり、会場へとなだれ込む参加者。
とりあえずハチェットに最優先で購入を頼まれた人気サークルへと急ごう。
「えーと、蛇目漱石、蛇目漱石……なんなんだこのペンネーム」
元々ニッチな同魔人誌作家の中でもさらにアングラな魔人族と亜人族の混ざりモノを描いていて、そのうえで大手サークルになっているということはかなり人気な作家なんだろうな。
「蛇目漱石さんのブース、最後尾こちらでーす」
「お、ここか」
サークル番号が書かれた最後尾の看板を持ったスタッフを見つけて列に並ぶ。
やはり人気サークルだけあってすごい列だ。
ここからではブースの様子も分からない。
「はあ……何やってんだろオレ」
しばらく虚無の感情で列に並び、ようやくブース前に。
「つ、次の方……」
「えっと、新刊を3冊ください」
なんで3冊も買うのかもよく分からん。
ハチェットは読書用、保管用、布教用とか言ってたが……いやアングラな混ざりモノを布教すんなよ。
「あ、3冊で1500エルになりま……え?」
「1500エルですね、じゃあちょうどで……ん?」
…………。
「ル、ルイ……さん?」
「ラ、ラァ子……?」
重ね着していても分かるスレンダー巨乳な上半身に目を隠すほど伸ばした前髪、ブースの隙間から見えるヘビのような下半身。
ニッチな人気サークルでエグめの同魔人誌を頒布していたのは、エビルムーン帝国十三邪将『時止めのラージャ』だった。
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