第88話 暁の再誕
春の陽光が王都を包んでいた。
長き戦乱の末、ようやく訪れた穏やかな季節。瓦礫だった街には再び人々の笑顔が戻り、子どもたちの笑い声が響いている。
中央広場には新しく建てられた記念碑が立ち、そこにはこう刻まれていた。
──「暁は再び訪れる。光を信じた者たちと共に。」
柚希は白いローブをまとい、王宮のバルコニーから街を見下ろしていた。
彼女の傍らに立つのは、王冠を戴いたレオン。戦場では恐れられた“暁の王”も、今は穏やかな微笑みを湛えている。
「……あの日の光が、ようやく形になりましたね」
柚希の言葉に、レオンはゆっくり頷く。
「そうだな。あの契約の花が咲いた日から、全てが変わった。俺たちの国も、人の心も」
王都の東側には、柚希が手ずから植えた《暁の庭園》が広がっている。
そこには契約の花──蒼白い光を宿す希少な花が、一面に咲き誇っていた。
戦いで失われた命への鎮魂と、新たな生命の象徴。
柚希はその花々を見つめながら、小さく息をついた。
「戦いの中で、たくさんの人が命を懸けました。もう二度と、あんな夜を繰り返したくない」
「繰り返させはしないさ。俺たちがここにいる限り」
そう言って、レオンは柚希の手を取る。
手の温もりが、穏やかに重なる。
王と花嫁──もはや契約のための絆ではない。
共に生き、支え合うための約束だった。
「ユズキ、これからのこの国には、お前のような光が必要だ」
「私は……ただ、人々が笑っていられる世界を見たいだけです」
「それが、王国の願いでもある」
二人は静かに見つめ合い、風が花弁を運ぶ。
朝陽が差し込み、暁の庭園が黄金色に染まる。
やがて、柚希は微笑んで言った。
「ねえ、レオン。あなたが“暁の王”なら──私は、“契約の花”として、ずっとあなたのそばで咲いていたい」
レオンはその手を握り返し、穏やかに頷いた。
「永遠に枯れることのない、希望の花として」
風が二人の間を吹き抜け、光が弾ける。
空には一羽の白い鳥が舞い上がり、朝の陽光の中へと消えていった。
──暁の王と契約の花嫁。
その名は、いつしか王国に伝わる永遠の伝説となる。
「そして今、新しい時代が始まる──」




