第87話 約束の花の咲く場所
夜明け前の空に、かすかな光が射し込み始めていた。
戦火で焼け落ちた大地の向こう、朝靄の中に立つ柚希の姿は、どこか幻想的に見えた。風に揺れる金の髪、掌に握られた“契約の花”が淡く輝いている。
「……終わったんだね」
その背に声をかけたのは、傷を負いながらもまだ気丈に立つ王──レオンだった。
彼の鎧には血と泥がこびりつき、肩口には深い裂傷がある。それでも彼の眼差しは静かで、どこか安堵の色を湛えていた。
柚希はゆっくりと振り向き、微笑んだ。
「ええ。黒霧は完全に消えた。これで、帝国の侵蝕も止まるはずです」
レオンは彼女のもとまで歩み寄ると、ためらうことなくその手を取った。
契約の花の光が二人の間に灯り、温かな光輪となって舞い上がる。
「この光……まるで、あの夜の約束のようだな」
「……忘れてなかったんですね」
「忘れるものか。あの時、お前が涙ながらに願った。“この国に再び暁が訪れる日を”と」
柚希は目を伏せ、唇を震わせた。
「でも……そのために、たくさんの命が……。私のせいで、みんな……」
レオンはそっと彼女の肩を抱き寄せた。
「違う。お前がいたから、国は立ち上がれた。お前が戦ったから、俺たちは夜を越えられたんだ」
その声は、どこまでも優しかった。
戦場に吹く風が止み、朝の光が地平を照らし始める。
柚希は涙をぬぐい、そっと胸元に手を当てる。そこにあるのは、彼女がかつて“契約”の証として身につけた蒼いペンダント──レオンが贈ったもの。
「……これから、どうなっていくんでしょう」
「再建には時間がかかる。だが、もう誰も恐れることはない。暁の王国は、再び光を取り戻す」
柚希はその言葉を聞きながら、静かに頷いた。
「レオン……私、あなたと約束したいの。今度は戦うためじゃなくて──生きるための契約を」
レオンは目を見開き、そしてゆっくりと微笑んだ。
「……ああ。暁の女神よ、今度こそその誓いを永遠に」
二人が手を重ねると、契約の花がまばゆい光を放った。
その光は空へと昇り、夜明けの空に淡い虹を描く。
そして──戦乱の時代が終わりを告げ、新たな時代が幕を開ける。
暁の王と契約の花嫁。
その物語は、ここからまた新たな伝承へと繋がっていく。
──「さあ、行こう。光の未来へ。」




