第86話 暁と闇の王子
轟音とともに、漆黒の竜が空から舞い降りた。
その背に立つ男──エドワード・フォン・ヴァルハルト。
帝国の第一皇子にして、次期皇帝の座を狙う野心家。
整った顔立ちに微笑を浮かべながらも、その瞳は氷のように冷たかった。
「相変わらずだな、レオン。
正義を掲げ、光を信じ、愚直に戦う……。
だが、時代は“光”では動かない。支配と力がすべてだ。」
レオンは馬を降り、地に足をつけて剣を抜いた。
「変わらないのはお前だ、エドワード。
闇を“力”と呼び、人の心を踏みにじることしか知らない。」
二人の間に、長い沈黙が流れる。
かつては学び舎を共にした幼き日の友──
今は国を隔て、信じる道を違えた王と皇子。
その空気を裂くように、エドワードの視線が柚希へと向いた。
「……なるほど。これが“聖女”か。噂以上だな。」
柚希は一歩も引かず、まっすぐにその視線を受け止めた。
「あなたが……この戦を始めたのですか?」
「始めた? 違うな。
私はただ、“世界の均衡”を取り戻そうとしているだけだ。
光が強くなりすぎれば、闇が生まれる。
君の存在こそが、戦争を呼び寄せたんだよ、聖女。」
その言葉に、柚希の胸が強くざわめいた。
まるで、心の奥を抉られたような痛み。
「それでも……誰かを傷つける理由にはならない!」
「──理想論だ。」
エドワードが手を上げると、黒霧が一斉に渦を巻いた。
闇の魔力が形を取り、黒い刃が空から降り注ぐ。
「ユズキ!」
レオンが彼女を抱き寄せ、光の盾を展開した。
刃が当たるたび、金色の火花が散る。
結界の中、柚希は震える声で囁いた。
「……彼の中に、何があるの? あんなに冷たいのに、悲しいような──」
レオンは目を閉じ、低く答えた。
「かつて、彼は“影を担う者”として神に選ばれた。
だが、光の国──セレスティアが“聖女”を得たことで、
均衡は崩れ、彼は神の庇護を失った。
その憎しみが、いまのエドワードを作った」
柚希は息を呑んだ。
彼の言葉が、胸の奥に突き刺さる。
“選ばれなかった者”の痛み──それを、彼女は知っている。
「エドワード殿下……!」
柚希が叫ぶ。
「あなたが望むのは破壊ではなく、救いでしょう?
もし、まだ心の奥に人の願いが残っているなら──」
「黙れ、聖女!」
黒霧が爆ぜ、エドワードの叫びが轟いた。
その力は怒りと悲しみに満ちていた。
「俺がどれだけのものを失ったと思う……!
“神”は俺を見捨て、光はお前たちに与えられた!
だったら──俺はこの世界を闇で覆い尽くす!!」
黒霧が一気に広がり、空が闇に沈む。
柚希は光の杖を握りしめ、祈りの言葉を紡いだ。
「……だったら、私がその闇を照らす。
あなたを倒すためじゃない──あなたを取り戻すために」
光と闇がぶつかり合い、天地が震える。
その中心で、柚希の髪が光に舞い、
レオンの剣が“暁の輝き”を放った。
「暁の王と、契約の花嫁──」
リディアが遠くから呟く。
「この戦いが、時代を決めるわ」
そして、戦場を包む闇が、再び光に裂かれていった。




