第85話 暁、戦火に染まる
地平線の向こうで、朝焼けが赤く燃えていた。
それは暁の王の名にふさわしい光景──けれど、その光の下には黒い影が広がっていた。
帝国軍。
数万の兵が黒鉄の鎧をまとい、整然と進軍してくる。
地面が震え、空気が重くなる。
柚希は胸の奥がぎゅっと締めつけられるのを感じた。
「これが……帝国の“黒兵団”……。」
隣でルカが頷く。
「彼らは黒霧と同じ“瘴気”に侵された兵です。心を奪われ、命令だけに従う。」
リディアは冷静に戦況を見渡しながら、魔導鏡を起動した。
青白い光が空に展開し、帝国軍の布陣が浮かび上がる。
「正面の谷を突破されたら終わり。防衛線はここで持たせるしかないわね。」
その時、風が動いた。
レオンが馬上で剣を抜き、声を張り上げる。
「全軍、展開! 光の陣、第一列、前へ!」
号令とともに、セレスティア軍が動き出した。
光の紋章が地に走り、聖なる結界が広がる。
柚希の胸の奥で、光が共鳴するように脈打った。
「私の光で……みんなを守る。」
柚希が両手を広げると、まばゆい輝きが彼女を包んだ。
瞬間、戦場の空気が一変する。
黒霧が渦を巻きながら押し寄せるが、光の壁に触れた途端、煙のように消えていく。
「……すごい。」
ルカが息を呑む。
柚希の光は、まるで生き物のように兵士たちを守り、
矢や魔弾を弾き返していく。
しかし、帝国軍も黙ってはいなかった。
黒霧の奥から、ひときわ巨大な影が現れる。
それは黒鉄で造られた四足の魔導兵――“黒騎獣”。
全身から黒煙を吹き出し、咆哮とともに前進する。
「魔獣部隊だ! 柚希、下がれ!」
レオンの声が飛ぶ。だが柚希は首を振った。
「いいえ、行きます。……あれを止めなければ。」
彼女は両手を組み、祈りを込めるように唱えた。
「──光よ、我が名に応えよ。『聖環』!」
天から降り注ぐ光の輪が幾重にも重なり、黒騎獣を包み込んだ。
その光は熱ではなく、清める力。
黒霧を焼き払い、機体の中枢を貫く。
爆音が轟き、黒い巨体が崩れ落ちる。
戦場を包んでいた瘴気が、少しずつ晴れていった。
「やった……!」
ルカが歓声を上げる。
だが、リディアの表情は険しいままだ。
「油断しないで。これは前衛部隊──本命はまだ来ていない。」
その言葉と同時に、空の向こうで轟音がした。
黒雲が渦巻き、帝国の旗を掲げた飛竜部隊が出現する。
その中心、漆黒の鎧をまとった男が笑っていた。
「やあ、久しいな──暁の王。」
柚希の隣で、レオンが剣を構える。
その瞳には怒りと、静かな覚悟が宿っていた。
「……来たか、エドワード。」
空が裂ける。
暁と闇──二つの力が、ついに真正面からぶつかろうとしていた。




