第83話 暁の決意
夜明け前の空が白みはじめ、王都セレスティアの塔に光が差しこんだ。
セレスティア王城の最上階──政務の間では、重苦しい空気が漂っていた。
「……帝都からの報告が届きました。帝国は黒霧の軍勢を再編成し、東の境界線へと向けているとのことです。」
報告したのは宰相リディア。
その表情はいつになく険しく、指先で地図の上をなぞる。
「東方防衛線を突破されれば、次は我が国の領都ルーメンが危ういわ」
「……わかっている。」
レオンの声は低く、だが芯のある響きを持っていた。
その横で、柚希は両手を握りしめていた。
彼女の瞳は、不安と決意の入り混じった光を宿している。
数日前、帝国が聖女の力──つまり彼女自身を「奪還対象」として宣言した。
「帝国は私を……“神の器”と呼んでいました。私の力を使って、黒霧を完全に支配するつもりなんです。」
沈黙が一瞬、部屋を包む。
リディアは深呼吸をして、冷静に言葉を継いだ。
「聖女殿。あなたがこの国に召喚された意味は、まだ終わっていません。黒霧に対抗できる唯一の光──それがあなたの力です。」
「でも……私がいるせいで、この国が狙われているのなら……」
「違う。」
レオンが、静かに彼女の言葉を遮った。
彼は柚希の方へ歩み寄り、その両肩に手を置いた。
「お前のせいで戦が起きているのではない。
お前がいるからこそ、この国はまだ立っていられる。」
その言葉に、柚希の胸の奥で、何かが温かく溶けていく。
夜明けの光が窓を満たし、レオンの金の髪を照らした。
その姿はまさに──“暁の王”。
リディアが小さく頷き、戦略書を閉じた。
「陛下。ルカ隊長からの報告では、北方の防壁は完全に修復されました。あとは、聖域の結界を強化すれば……」
「よし。帝国の侵攻が始まる前に、こちらから動く。」
レオンの瞳が紅に燃える。
「黒霧の巣を突く。だが、ユズキ──お前は残れ。危険すぎる。」
「……いいえ。私も行きます。」
その声には迷いがなかった。
「この光の力は、誰かを救うためにある。
だから、私も“共に戦う”と決めました──レオン様と。」
一瞬、レオンの表情がわずかに揺れる。
けれど、次の瞬間には穏やかな微笑みに変わった。
「……ならば、誓おう。
この暁が落ちるその時まで、俺はお前を守り抜く。」
外では、朝日が昇りはじめる。
赤と金の光が城を包み、戦いの幕開けを告げていた。