第81話 霧の谷の目覚め
夜明けの風が、王都の塔を包み込む。
その風の中に、柚希は確かに“彼”の気配を感じ取っていた。
──暁の王、レオン。
夢の中で再び出会ったその姿が、胸の奥で熱を灯している。
「……もう迷わない。」
柚希は静かに呟き、旅支度を整えた。
彼女の肩には、淡い光を放つ小さな精霊が浮かんでいる。
“リスティア”──柚希が召喚の儀で呼び出した、光の導き手だ。
「リスティア、行こう。霧の谷へ。」
精霊が小さく鳴き、きらめきを散らす。
その瞬間、部屋の扉が開き、リディア宰相とルカが駆け込んできた。
「ユズキ様、まさかお一人で行かれるおつもりでは!」
リディアの声には焦りが滲む。
「霧の谷は、黒霧の瘴気が最も濃い場所です。
帝国の部隊も動いています。危険すぎます!」
柚希はふと微笑んだ。
「……だからこそ、行かなくちゃいけないの。
レオンが待っている──世界の夜明けを取り戻すために。」
その強い瞳に、リディアは息を呑んだ。
そして深く頭を下げる。
「でしたら……私もお供いたします。宰相としてではなく、一人の臣として。」
「俺も行く。」
ルカが短く言い、剣を腰に差した。
「ユズキを守るって、前に誓ったからな。」
「……ありがとう。」
柚希は2人に微笑み、扉の向こうの朝を見つめた。
王都を離れ、三人は西の辺境──“アルステンの断崖”へ向かっていた。
霧は深く、昼でも光が届かないほど。
風の音すら吸い込むような静寂の中、柚希は胸に手を当てた。
(ここだ……この場所……。夢で見た、封印の地。)
霧の中に、淡く金色の光が揺らめく。
柚希の掌の紋章が、まるで心臓の鼓動のように輝きを増した。
「ユズキ様、その光……!」
「封印が、呼んでる。」
次の瞬間、大地が震えた。
霧が裂け、黒い影が溢れ出す──無数の黒霧の獣たち。
しかし、その奥から現れたのは、見覚えのある“人の姿”だった。
「帝国の……!」
金色の甲冑を纏い、冷たい微笑みを浮かべた男が一歩前へ出る。
「聖女ユズハ。ようやく来たか。」
その声は、氷のように冷たく、どこか狂気を帯びていた。
柚希は息を詰めた。
「あなた……エドワード皇子。」
帝国の第一皇子にして、次期皇帝の座を狙う男──
そして、かつて“聖女”を奪おうとした張本人だった。
「我が国は“暁の力”を手に入れる。お前の存在こそ、その鍵だ。」
柚希は一歩も引かず、まっすぐにその瞳を見返した。
「私の力は、奪うためのものじゃない。守るための光よ。」
風が吹き荒れ、柚希の髪が金に染まる。
霧を裂き、光が迸った。
彼女の背後に、翼のような光が広がる──聖女の覚醒の印。
「私は──暁の王の契約者。
あなたたちには、この光は触れられない!」
地鳴りのような轟音が響く。
霧の谷の封印が、再び“目覚め”を始めていた。