第80話 暁の王の記憶
──光が満ちる。
まぶしいほどの金色の輝きの中で、柚希は目を開けた。
そこは見たこともない場所。空は深い琥珀色に染まり、無数の光の粒が舞っている。まるで夜明けの瞬間を、永遠に閉じ込めたような世界。
「……ここは……どこ?」
呟いた声は、柔らかな風に溶けて消えた。足元には白い石畳が続き、その先に荘厳な宮殿がそびえている。
柚希の胸の奥で、何かが“懐かしい”と叫んでいた。
(知ってる……この場所……)
彼女が一歩踏み出した瞬間、
風が旋回し、光が集まり、人の形を作り出した。
金の瞳。陽を受けて輝く、炎のような髪。
堂々としたその姿は、まさしく“王”の風格を纏っていた。
「……レオン……?」
その名を呼んだ瞬間、男の瞳がゆっくりと彼女に向けられる。
だが、彼は穏やかに微笑みながら、違う名を口にした。
「──久しいな。聖女ユズハ。」
柚希は息を呑んだ。
「ユズハ……? それって……私の、こと?」
男は静かにうなずいた。
「お前は千年前、我が契約の花嫁としてこの地に降り立った。
我らは共に“黒霧”を封じ、この世界を夜明けへと導いたのだ。」
柚希の胸が高鳴った。
断片的に、光の欠片が脳裏に浮かぶ――
レオンの隣に立ち、彼と手を重ね、祈りを捧げていた自分。
涙を流しながら、彼に「必ず戻る」と告げた声。
「……私……忘れてたんだね。」
「お前が戻らぬ間、世界は再び闇に呑まれつつある。
だが──こうして“光”が呼び戻された。柚希、お前がこの時代に召喚されたのは、偶然ではない。」
レオンの声は、穏やかで、それでいて切なげだった。
「帝国が狙う“聖女の力”は、お前そのものだ。
彼らは封印を破り、“暁の力”を奪おうとしている。」
「暁の……力……?」
「そうだ。」
レオンは彼女の頬に手を伸ばし、微笑んだ。
「それは──我とお前の“誓いの光”。
再びそれを交わさぬ限り、この世界の夜は終わらぬ。」
風が再び吹き抜け、光の粒が柚希を包み込む。
まるで誰かが、彼女を現実へ引き戻そうとしているようだった。
「レオン……! もう一度、あなたに──!」
言葉を言い終える前に、視界がかすみ、光が遠のく。
次の瞬間、柚希はベッドの上で息を荒くして目を覚ました。
外は夜明け前。窓の外には、淡い光が差し込み始めている。
彼女の掌には、金色の紋章が浮かんでいた。
それは夢の中で、レオンと再び手を重ねた印。
「暁の王……そして、契約の花嫁……」
柚希は胸に手を当て、静かに呟いた。
「今度こそ──あなたを、ひとりにはしない。」