第8話 影の囁き
夜更け。
柚希は眠れず、静まり返った部屋でベッドに横たわっていた。窓の外には、月光に照らされた庭園と城壁が見える。
──ここに来てから、まだ数日。けれど、心は常に張り詰めている。
耳を澄ますと、廊下の向こうから足音がした。
こんな時間に……?
恐る恐る扉に近づくと、足音が止まり、かすかな声が聞こえてきた。
「……明日の会談には、必ず揺さぶりを。あの娘の存在が弱点になる」
女の声──リディアだ。
「承知しました。しかし陛下は警戒しておられます」
応じたのは男の声。聞いたことのない低い響きだった。
思わず身を乗り出した瞬間、廊下が静まり返る。
柚希は慌てて扉から離れ、ベッドに戻った。
──今のは、私のこと……?
翌朝。
朝食の席で、レオンが珍しく自ら口を開いた。
「今日、帝国の使者が来る。俺にとっても、お前にとっても大事な日だ」
「私にとっても?」
「王の婚約者は、ただの飾りではない。存在そのものが国を動かす」
その言葉は冷徹だったが、同時に重い責任を背負う覚悟のようにも聞こえた。
食後、執務室に案内されると、机の上には厚い書物が積まれていた。
一冊を何気なく手に取ると、古い羊皮紙のページに挟まれていた一枚の紙が、ひらりと床に落ちた。
それには見慣れない文字が刻まれていたが──不思議なことに、意味が理解できた。
《星の娘 契約の花嫁となり 王国の未来を決す》
──花嫁? 私のこと……?
読み終えた瞬間、背後から低い声がした。
「何を見た」
振り返ると、そこにはレオンが立っていた。
その瞳は、昨日までよりも鋭く、冷たい