表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/78

第77話 聖女の決意

夜明けの光が王都を包むころ、柚希は静かに城へ戻った。

 外套には夜露が染み、指先にはまだ、彼に触れたときの冷たさが残っていた。

 ──セイルは、生きていた。

 それだけで胸の奥が軋む。けれど、その彼が「帝国の剣」として、再び自分の前に立つ。あの月光の中で誓ったように。


 王城の会議室では、すでにリディアとルカ、そしてレオンが待っていた。

 柚希の顔を見るなり、レオンが席を立つ。

「ユズキ! 一人で帝国の使者に会うなんて、無茶だ!」

 その声音には怒りよりも、深い心配が滲んでいた。


 柚希は静かに頷いた。

「……ごめんなさい。でも、どうしても確かめなきゃいけなかったの」

「セイルについてか?」リディアが問う。

 柚希は唇を結び、頷いた。


「彼は……黒霧に堕ちた“光の契約者”でした。私の前任者。

 そして、私がこの世界に呼ばれたのは、彼が消えた直後だったの」


 室内の空気が凍りつく。

 ルカが息をのむようにして言った。

「つまり、聖女の召喚は……彼の代わりを呼ぶための儀式だった?」


「……はい。

 彼の力が完全に失われる前に、“光”は新たな器を求めた。

 その器が、私だった。」


 柚希の声は静かだが、確固たる意志を帯びていた。

 リディアは眉をひそめ、深く考え込む。

「帝国があなたを狙う理由も、そこにありますね。セイルの力とあなたの光を一つにすれば、世界の均衡は崩れる。帝国はそれを狙っている」


 レオンが机を叩いた。

「ふざけた話だ……! 帝国が何をしようと、柚希を渡すつもりはない」


 その言葉に、柚希はわずかに微笑んだ。

 けれど、その笑みの奥には決意があった。

「ありがとう。でも……私は逃げるためにここに来たんじゃない。

 “光”として、“人”として、彼を──セイルを救いたいの」


 レオンは息をのむ。

「救う? あいつはもう、黒霧の中に沈んだ……」

「それでも、私は信じたいの。

 彼が闇に堕ちたのは、誰かを守ろうとしたから。

 その優しさが、今もどこかに残っている気がするの」


 その言葉には、かつて自分が闇に引きずられかけたときの記憶が重なっていた。

 光はときに残酷だ。

 純粋であればあるほど、人の弱さを許さない。

 だからこそ、柚希は“人としての光”を示したかった。


 沈黙ののち、リディアが小さく頷いた。

「……いいでしょう。聖女としてではなく、一人の人間として、あなたが彼を救う道を選ぶなら、我々はそれを支えます」


 ルカがすぐに続けた。

「僕も協力する! セイルがどこにいるのか、情報を集めよう」


 レオンは黙っていたが、やがて深く息を吐いた。

「……お前の決意、わかった。ただし、一人では行かせない。俺も行く」


 柚希は目を見開く。

「でも、国の防衛は──」

「国もお前も守る。それが“暁の王”の務めだ」

 レオンの瞳は、夜明けの空よりもまっすぐだった。


 その瞬間、柚希は確信した。

 ──この戦いは、奪い合いではなく、取り戻すための戦いになる。


 窓の外で、朝陽がゆっくりと昇り始めていた。

 光が差し込むその中で、柚希の瞳は強く輝いていた。


 「セイルを救う。闇も、帝国も、光も──すべての均衡を取り戻すために」


 それは、聖女としてではなく、柚希という一人の少女としての、最初の真の決意だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ