第76話 再会の月光
夜の冷たい風が吹き抜ける丘に、二つの影が向かい合っていた。
一方は、月光を背に立つ黒衣の男──仮面の将セイル。
もう一方は、純白の外套をまとい、光を纏う柚希。
月の光が仮面の表面を淡く照らし、彼の金の瞳がのぞく。その瞬間、柚希の心臓が強く脈打った。
──この瞳を、知っている。
「……あなた、本当に……セイルなの?」
柚希の声は、震えていた。
彼は答えない。ただ静かに仮面に手をかけ、ゆっくりと外した。
そこにあったのは、あの日、光の儀式の中で自分を庇った青年の顔。
けれど、かつての優しさに満ちた瞳は、今や深い闇を湛えていた。
「久しぶりだな、ユズキ。」
低く響くその声に、柚希の胸が締めつけられる。
「どうして……帝国なんかに?」
「“なんか”か……。俺をこの闇に落としたのは、帝国でも黒霧でもない。──お前の光だ」
柚希は息をのんだ。
「私の……光?」
セイルは仮面を手にしたまま、夜空を見上げた。
「俺は、かつて“光の契約者”として召喚された。お前と同じようにな。黒霧を浄化する力を与えられ、人々を救う使命を背負った。……だが、あの日、光は俺を拒んだ」
柚希の瞳が揺れる。
「拒んだ……?」
「俺が救いたいと願ったのは、たった一人の少女だった。だが、その少女を守るために光を使おうとした瞬間、契約が壊れた。光は俺を罰し、俺は“闇”に堕ちた」
セイルの掌から、黒霧が静かにあふれる。
それはまるで、泣いているように淡く震えていた。
「──そして気づいたら、お前が呼ばれていた。俺の代わりに、“新しい聖女”として」
セイルの声には、怒りではなく、深い哀しみが滲んでいた。
柚希は一歩、近づいた。
「あなたを罰したのは、光じゃない。……あなた自身の優しさよ。誰かを守りたいと思った心は、間違いなんかじゃない」
その言葉に、セイルの瞳がわずかに揺れる。
しかし、彼はすぐに目を閉じ、冷たく笑った。
「優しさなんて、もうこの世界では意味をなさない。俺は帝国の剣として、“光”を滅ぼすために生きている」
「それでも──私は、あなたを救いたい」
柚希が両手を胸の前にかざすと、金の光が花の形となって広がった。
“契約の花”。彼女の力の象徴。
光がセイルを包み、仮面が崩れ落ちる。
その下の素顔には、まだほんの少しだけ、人の温もりが残っていた。
「……ユズキ。お前は、あの頃のままだな。」
かすかに微笑んだその顔が、痛いほど切なかった。
次の瞬間、黒霧が再び渦を巻き、セイルの姿を覆う。
「また会おう。だがそのときは、敵としてだ。」
闇の中に消えていく彼の声が、風に溶けていった。
柚希は拳を握りしめ、涙をこらえた。
「あなたを、必ず取り戻す。──光に、還してみせる」
その誓いとともに、月光の下で柚希の光が一層強く輝いた。