第70話 黒霧の獣
獣の咆哮が砦の石壁を震わせた。黒霧が渦を巻き、獣の巨体をさらに膨れ上がらせる。四足で駆けながら、鋭い爪が地を抉り、石畳を裂いた。
「来るぞ!」
ルカが叫び、剣を構える。
その瞬間、獣が跳躍した。黒霧が矢のように飛び散り、視界が闇で覆われる。
「──ユズキ!」
レオンが素早く盾を構え、獣の爪を受け止める。金属がきしみ、砦中に轟音が響いた。レオンの足が石畳にめり込むほどの衝撃。しかし、彼は一歩も退かない。
「光で道を開け!」
レオンの声に応え、柚希は胸の奥に意識を集中した。
「闇を裂け、光よ──!」
強烈な閃光が放たれ、黒霧を切り裂く。闇が晴れ、獣の赤い双眸が露わになった。
「今だ!」ルカが獣の脇腹へ飛び込み、鋭く剣を突き立てる。獣が苦悶の咆哮を上げ、黒霧をさらに撒き散らす。
だが、柚希の光が仲間たちを守る。霧に触れた瞬間に浄化され、兵士たちは怯まず剣を振るい続けた。
リディアの指揮が飛ぶ。
「右翼、押し返せ! 聖女殿と王太子を中心に防衛陣を組め!」
柚希の光はただの守りではなかった。砦に立つすべての兵の胸に勇気を流し込み、絶望を打ち払っていく。
「柚希…君の光がある限り、俺たちは負けない!」
レオンが剣を大きく振り抜き、獣の顎を斬り裂いた。血と黒霧が飛び散り、獣の咆哮が夜明けの空を裂く。
ルカがすかさずもう一撃を加え、獣の動きが鈍った。
柚希は息を荒げながらも、両手を高く掲げる。
「消え去って…! 光の鎖よ!」
まばゆい光が編まれ、獣の四肢を絡め取った。黒霧を浄化しながら締め上げ、抵抗する力を奪っていく。
「今だ、レオン!」
「──終わりだ!」
レオンの剣が閃光を浴び、獣の心臓を貫いた。
黒霧が炸裂するように弾け、砦に夜明けの光が差し込む。
兵士たちから歓声が沸き上がった。
「勝ったぞ!」
「聖女様と殿下だ!」
柚希は肩で大きく息をし、レオンに支えられながら、ようやく微笑んだ。
「守れた…皆を」
レオンはその頬に触れ、低く囁いた。
「君のおかげだ、ユズキ。君こそ、この国の光だ」
彼女の胸に温かな想いが広がり、戦火の中で確かな絆が結ばれていった──。