第7話 金の糸
午後の礼儀作法の稽古が終わり、自室に戻ろうとしたときだった。
「……ユズキ様、でしょうか?」
背後から、澄んだ声が響いた。振り向くと、昨日から視線を感じていた金髪の侍女が立っていた。
陽の光を浴びた髪は、まるで溶けた金の糸のように輝いている。
「初めまして。リディアと申します。陛下の……古くからのお知り合いです」
その言い回しが妙に引っかかる。侍女にしては、立ち振る舞いに余裕があり、礼も浅い。
「王宮での生活、何かとご不便でしょう? ……私でよければ、お力になれますわ」
微笑みは柔らかいが、目は笑っていない。その奥に、何か別の思惑が潜んでいるようだった。
「お気遣いありがとうございます。でも、まだあまり勝手が分からなくて……」
曖昧に返すと、リディアは一歩近づき、声を低めた。
「陛下はお忙しい方。あなたのような方を、ずっと大切にしてくださるかどうか……分かりませんわ」
その言葉が終わらないうちに、廊下の奥から足音が響く。
「ユズキ様、お探ししました」
現れたのは護衛のカイルだった。彼の鋭い視線がリディアに向けられると、彼女はあっさりと距離を取り、優雅に会釈して去っていった。
「……言ったでしょう。近づかない方がいいと」
カイルの低い声に、柚希は小さく頷くしかなかった。
その夜、食堂での夕食中、レオンがふいに口を開いた。
「リディアと会ったそうだな」
驚いて顔を上げると、彼はパンをちぎりながら続けた。
「何を言われたかは聞かない。ただ、あの女は俺の婚約者にふさわしい相手ではない」
それだけ言うと、まるで何事もなかったかのようにスープを口に運んだ。
──ふさわしい相手、ね。
胸の奥で小さな棘が引っかかったまま、柚希は黙って食事を続けた。