第69話 矢の雨の中で
空が白み始める刹那、帝国軍の騎士団が一斉に弓を引き絞った。鋭い音を立てて無数の矢が放たれ、柚希めがけて黒い雨のように降り注ぐ。
「ユズキ!」
レオンが叫び、瞬時に城壁へ駆け上がる。その剣が大きく薙がれると、矢の一部が弾かれ、火花を散らして落ちた。
しかし数は多すぎる──。
柚希は反射的に両手をかざした。
「光よ──護って!」
瞬間、眩い光の障壁が展開し、矢の雨が弾かれ砕け散った。砦全体が白銀の輝きに包まれ、兵士たちが一瞬、呆然と立ち尽くす。
「…守れたの?」柚希は荒い息を吐きながら呟いた。
「十分だ」レオンが彼女の前に立ち、鋭い眼差しで敵を睨む。
矢の攻撃の直後、帝国の騎士団が突破部隊を率いて前進を始めた。黒霧を従えた兵士たちが盾を掲げ、一直線に城門へ迫ってくる。
「狙いは最初から“聖女”一点か…!」ルカが低く唸り、剣を抜いた。
「柚希殿を引き離して孤立させるつもりだな」リディア宰相が冷静に分析し、すぐに指示を飛ばす。
「南門の防衛を厚くせよ! 聖女殿の護衛を最優先とする!」
柚希は光の障壁を維持しながら必死に声を上げた。
「皆を守るために、もっと力を──!」
彼女の祈りに応えるように、胸の奥から光があふれ出す。淡い花びらのような粒子が舞い、兵士たちの身体を包み込むと、疲労で重くなっていた足が軽くなり、再び剣を振るう力が湧いてくる。
「聖女様の光だ!」
「まだ戦える!」
歓声が広がり、士気が一気に高まった。
だが、敵もまたただでは引かない。黒霧を纏った異形の獣が吠え、突破部隊の先頭に立って城門へと突進してくる。
「ユズキ、下がれ!」
レオンが剣を構え、獣の前に躍り出た。
矢の雨を退けた戦いは、ついに獣と人との真っ向からの激突へと変わっていく──。