第65話 囚われの聖女
冷たい鎖が柚希の身体を絡め取る。
力を奪う魔術が施されているのか、光がまるで霧散するように指の隙間からこぼれ落ちていった。
「離して……! 私は……っ!」
柚希は必死に抗った。だが、鎖はまるで生き物のように彼女の腕を締め付け、声さえ封じようとする。
帝国兵の一人が冷笑を浮かべた。
「聖女は我ら帝国のものだ。王国の小娘にすぎぬ貴様が、力を持つなど許されぬ」
柚希の胸を冷たい絶望が過る。
──私は、ただ奪われるだけの存在なの?
──聖女だからと、誰かに利用され続けるだけなの?
しかし、そのとき。
「ユズキ──!」
切り裂くような声が響いた。レオンだ。
血に濡れ、傷だらけになりながらも、彼は鎖の壁を斬り伏せ、ただ彼女を目指して進んでいた。
その姿は王としての威厳よりも、一人の男としての執念に満ちている。
「俺はお前を奪わせない! 聖女だからじゃない……ユズキだからだ!」
その言葉に、柚希の心が震えた。
──そうだ。私は聖女である前に、ただの柚希。
──そして、彼の隣に立ちたいと願った女。
「……私は……誰のものでもない!
私は……柚希として、この世界で生きるの!」
叫んだ瞬間、胸の奥に眠っていた光が爆ぜた。
鎖を伝って逆流するように眩い輝きが走り、帝国兵の魔術が軋む。
「なに……!? 拘束が……解けない……!」
柚希を縛っていた鎖が白く焼け落ち、破片のように空中で霧散していく。
自由を取り戻した瞬間、柚希は膝をつきそうになった。その身体を抱き止めたのはレオンだった。
「もう大丈夫だ……。絶対に、俺が守る」
「……レオン……」
彼の胸に顔を埋め、柚希は初めて涙をこぼした。
恐怖ではなく、安堵と確信の涙。
だが、帝国はまだ退かない。
指揮官の怒声が戦場に響いた。
「全軍、聖女を再び狙え! どんな犠牲を払っても奪い取れ!」
戦いは終わっていない。
しかし、柚希とレオンの心は、もう決して折れなかった。