第64話 鎖に絡められて
帝国直属の〈鎖の騎士〉たちは、無言で柚希へと迫ってきた。
その鎖は生き物のように蠢き、地面を這い、空気を切り裂いて伸びてくる。
「くっ──!」
ルカが盾を掲げて前に立ちふさがる。だが、鎖は盾の表面をすり抜け、まるで意思を持つかのように柚希へ狙いを定めてきた。
「柚希!」
レオンが剣を振るい、迫る鎖を断ち切る。しかし切れた先から再び鎖が再生し、数を増やして襲いかかってくる。
「……この鎖は、聖女を捕らえるためだけに作られた拘束具。破壊は困難です」
リディア宰相の声は冷静だったが、その表情は険しい。
「つまり、狙いは最初から柚希様のみ……!」
柚希の胸に冷たい戦慄が走る。
──自分がいなければ、この鎖は意味をなさない。
けれど、だからこそ彼らはどんな犠牲を払ってでも彼女を狙ってくる。
「……!」
不意に、一本の鎖がルカの肩をかすめ、血が飛び散った。
「ルカ!」
「大丈夫です……! でも、柚希様は下がってください!」
必死に踏ん張るルカの姿を見て、柚希は胸を締めつけられる。
──自分がいるせいで、仲間が傷ついている。
その刹那。
数本の鎖が一斉に伸び、柚希の腕と腰を捕らえた。
「──あっ!」
冷たい鎖が肌に触れた瞬間、光の力が急速に削がれていく。まるで魂そのものを縛られるような感覚だった。
「ユズキ!」
レオンが叫び、駆け寄ろうとする。だが鎖の群れが壁のように立ちはだかり、彼の進路を阻む。
柚希の身体は引きずられるように、帝国の兵の方へと引き寄せられていく。
必死に抗おうとしても、力が抜けていく。
「いや……! 行きたくない……! 私は……ここで……!」
涙が滲む視界の中で、ただ一つ見えたのはレオンの必死の眼差しだった。
「待っていろ、ユズキ──!」
その声に縋るように、柚希は心の奥で光を必死に呼び戻す。
けれど、鎖は容赦なく彼女を絡め取り、戦場の中央から引き離そうとしていた。