第60話 暁の光、突破口
帝国軍の旗が、黒い波のように地平を覆っていた。夜明け前の冷たい空気を震わせる鬨の声が、王都の城壁に押し寄せる。
柚希は城壁の上に立ち、震える胸を両手で押さえた。視線の先、帝国の先頭には黒霧をまとった魔獣が鎖に繋がれ、今にも解き放たれようとしている。
「やはり……聖女を奪うためなら、手段を選ばぬか」
リディア宰相が隣で低く吐き捨てる。その紫の瞳は怒りと冷徹さを帯びていた。
「だが、彼らはユズキ様を本当に理解していない。あの光は、鎖に繋がれるものではないのだから」
「僕たちで守り抜きます」
ルカが剣を抜き、凛とした声で告げる。その横顔には若さと決意が混じり、柚希は心強さを覚えた。
そのとき、空気が震えた。帝国の魔導師たちが詠唱を唱え、黒霧の魔獣が鎖を振り切って解き放たれたのだ。闇が溢れ、兵士たちが後退する。
「来る……!」
柚希は両手を胸の前で組み、深呼吸した。胸の奥にある光が、夜明けの陽のように強く脈打つ。
「……私は聖女。けれど、それ以上に──皆を守りたい!」
次の瞬間、彼女の身体を白金の光が包み、夜空を裂くように放たれた。闇を纏った魔獣の咆哮が、光の奔流に飲み込まれる。黒霧が裂け、退いた空に初めて朝日が差し込んだ。
「……光が、霧を押し返している……!」
兵士たちが歓声をあげる。
リディアはすかさず声を張り上げた。
「今だ! この機を逃すな! 帝国の陣を分断せよ!」
ルカが先陣を切り、兵士たちが一斉に走り出す。柚希の放った光は道を開き、王国軍がそこを突破していった。
城壁の上で柚希は膝をつきかけたが、リディアが支え、静かに囁いた。
「大丈夫です。あなたの光が、確かに希望を繋ぎました」
遠くで、帝国軍が混乱する中、一騎の姿が目に入った。暁色のマントを翻し、敵陣を切り裂くように駆けるその人影──レオン。
柚希の胸に熱いものが込み上げた。彼のもとへ、自分も必ず辿り着かなければ。