第6話 王宮の空気
婚約発表から一夜が明け、柚希は侍女に導かれて新たな部屋へ移った。
そこは昨日の客間よりも広く、窓からは庭園と城壁が一望できた。天蓋付きのベッドの横には、着飾ったドレスが何着も並んでいる。
「本日から、こちらが柚希様のお部屋となります」
そう告げたのは、侍女長のミレーヌ。背筋をぴんと伸ばした中年の女性で、淡々とした物腰に逆らえない雰囲気がある。
「朝食後は、婚約者としての所作を学んでいただきます。立ち居振る舞い、礼儀作法、舞踏……」
列挙される課題に、柚希は軽く眩暈を覚えた。
部屋を出て廊下を歩くと、すれ違う侍女や護衛が礼を取る。だが、その目にこもる感情は一様ではなかった。
──好奇心、警戒、そして……敵意。
特に、長い金髪を結い上げた若い侍女が柚希をじっと見つめ、すぐに視線を逸らす様子が気にかかる。
午前中の礼儀作法の稽古を終えると、護衛役の青年が控え室に現れた。
「お迎えに上がりました、ユズキ様。陛下がお呼びです」
声をかけたのは、灰色の短髪に鋭い眼差しを持つ青年──カイルと名乗った。
彼はレオン直属の近衛騎士らしいが、表情に笑みはない。
王の執務室に入ると、レオンは机に向かったまま書類に目を通していた。
「来たか。……宮廷での生活はどうだ」
「……慣れるのに、時間がかかりそうです」
素直に答えると、レオンは一瞬だけ顔を上げた。
「時間は与える。ただし、王宮は静かな場所ではない。お前を快く思わぬ者も多い」
その言葉は警告にも、助言にも聞こえた。
帰り際、カイルが小さく呟く。
「……余計な相手には近づかない方がいい。特に……金髪の侍女には」
問い返そうとしたが、彼はそれ以上何も言わず、廊下の先へ歩いていった。
──この城は、美しいけれど、どこか冷たい。
柚希はそう感じながら、自室へと戻った。