第59話 聖女の凱旋
戦いの終結から三日後。
砦を離れた柚希たちは、王都へと向かう馬車に揺られていた。
砦を包んだ闇は完全に消え、道中の村々では人々が笑顔を取り戻していた。
柚希の姿を見つけると、子どもたちは駆け寄り、花を差し出してくる。
「聖女様! ありがとう!」
「黒霧がいなくなったよ!」
戸惑う柚希に、ルカが笑いながら小声で囁いた。
「素直に受け取れ。お前の光が救ったんだからな」
「で、でも……私、そんなに大それた存在じゃ……」
「いや、お前だからこそできたことだ」
ルカのまっすぐな言葉に、柚希の胸が温かくなる。
まだ慣れない「聖女」という呼び名も、少しずつ受け入れられるような気がした。
──そして、王都。
城門前には多くの市民が集まり、柚希たちを出迎えていた。
歓声が響き、花びらが舞う中、馬車はゆっくりと城の中へ進む。
「まるで、お姫様みたいですね」
リディア宰相が冗談めかして言うと、柚希は慌てて首を振った。
「ち、違いますよ! 私はただ……」
「ただの娘が黒霧の王を打ち倒せますか?」
リディアの柔らかな微笑みは、彼女を諭すようだった。
玉座の間では、王と重臣たちが待っていた。
その中央に、若き王子──レオンの姿があった。
黄金の髪に深紅のマントをまとい、凛とした気配を漂わせる。
柚希が進み出ると、レオンは静かに跪き、彼女の手を取った。
「聖女よ。この国を救ってくれたこと、心より感謝する」
その瞳には、真剣な敬意と、どこか温かな光が宿っていた。
柚希の頬が熱くなる。
視線を逸らそうとしたが、レオンの眼差しに捉えられ、動けなくなった。
「ユズキの光は、国だけでなく……人の心をも照らす」
その言葉に、玉座の間が静まり返る。
リディア宰相はわずかに目を細め、ルカは苦笑しつつも剣に手を置いた。
──柚希は気づいていた。
帝国だけではない。王都の中にも、自分を巡る思惑が渦巻き始めていることを。
(私……これから、どうなるんだろう)
だが、不思議と恐怖はなかった。
新しい世界が、また目の前に広がろうとしているのだ。